聖刻(カリス)と鉄騎の世界に転生して~辺境の“生贄”貴族に生まれた戦略級の怪物。死ぬ気で鍛えたら強くなりすぎたので、戦場の敵をすべて蹂躙する~
kuni
第1話
気がついたときには、俺は天井を見上げていた。
無機質なコンクリートではない。煤(すす)けた木の梁(はり)と、隙間風がピューピューと鳴る粗末な天井だ。
寒ッ。なんだこれ、寒すぎるだろ。
身震いしようとして、自分の体が思うように動かないことに気づく。視線を下ろすと、そこには赤子のように小さく、むちむちとした手が一本。
……いや、「ように」じゃない。赤子そのものだ。
「マジかよ」
口から出たのは、ふにゃふにゃとした泣き声だけだった。
状況を整理するのに、そう時間はかからなかった。前世の記憶――ブラック企業のSEとしてデスマーチ中に心臓を鷲掴みにされたような痛み――と、現在の状況を照らし合わせれば答えは一つ。
異世界転生、というやつだ。
それも、どうやらとんでもない「ハズレくじ」を引いたらしい。
俺の名前はアルス・ヴォルガ。
北の最果て、万年雪に閉ざされた辺境騎士爵家の三男坊。
それが、新しい俺のステータスだった。
家はボロい。飯は固い黒パンと薄いスープ。親父はいつも眉間にシワを寄せ、母は疲れた顔をしている。上の二人の兄貴たちは、木剣を振り回しては俺を小突き回す。
だがまあ、いい。生きてるだけマシだ。前世の社畜生活に比べれば、空気が美味い分だけ天国みたいなもんだ。
そう思っていた。
3歳になる、あの日までは。
***
この世界には『聖刻(カリス)』と呼ばれるシステムがある。
3歳になると行われる教会の洗礼式で、神から与えられる魔法の刻印だ。
剣の才能を示す『剣聖』や、魔力を増幅する『賢者』が出れば、それだけで家が建つ。貧乏貴族の三男坊にとっては、一発逆転のガチャみたいなもんだ。
期待していなかったと言えば嘘になる。
俺は薄汚れた礼服を着せられ、ガタつく馬車に揺られて領内の教会へ連れて行かれた。
「次、アルス・ヴォルガ」
神父の冷淡な声。
俺は祭壇の前に進み出る。冷たい石の床が裸足に食い込む。
神父が聖水を俺の額に垂らし、祝詞を唱えた瞬間――背中に焼きごてを押し当てられたような激痛が走った。
「ぐ、あぁああああッ!」
3歳の幼児の喉から、野太い悲鳴が上がる。
背中が熱い。何かが肉を食い破り、どす黒い文字を刻み込んでいく感覚。
痛みが引いた後、神父が俺の背中を覗き込み、そして息を呑んだ。
「……なんということだ」
その声は震えていた。歓喜ではない。恐怖と、憐憫(れんびん)によって。
「ヴォルガ卿、覚悟をなされよ」
「神父様、息子にはどのような聖刻が……?」
親父が身を乗り出す。神父は十字を切り、沈痛な面持ちで宣告した。
「『暴食(グラトニー)』……第一級の呪い指定聖刻です」
その場が凍りついた。
親父の顔から血の気が引いていくのが見えた。母が口元を押さえ、その場に泣き崩れる。
「暴食……まさか、伝説の?」
「左様。宿主の生命力(オド)を無尽蔵に食らい続け、最後には干からびさせて殺す、悪魔の刻印。過去の記録では、これを持って成人できた者は一人もおりません」
神父は俺を、まるで汚物か、あるいは既に死んだモノを見るような目で見下ろした。
「余命は、持って16年でしょう。この子は、“生贄”に選ばれたのです」
***
屋敷への帰路は、お通夜のようだった。
いや、実質的なお通夜だったのだろう。
親父は一言も発さず、母は俺を抱きしめることさえしなかった。兄貴たちは「うつるんじゃないか」と俺から距離を取った。
屋敷に戻ると、俺は一番北側の、陽の当たらない部屋に隔離された。
誰も来ない。
食事だけがドアの前に置かれる。
完全なる飼い殺し。死ぬのを待つだけの存在。それが「生贄」の扱いだった。
夜。
隙間風が吹き込む寒い部屋で、俺はベッドの上に胡座(あぐら)をかいていた。
背中の刻印が、ドクンドクンと脈打っているのがわかる。
心臓とは別の、もう一つの心臓。それが俺の生命力を啜(すす)り、消化している不快な感覚。
「……ふざけんなよ」
俺は低く呟いた。
なんでだよ。
前世であんなに働いて、過労死同然で死んで。
ようやく新しい人生を手に入れたと思ったら、今度は16年で強制終了?
