候補

影山さくら

候補

「健司、ハッピーバースデー!」


 健司のマンションの部屋のインターフォンを鳴らし、叫んだ。

 健司の誕生日を祝うように、星々が空を覆い尽くしていた。今は、深夜零時。健司の誕生日を対面で最初に祝う人物になりたかった。


 健司は、なかなか部屋から出て来なかった。突然、深夜に訪問したのだから、当たり前か。でも、私は健司を愛しているのだから、当然の行為だ。


 ドアが開いた。健司は、ガウンを着ていた。何故か、健司の顔には、焦燥が浮かんでいた。


「優子、ありがとう。でも、深夜の突然の訪問は、勘弁してくれ。俺は寝ていたんだ」


「だって、健司の誕生日だもの。私が最初にお祝いしたかったの……待って、首筋の痣はどうしたの?」


 健司は、顔色を変えて、首筋を隠そうとした。私は、健司が着ているガウンをはだけさせた。赤い跡が点々としていた。


 無言で部屋に踏み込んだ。背後で健司が騒いだが、無視した。私たちの愛の巣のベッドを見て、体が硬直した。生まれた姿のままの女が、ベッドに腰掛けていた。


「健司、誰が来ていたの?」

「貴女、誰なの? 健司の彼女は、私よ」

「貴女こそ、誰なの? 健司は私のものよ」

「美鈴、違うんだ。優子は、ただの友達だ」


 駆け込んで来た健司の言葉が、刃となって私の胸に突き刺さった。

 私たちが共に過ごした時間は、何だったの? 私のほうが、この女より魅力的よ。


「健司、説明してよ」


 振り返ると、健司を睨み付けた。私の大好きだった顔を醜く歪めて、健司は、口を開け閉めするばかりだった。


「健司、お誕生日おめでとう! ドアが開いていたから、入ったよ……この女たちは、誰なの?」


「健司、貴方の誕生日を祝いに来たのに、何で、こんなに女が集まっているの?」


 ドアから、大量の女たちが侵入して来た。気付けば、部屋の中には、十人の女が集っていた。健司は、髪を掻き回すと、絶叫した。


「お前らは、全員、俺の彼女候補なんだよ! 俺と付き合っている彼女は、誰もいない!」


 部屋を静寂が支配した。次の瞬間、女たちの罵詈雑言が、健司を襲った。


「私を運命の相手だって、言っていたでしょ」


「世界が崩壊しても、私を離さないって、言ったのは、嘘だったの?」


「健司、許さないから」


 いつの間にか、美鈴と呼ばれていた裸の女が、包丁を握り締めていた。私が健司のために、料理を作った時、使用した包丁だった。


「その包丁を汚い手から放して! 健司と私の愛の証よ!」


 美鈴に向かって叫ぶと、美鈴は高笑いした。


「健司、覚悟して!」


「美鈴、止めろ!」


 美鈴が、健司に向かって、包丁を振り下ろそうとした。健司は、床に這いつくばり、包丁から逃れようとした。情けない健司の姿に、健司への愛が、崩壊していった。


「美鈴、何で、裸なんだ! その男は誰だ!」


 一人の男が、息を荒げて、部屋にやって来た。男を振り返った美鈴の動きが止まった。美鈴の顔が、青ざめていった。


「達也、何で、ここに居るの! 私のスマートフォンに小細工したのね!」


「最近、美鈴の行動がおかしかったから、スマートフォンに、追跡アプリを入れておいたんだ! 今の状況を説明しろ!」


「何で、お前が男の部屋に居るんだ!」


「僕との愛を裏切っていたんだな!」


 息せき切った男たちが、部屋に詰め掛けた。十人の女と十五人の男が占拠した部屋は、すし詰め状態になった。目の前の光景は、現実のものとは思えなかった。


「すごい光景ね」


 浮気した男を、女たちが取り囲み、浮気した女たちを、男たちが問い詰めている。殺傷沙汰になるのは、時間の問題だ。今日の朝のニュースに登場する人物には、なりたくない。


「健司、さようなら。クソ男だったけど、貴方との時間は、忘れられない」


 部屋のドアの外に出た。ドアを出ると、野次馬たちが集まっていた。健司の部屋の近くに住んでいるだろう、野次馬たちは、怒鳴り声と悲鳴に満ちた部屋を覗き込んでいた。

 野次馬たち視線が、私に集中した。体を刺す視線を無視し、マンションを後にした。


 健司との別れを決意しても、じんじんと心は痛んでいた。マンションを出ると、傷心を慰めてもらいたくて、誰かに電話をしようとした。電話帳に並んだ「彼氏候補A」「彼氏候補B」「彼氏候補C」の文字を眺めた。「彼氏候補C」の電話番号を押した。


「優子、先刻、家を出て行ったばかりなのに、どうしたの?」


 優しい低音の声に、心が癒されていった。年収は低いが、「彼氏候補C」は、最も思いやりがある。「彼氏候補C」は、何処か物足りなく感じ、彼氏にはしなかった。健司と別れた今、「彼氏候補C」を彼氏にしよう。


「今から、家に戻っても良い? 喧嘩したのは、私の本意じゃないのよ」


「家に戻る必要はないよ。すぐ傍に居るから」


「彼氏候補C」の声が、背後から聞こえた。背筋が凍っていった。

 振り返ると、平均的な容姿の「彼氏候補C」が、ゆっくりと私に近付いて来た。「彼氏候補C」は、顔を強張らせていた。


「突然、部屋を出て行ったから、後を追い掛けたんだ。浮気していたんだね」


「待って、健司は友達に過ぎないの。愛しているのは、貴方だけよ」


「皆、そう思っていたよ」


「彼氏候補C」の背後から、「彼氏候補A」と「彼氏候補B」が現れた。二人が握っている包丁を見て、汗が全身から噴き出した。


 私は、今日の朝のニュースに載る事態を避けられないようだ。「彼氏候補B」が振りかざした包丁を前に、悲鳴を上げた。(了)

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