青藍の手のひら

バカノ餅

青藍の人狼

 『現実は小説より奇なり』


 この言葉の通り、この世界は小説なんかよりも不思議なものに溢れかえっている。

 飽きることはないし探究心がくすぐられる。


 全てが面白くて輝いている。


青菜あおなー!先行くね〜!」


「はーい!あ、折りたたみ貸し……って、足速すぎ……」


 夏が始まったあの6月。それから変わったんだ。

  

 この世界って程じゃないけど、私の目に映る周りの世界が少しだけ…たった、少しだけ──


 ###


「はぁ〜……あっづ…」


 雲一つない純粋な青空が清々しい程に広がっている。温暖化のせいだろうか?6月が始まったってのに日差しが強く感じる。セミの声でも聞こえてきそうだ。

 ちゃんと宿題をやっておけばこんな微妙な時間に帰ることもなかったのに……

 はぁ…身体中が湿ってきて不快感がとてつもない…


 うぅ…涼みたい…… 


 ああ、身体が勝手に帰り道のルートを変更し始めた…もう抵抗できないしする気もないや…


 この時期のコンビニってアレ売ってたっけ…


 ###


「ふぅ〜。」


 自動ドアが開き、店内に詰め込まれた冷気が発火ギリギリ温度の私の身体へなだれ込んできた。


 この冷気を目一杯受け止めるため腕を大きく広げ肺の中へと招き入れる。


 ああ…気持ちいい……


「はっ!アイス!」


 冷気を受け止めて満足してしまうところだったが、やはり肝心な物がないとこの先やっていけないものだ。


 ハミングをしながらこの店内で一番冷たいところへ足を運ぶ。


「はぁ〜っ!宝の山〜!」


 バリバリ君、チョコイレバジャンプ、アイスの野菜…

 でも、やっぱり……


「「これだなぁ〜」」


 目的のアイスを取るため手を伸ばすと、向かい側から伸びてきた白色の手袋とぶつかってしまった。


「「あっ」」


 触れてしまった人に謝罪をしようとアイスから視線を目の前に変える。


「ご、ごめ……って、あれ?…君……」


 目の前には真ん丸とあの青藍の空のような瞳を広げて焦った顔している、同じ制服を着た、銀髪で短い癖っ毛の少し小さな男の……って、


青峰あおみねくん?」


「あ、あーっと……はは。」


「あーっ!やっぱり青峰くんだよね!青峰くんも月見中福好きなの?」


「あははは…ま、まあそんなところかな〜。」


 苦く笑う顔は見上げるようにしながら、白く包まれている両腕を頭の後ろに回した。


「うわー!お揃いだぁー!」


 先ほど触れた右手と握手しようと両手を伸ばすが見事にスルーされてしまう。


「き、君距離感どうなってるんだい…?」


「いいじゃん!同じクラスなんだし!」

 

 落ち着いたようで動揺しているような不安定で震えた声をしながら、顔を近づける私に対して、両手を前に小さく身構えていた。


「い、一度も話したことないじゃないか……」


「いいや!ある!挨拶回りで交わしたじゃん!」


 ***


「始めましてー!私の名前夏空 青菜なつぞら あおなって言うんだ!よろしく!」


「あ、あはは…よろしく。」


 ***


「あっ、ナツゾラさんか。」


「ヒドイ!顔覚えられてないし、声も忘れられてる!」


 うぅ…ショックだ…第1印象のインパクトで覚えてもらう私の特技が通用しなかったなんて……


 まあ、普段は話しかけようにもガチ勢達が許してくれないから忘れられるのも無理ないかぁ…


「そういえばそんな長袖で暑くないの?しかも手袋なんて。」


「ああ…全然大丈夫だよ。」


「ふーん。」


 すごいぞ私!教室内のクールで可愛い高嶺の花(男の子)と初めてまともに会話できた!


「じゃあ僕行くね。」


 そうやっていつも教室で見せるクールな笑顔を浮かべて、その場から去ろうとそっぽ向いて歩き出した。

 …あれ?


