日本でモブだった俺、レベルの低すぎる異世界では「顔面国宝」兼「全知の賢者」らしい

ひふみ白

第1話 顔面格差社会へようこそ

鏡に映る自分を見るたび、俺はため息をついていた。


平沢拓海、17歳。

身長170センチ、体重60キロ。黒髪に、一重と二重の間みたいな眠そうな目。

成績はクラスの真ん中。部活は帰宅部。彼女いない歴イコール年齢。


「はぁ、今日も学校か」


洗面台に置かれたワックスを手に取るが、すぐに戻した。どうせセットしたところで、俺みたいなモブキャラに注目する女子なんていない。

スクールカースト圏外。それが俺の定位置だ。


通学路のアスファルトを見つめながら歩く。

もしも魔法が使えたら。もしも異世界に行けたら。

そんな妄想は小学生で卒業したはずなのに、心のどこかでまだ奇跡を願っている自分がいる。


赤信号で立ち止まった、その時だった。


キキィィッ!


耳をつんざくブレーキ音。

振り返る間もなく、俺の体は宙に浮いていた。

痛みは一瞬。視界が真っ白に染まり、俺の平凡な人生は探突に幕を下ろした。


はずだった。


「……おい、起きろ」


誰かの声が頭に響く。

重たい瞼をこじ開けると、そこは見慣れない教室だった。

木の机、古臭い黒板。窓の外には、東京タワーに似ているが、どこか歪んだ赤い塔が見える。


(ここ、どこだ? 俺、死んだんじゃ……)


状況を把握しようと、隣の席を見た俺は、息を飲んだ。


「うわっ」


隣に座っていた男子生徒の顔が、あまりにも衝撃的だったからだ。

脂ぎった肌、左右で位置の違う目、極端に低い鼻。

失礼を承知で言えば、かなり残念な顔立ちだ。


視線をずらす。その隣の男子も、前の席の男子も。

全員が全員、どこか歪んでいる。清潔感のかけらもなく、髪はボサボサ。日本のクラスにいたら確実にいじられるレベルのブサイクばかりだ。


(なんだこれ。男子校のむさ苦しいクラスか?)


そう思った矢先、教室のドアが開き、先生が入ってきた。

若い。そして、ものすごい美人だ。

タイトなスーツに身を包んだ、20代半ばくらいの女性教師。


「はーい、ホームルーム始めるわよー。……って、え?」


教壇に立った松田という名札の先生が、俺を見た瞬間、持っていた出席簿を取り落とした。


バサッ。


「あ……」


松田先生が口を半開きにして、固まっている。

彼女の視線は俺の顔に釘付けだ。

さっきまでのテキパキした雰囲気が消え、頬がみるみる赤く染まっていくのが分かる。


(……え? なに?)


先生だけじゃない。遅れて教室に入ってきた女子生徒たち、これまた全員がアイドル級の美少女たちも、俺を見た瞬間に足を止めた。


教室の空気が、一瞬で変わった。


「……嘘」

「ねぇ、見て……あの人……」


ささやき声が聞こえる。

子供扱いするような声ではない。もっと生々しい、尊いものを見るような声だ。


一番前の席に座ろうとした、クラスの中心人物らしい栗色のボブカットの美少女。

彼女だけは言葉を発さず、目を見開いたまま、石になったように俺を見つめている。


彼女たちの目が、妙にトロンとしている気がする。

まるで熱に浮かされたような、あるいは美味しそうな獲物を見つけたような目。

全員の視線が、俺の「平凡な顔」に吸い寄せられて離れない。


「し、静かに……席に着きなさい」


松田先生が声を絞り出すが、その声はどこか艶を含んで上擦っていた。先生は何度も俺の方をチラチラと見ながら、落ち着かない様子で髪をかき上げた。


「て、転校生君ね。……とりあえず、黒板に名前を書いてもらえる?」


先生がチョークを差し出してくる。その指先が、少し震えていた。


「字、書けるかしら? 難しかったらマルとかバツでもいいのよ?」


ひどく子供扱いされている気がする。

俺は無言でチョークを受け取ると、黒板に向かった。


カツ、カツ、カツ。


書き慣れた自分の名前。


『平沢 拓海』


画数の多い漢字。日本なら小学生でも書ける文字。

書き終えて振り返った、その瞬間だった。


教室は、水を打ったように静まり返っていた。


誰も言葉を発しない。

さっきまで聞こえていた衣擦れの音さえ消えた。

全員が目を見開き、黒板の文字と俺を交互に見ている。


(……え、なにこの反応)


俺の背中に冷たい汗が流れる。


(やってしまったか? もしかして、この世界の文字じゃなかったのか?)


異世界転移モノの小説でよくある失敗だ。こちらの世界の言語を知らずに、日本語を書いて変な目で見られるやつ。

やばい、いきなり不審者扱いか。


俺が言い訳をしようと口を開きかけた、その時。


「キャァァァァァァッ!!!」


さっきまでの静寂が嘘のように、教室が揺れるほどの爆発的な歓声が上がった。


「『神代文字(かんじ)』だわ! すごい!!」

「あんな複雑な構造を一瞬で!? 信じられない知性!」

「知的すぎる! 顔があんなに綺麗なのに、頭までいいなんて!」


溜め込まれていた熱気が、一気に決壊したようだった。

さっきまで呆然としていたボブカットの美少女が、弾かれたように駆け寄ってきた。

名札には『古賀 陽菜(こが ひな)』とある。


甘い香りが鼻をくすぐる。彼女は俺の手を両手でギュッと握りしめると、上目遣いで見上げてきた。


「ねぇ! 私、陽菜っていうの! あなた、拓海くんよね?」


「え、あ、うん……」


「その文字、私にも教えてくれない? 放課後、私の家に来てよ。誰もいないから、マンツーマンで……いいでしょ?」


陽菜の瞳は、やっぱりトロンと潤んでいた。


「ちょっと陽菜! 抜け駆け禁止!」

「拓海くん、私の教科書にサインして! 家宝にするから!」


美少女たちが俺を取り囲む。

柔らかい感触、飛び交う興奮した声。

顔を見せた時の「熱っぽい視線」と、能力を見せた時の「尊敬の眼差し」。その二つが入り混じり、異様な熱気が俺を包み込む。


「……騒がしいな。ただ名前を書いただけだろ」


俺がボソッと言うと、陽菜たちはさらに目を輝かせた。


「謙虚……! 尊い……!」


確信した。

ここは天国だ。いや、レベルの低すぎる東京だ。

日本でパッとしなかった俺の人生、ここから大逆転が始まる。

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