最強竜に転生したら竜騎士様に溺愛されています※ただしペットとして

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第1話 プロローグ

 新人看護師の小平こだいらエマは勤務先の病院から出ると、ため息を吐いた。


「はあ……今日も疲れた」


 疲れからか、ひとりごとが次々口から漏れ出てしまう。


「私、自分がなりたかった自分になれてるかな?」




 今日も産科病棟の看護師長から、エマはお叱りを受けた。


「102号室の安田さんから赤ちゃんを取り上げたでしょう」

「そんな、誤解です。安田さんが、どうしても赤ちゃんが泣き止まないから一時預かりをして欲しいとおっしゃられて」

「なら、ちゃんと傾聴した?あまり話を聞かずに赤ちゃんを取り上げたからそう思われたんじゃないの」

「……次からは気を付けます」

「あと、106号室の富岡さんから鎮痛剤の追加を頼まれたらしいけど、あれはやらなくていいから」

「でも、術後の後陣痛がつらいとのたうち回ってらっしゃって……」

「先生がそう言ってるのっ。説得して富岡さんをあと十時間我慢させて。それもあなたの仕事です」

「はい……」

「そんで、107号室佐藤さんの導尿が終ったところ確認した?」

「あ、まだ……」

「まだ見てないの!?終わったらしいから汚物処理まとめてやっといてよ」

「はい……」

「まったくもう、使えない!」

 

 エマは大病院の産科病棟に配属され、頑張って働き続けていた。赤ちゃんが可愛いからまだやって行けているものの、産科という場所は新しい命と死がいつも隣り合わせで、その明暗にいつも心が折れそうになる。


 何も出来ず、傷をただ眺めていなければならない時がある。


 救いたい命が救えない時がある。


 死に慣れない心は、いつも無力感でいっぱいだ。


 そんな時、エマは妄想する。


「私が魔法か何かを使って、みんなの傷や痛みを癒せたらいいのに……」


 夢物語だとは分かっている。


「そんな魔法が使えたら、パパとママがまだここにいたかもしれないのに」


 幼い頃、エマ、そして彼女の父と母は高速道路上で多重事故に巻き込まれた。


 生き残ったのは、エマだけだった。


「二人を助けたかったな」


 そんなわけで医療職を目指したが、奨学金と寮つきの病院は近隣でここしかなかったのだ。


 しばらくはあの大病院で滅私奉公だ。今、辞めるわけにはいかない。


「……今日はちょっと疲れたし、スーパーでご褒美のスイーツでも買っちゃおうかな」




 エマは駅前商店街の中にあるスーパーで買い出しをした。夕食の弁当と、値引き品のカスタードプリンをゲットする。


「自分の機嫌は、自分で取らなくっちゃね☆」


 買い物袋を腕にぶら下げ、信号待ちをしていたその時だった。


 小さな悲鳴が遠くで聞こえた。


 そしてそれは、すぐ目に飛び込んで来た。


「……あっ」


 車が暴走している。見境を失ったかのように、あっちへ転げこっちへ転げ、人やものを跳ね飛ばしている。


 遠くで、制服姿の女の子がはねられた。


「……いけないっ!」


 その瞬間、エマの体は動いていた。新人とはいえ医療職のはしくれ、失われかけている命を救いたい。


 少女の鼻もとに顔を近づけてみると、どうやら彼女は息をしていない。エマは必死に人工呼吸を始めた。


 地面に横たえた少女を、必死で揺さぶる。


「……聞こえますかー!?」


 返事がない。


「助かって……!お願い!!」


 エマが少女の胸を何度も押していた、その時だった。


 すぐ目の前に、暴走自動車のライトが──


「あっ」


 エマは少女と共にはねられた。


 暴走自動車は尚も動き続け、騒ぎがどんどん大きくなって来ている。度重なる金属音と、救急車やパトカーのサイレンが重なって聞こえる。


「パパ……ママ……」


 そこでエマの記憶は途切れた。


 ちぎれた買い物袋から、崩れたプリンが転がって行く──




 エマは夢を見た。


 白い空間。そこにひしゃげた自動車がある。


 エマは透明になっていた。


 車を挟んで右には、制服の女の子が倒れている。


「ごめんなさい」


 エマは女の子に謝った。


 左には、両親が二人倒れている。


「ごめんなさい」


 エマは両親に謝った。


「みんな、助けられなくてごめんなさい」


 エマの透明な頬に、涙が流れた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……何も出来なかった……」


 エマの人生は、ずっと無力だった。


「私に、もっと力があればいいのに」


 すると、遥か遠くから声がした。


──あなたに癒しの力を授けましょう──


 エマは叫んだ。


「私に力をください!人を助けられる力を──!」


 はるか遠くの声が言った。


──あなたが私の最後の光。そう、あなただけが──

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