「ちょっ、ちょっと!ちょっとすとーっぷ!」


 自動ドアを潜ろうとする彼が行ってしまわないよう左腕を掴み声をかけ──


 ──え…?…何この感触…

 

 これ…人の──


「触るなっ!」


「あっ。」

 

 青峰くんは驚いた顔して掴んだ手を強く振り払った。考えられないほどの力の強さで少し後ずさりをしてしまう。でもそうなるのは仕方ない、誰だって勝手に腕を掴まれたらそんな反応する。

 でも… 


「何か…悩み事でもあるんでしょ?」


「…っ!……君に関係あることなのかい?」


「そんな事言ったらカウンセラーは存在しないよ!」


「はぁ?何を…」


 言い返そうと一歩前に進んできたが、ふと我に返ったのか、口を固く閉ざして、私の事を目にもとめずまた立ち去ろうと身体を動かし始めた。


 …ダメだ行かせちゃいけない!こうなったら…!


「つ、月見中福ーー!!」


「わっ!?」


 ビクッと肩を震わせ驚愕と困惑を混ぜ合わせた表情を浮かべながら私の顔をジロジロと見てきた。

 完全にヤバい人認定されただろうな…これ……

 でもつべこべ言ってる暇はない!

 気は乗らないけど…やるしかないんだ…!


「一緒食べよ!月見!奢るから!」


 じーっ…


「え、えっと…」


「奢るから!」


 じーーっ……


「その……」


「お ・ ご ・ る ・ か ・ ら!」


「わ、わかった、わかったから!いいよもう…」


「よしっ!」


 

 ###

 


「…こんなに強引に行く人、久しぶりに見たよ…」


「へっへっへ。強引に大胆に動くのが私の得意分野だからね〜」


「はぁ…」


 コンビニの外で2つある月見を日陰に隠れながら座って食べようとする私達。青峰くんはため息をつきながらも空を見上げながら、月見を1個頬張った。

 

 口に広がる冷たさに驚きながらも頬を赤らめ美味しそうに食べる姿につい気を取られてじっと見つめていると、それに気付いたのか面倒くさそうに振り向かれ、ジトッと不審者を見るような瞳で見つめ返されてしまう。

 

 目が合ってしまい、とりあえずニコッと笑ってみると小さなため息をつかれ、真面目な顔して空を見上げ直した。


「ナツゾラさんはどうして僕なんかに構おうとするんだい?知っているはずだよね。僕の周りにいる人。」


「うん。」


 『周りにいる人』きっと例のガチ勢の事だろう。

 彼女達は青峰くんのクールな性格と銀髪と青い瞳の可愛らしいフォルムのギャップに脳味噌を破壊されてしまった、保護&崇拝を行う巨大勢力だ。それは保護欲から生まれたものなのか、独占欲から生まれたものなのか知る由もないし、知る気も起きない。

 周りに対して攻撃的なメンバーもいるから彼も迷惑してるだろうと思っていたけど…やっぱりそうだったみたい。


「悩みってそれ?」


「…まあ、それもあるし……あはは、君には言えないことだね。」


 上っ面だけの笑いに寂しさを感じながらも、こんな状況を打破するために今まで取ってきた行動を振り返って、思考を練り上げる。


「うーん…あ、じゃあ、君のこと知りたい!」


青峰 藍あおみね あおい16歳 誕生日は9月1日 好きな食べ物は──」


「そ、そういうのじゃなくてー!」


「ああ、ごめんごめん。…でもね、僕って人に言えない秘密が多いから本当に何も言えないんだ。」


 そう言って何とも言えない穏やかで苦しそうな顔しながら、白に包まれた自分の左手をじっと見ていた。

 

 うーん…さっきの『秘密が多い』って…


「まさか、その秘密って悩み事と関係あったりする?」


「わぁ、すごいね。御名答。」


 な、なんか煽られてる気が……

 煽ってなくともうざさを感じる…


「でも…」


「ん?『でも』?」


「気になってきたぁ!」


「え、えぇ…」


「私の探究心がくすぐられるよ!うん、知りたい!『青峰 藍』のこと!」


 きっと謎の多さで孤立している所が彼をミステリアスにさせている由縁だろう。

 じゃあ、彼の素は?ミステリアスの皮を剥いだ本当の姿は?人に言えない秘密は?自分が勝手にそう思っているだけで1人ぐらいには打ち明けてもいいんじゃないのか?