冗談じゃない。
誰が生贄だ。誰が諦めてやるもんか。
「見せてみろよ、テメェの正体を……!」
俺は意識を集中させた。前世で培ったSEとしての解析癖がうずく。
魔法がある世界なら、その構造(ソースコード)があるはずだ。
瞑想すること数時間。俺の意識は、背中の『暴食』へとダイブした。
そこに見えたのは、底なしの闇だった。
俺の体内を流れる微弱な生命力が、ブラックホールのようなその闇へ吸い込まれていく。
なるほど、こいつは俺のガソリンを勝手に燃やしてやがるんだ。燃費最悪のアメ車みたいに。
だが、俺は気づいた。
吸い込まれた生命力は、消滅しているわけじゃない。
闇の奥底で圧縮され、とてつもない高密度のエネルギーに変換されて――そのまま放出されずに滞留している。
「……おいおい。これ、ただの『呪い』じゃねえぞ」
俺は戦慄し、そしてニヤリと口角を上げた。
これは、バグだ。
あるいは、仕様ミスと言ってもいい。
『暴食』はエネルギーを食う。だが、その対価として生み出す出力先(アウトプット)が設定されていない。だから宿主の内側でパンクして、宿主ごと自壊するんだ。
入力(インプット)過多のエラー。
なら、話は単純だ。
食われる以上のエネルギーを、外から無理やりねじ込んでやればいい。
そして、溜まったエネルギーを循環させて、強制的に排出(アウトプット)する回路を俺自身が作ってやればいい。
理屈は簡単だ。だが、やることは狂気の沙汰だった。
自分自身の魔力回路(血管のようなものだ)をイメージし、そこに大気中のマナを強引に引きずり込む。
通常、3歳の子供がやれば血管が焼き切れてショック死する行為だ。
「上等だ……!」
俺は歯を食いしばった。
やらずに16歳で死ぬか。今ここで死ぬリスクを負ってでも、生き残る可能性を掴むか。
選ぶまでもない。
俺は窓を開け放った。
北国特有の、魔素を含んだ冷たい暴風が部屋に吹き荒れる。
「来いッ!」
俺は意識のバルブを全開にした。
ヒュオオオオオッ!
目に見えない奔流が、俺の小さな体に殺到する。
全身の血管が沸騰したように熱い。筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。
「ぐ、ウゥゥゥッ……!!」
痛い。痛い痛い痛い!
だが、背中の『暴食』が、入ってきたマナを嬉々として貪り食っていく。
俺の生命力の代わりに、外部のマナを餌にする。
釣り合いが取れた瞬間、背中の刻印が『カッ!』と赤熱し、俺の全身に爆発的な力が逆流した。
循環(ループ)が、繋がった。
ドクン、ドクン、ドクン――。
心臓の鼓動に合わせて、世界が鮮明に見える。
部屋の隅にいる蜘蛛の足音、外の雪が落ちる音、屋敷の使用人たちの寝息。すべてが手に取るようにわかる。
俺の体は今、大気中のマナを吸い込み、高純度の魔力へ変換し続ける永久機関と化した。
『暴食』という呪いは、燃料さえ投下し続ければ、最強のエンジンに化けるんだ。
汗だくになりながら、俺は自分の手のひらを握りしめた。
溢れ出しそうな力が、指先から青白い火花となって散る。
「はは……ざまぁみろ」
生贄? 助からない?
勝手に決めるなよ。
俺は生きる。それも、ただ生きるだけじゃない。
このふざけた世界で、俺を見捨てた連中がひれ伏すくらい、とびきり強くなってやる。
3歳の俺は、誰もいない暗い部屋で、獰猛に笑った。
これが、後に世界中の戦場を恐怖に陥れることになる「辺境の怪物」の産声だった。
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