 …知りたい!知ってみたい!

 人と関わるようになった彼の笑顔を見てみたい!


「じゃあ、私が君を『知る』前に、君に私の事を知ってもらうため、もう一度自己紹介するね!私の名前は夏空 青菜。夏の空と青い野菜!」


「へぇ〜野菜か〜。……うん、わかった。僕も君のこと気になってきたよ。はは、次は僕のターンだね。」


 彼は立ち上がり少しの伸びをした後、私へ右手を伸ばし深い青色の空を背にして微笑みかけた。


「僕の名前は青峰 藍。好きな食べ物は月見中福だよ。」


「うんうんうん!いいねぇ!そっちはなんだね!今の空みたい!」


 差し出された右手を掴んで立ち上がり、空の月見の箱を持ちながら同じように伸びをする。


「君、元気っ子なんだね。」


「へっへっーん。そりゃあ元気なのが私の得意分野なんでね。」


「ははっ、いいね、得意なことがいっぱいあるって。」


「へっへっへ!いいよもっとほめて!」


「あ、あはは……」


 ###


「じゃあねー!」


「バイバイ。」


 大きく手を振ったあと、少し暗くなり始めたこの賑やかな大通りへ、青峰くんを背にして歩み出す。


「あっそうだ。聞きたいことがあったんだけどさ。」


 数歩進んだ後、少し遠く聞こえる声によって街明かりから、太陽の方へと顔を向ける。


「どうして僕が悩んでるってわかったの?」


「簡単だよ!一瞬、君が困ってる顔してたからー!」


 山びこと会話するように遠くにいる彼へ理由を伝える。もう一度、大きく手を振って別れの挨拶をする。そんな私を見て青峰くんは少し驚いたように目を見開いた後、クールに笑って小さく手を振った。

 

 振り返る瞬間に真面目な顔して。


 ###


 喧騒の街の中、私は右手をじっと見つめて歩いていた。

 

 青峰くんの左腕の感触…体温……いや、

 あれは人の腕じゃなかった。義手なんてものでもない。少し弾力があって、金属でもプラスチックでも感じられないような冷たさ。


 あの時、右手を差し伸ばしてくれたからわかるけど、青峰くんの右手は力強い温かな人間の手だった。

 …あんな反応されてしまったから変に聞くことができなかったけど……

 もしかして秘密って… 


 ─ドン

 

「あっ、ごめんなさい!」


「…っ……すみません……」


 きらびやかな服装をした大人の女性と肩をぶつけてしまい、誠心誠意謝罪を伝える。

 でも、その人はそんなの気にしてられないほど焦っている様子で、周りを見たあと小さな会釈をして、人混みに溶け込んでいった。


 ─ドン!ドン!


「わわわっ!?す、すみません!すみません!」


 その直後にぐるぐると回り始めた世界の中で、ぶつかってしまった誰かに謝罪をしようと、言葉をそこら中に乱射してしまう。


「うぅ…あ、謝りもなし……さっきの人の方が──」


 って、あれ?あの人の顔、青峰くんが見せた顔と似ていた気がする。何かに焦っていて、困っている。

 そんな顔……

 

 まって…いや、考えすぎだ…でも……


『後悔…しないように……』


 あっ。…そうだよね。そうだったね、お姉ちゃん。


「そうやって生きていくためには……!」

 


 ###


 

「はっ…はっ…!あの人はどこに……」


 かき分けてもかき分けても終わりが見えない人ごみや街中の人たちが持っている長い傘達にぶつかったりと、積み上がる小さなイラつきを覚えながら、女性の人が通ったであろう道を走り抜ける。

 


「誰か…!」


 小さく弱々しい聞き覚えのある声が薄暗い裏路地から聞こえてきた。


「っ!いた!」


 その声を頼りにして闇の中へと潜り込み、その声がする道を静かに覗いてみる。

 目を凝らしてしか見ることのできない暗い世界の中で、さっきほどのきらびやかな女性が一人の男性によって行き止まりの壁際に追いやられているのを確認できた。

 これは…絶体絶命の状況だ。


 うーん…てっきり謝りもせずぶつかった人が女の人を追いかけてたと思ったんだけど…2人じゃ──


「なにやってんだァ〜?女。」


「げっ…」


 後ろっ!



 ###



「うわあ!?」


 フードを被ったもう一人の仲間にあの女性がいる位置へと強い力で投げ飛ばされてしまう。


「ちょ、覗いただけでそんな仕打ちヒドイよ!」


「見ちゃいけねぇ現場見たからそうなるんだよ、ガキ。」


 女性を追い詰めていた男がしゃがみ込み横たわる私をジロジロと見つめている。

 2人ともフードを被っていて顔はよく見えないけど、声や体格を見るにざっと大学生ぐらいだろう。


「なァ〜一人や二人変わらねェだろォ〜?」


「その後の処理が問題だろうが。考えろ。」


 私を投げた男は落ち着きがなく駄々をこねるようにしてもう一人の男の肩をつかんで揺らしていた。

 まるでスーパーとかにいる幼い子供とその兄だ。

 片方は現役大学生じゃないってことかな…?


「…ねぇ!処理ってなに?まさか…」


「ああ、察しの通りだ。可愛そうだなぁ…」


 ククク…と、この薄い暗闇だから見えてくる邪悪な笑いに、どことなく吐き気が込み上げてきそうなほど、強く心臓が跳ね始めた。


 女性はもう諦めたようにうつ向きながら力なくその場に座っているだけだった。


「諦めないでください!まだ助か──」


 突然、声と呼吸が締め付けられ、身体がゆっくりと宙に持ち上がった。

 通常細い手からは出ないはずのふざけたような強い力が、私の首を締め付けていたのだ。

 私は反射的に拘束から逃れようと兄貴分であろう男の手を掴んで引き剥がそうとする。

 でも、そんなのは無駄なことだと頭の中ではわかっていた。結果もそう述べている。


 意識が朦朧として、自分の手が何をしているのかも感じられなくなってきた。


 お姉ちゃん…私……


「オォ〜!お前も殺りたい時あるんだなァ〜。」


「あのー。」


「少し口うるさいからな。」


「すみませーん。」


「じゃあ、ちゃっちゃと首潰しちまえよォ〜。お?まさかお前も楽しさ──」

「ちょっとそこの!聞いてるんですか?」


「「あ?」」


「おい、…今何つったチビ。」


 ─バタッ…


 やっと首の周りに冷たい空気が当たり始め、止まっていた呼吸と思考が微かにも動き始めた。

 ぼやけていた視界も徐々に鮮明になっていく。

 力が入らない身体を何とか起こし、後ろの壁にもたれかかって前を見てみる。


 最初に私の視界に映ったのは、女性でもフードの二人でもない、眩い街明かりを背負った小さな影だった。


「チビじゃないよ。僕にだって名前はあるんだ。」


「……え…?青峰…くん…?」


 二人を目にもとめず、ポケットに手を入れながら堂々と間を通って目の前に立ち止まった。


 真面目な顔して私を見ている。


「なんで…ここ……に…」


「こっちのセリフだよ。夏空さん。」


 いつものようにクールに笑った青峰くんは無駄のないターンでフードの二人と見つめ合った。


「オコチャマは変える時間だぜェ〜?ウギャギャギャギャ!」


「黙っとけ!…おい、チビ。お前今二匹つったよな?」


「その前に僕の質問に答えてもらう。まず一つ。」


 威圧感のある、それぞれ違った邪悪な二人に怯えもせず、余裕綽々な声色で青峰くんはポケットから左手を抜き出し、人さし指を立て始めた。


「僕の後ろにいるこの二人の女性に何かしたかい?ああ、首を絞めていたのは除いて。」


「な、投げ…飛ばされた…!」


「き、君に質問してないけど…まあ、これでカウントにしておくよ。」


 立て続けに中指も立ち始める。


「二つ。?」


「何言ってんだこのチビッコ?もちろんあるぜェ!なァ?兄貴!」

「馬鹿野郎!何勝手に答えてんだ!奴の手に乗るな!」


 兄貴と呼ばれる男がクセの強い男の頭を引っ叩き、後ろへと下がらせた。


「三つ。?」


「おい、もういいだろう。何がしたい。」


 兄貴とやらが、青峰くんに一歩近づくが、どうってことないように左手に立てた3本の指をブラブラと左右に揺らしていた。


 ……なんかあの二人の立ち位置被ってるじゃん。あのクセの強い人が見えないほど…


 っ!いや、違うっ!


「青峰くん!一人いな──」

「ヒャッハァアアアアアアアア!!!」


 ─シャッ!


 狂気のような醜い絶叫が銀色の光と共に縦になって青峰くんの左腕を切り裂いた。

 ナイフから発せられる銀色の光は暗い世界へと一体化していき、狂って笑う男の舌を照らしていく。

 白に包まれた腕はコロコロと青峰くんとフード二人の間へと転がっていった。


「っ!?そんな!あ、青──」


「大丈夫。」


 パニックになる私の感情を押さえつけるようにして、冷静で冷やかな声が辺りに響き渡った。


「ケッ、感触はあったが義手かよォ…金属はつまんねえってェ…」


「はは、残念だね、すでに切られてるんだ。しっかし面白いね君。まさか、君という存在が銀色の武器を舐め回してるだなんて。いや〜ヒヤヒヤするよー。」


「ケケケッ、何が言いてェのかは知らねェが…もう一本は俺がもらうかァアア!」


 男はアスファルトがひび割れるほど強く踏み込み、素早く飛んでいった銀色のナイフは青峰くんの右腕を捉える。

 しかし、瞬きをした次の瞬間、ナイフはただ、空気を虚しく切り裂いていた。


「ハァ?」


「下。」


 しゃがみ込んで相手死角に入り込んだ青峰くんはガラ空きの身体に一発のアッパーを繰り出した。


 ─バキッ!


「うゲェ!?」


 一発。そう、たった一発の打撃は、徐々に相手の身体へめり込んでいき、骨の軋む音やどこかの内臓がイカれた音が聞こえるほど力強いものだった。

 狂った男は立ち上がることなく白目を剥いて唾液と一緒に血を垂らしながら、そのままダウンしてしまった。


「う、ウソ…」


「言動からして薄々思ってたんだけど、やっぱ弱いね君。うーん…おかしいなぁ〜…力のコントロールが出来るってことはもう体に慣れたってことなのに。」


 平均よりも小さな身体が繰り出す、規格ハズレの力に理解が追いつかない。


 突然、鼻の辺りから冷たい粒が一滴落ちてきた。

 一瞬あの男の唾かと考えてしまったが、その粒は一滴、また一滴と時間が経つことに多く降り注いでいく。


「ああ、よかった。今日降らなかったらすぐ終わらなかっただろうね。」


「この…チビが……俺を舐めているのか…?」


「うん。舐めてる。」


「っ…野郎ー!」


 フードの男は目にも止まらぬ速さで蹴りや突きを繰り出し始めた。

 男の攻撃はついて行ってしまう水の軌道を見るに、獣のように荒くも、人間のような型があると予想がつく。


 そんな猛烈な攻撃の嵐の中で青峰くんは余裕の笑顔を見せながら紙一重で捌いたり避けたりしていた。


「ねぇ、夏空さん。君、僕の秘密を知りたいんだよね?」


「きゅ、急に何言って…!」


 青峰くんは水が溜まっている中でも、アクロバティックに回りながら距離を取り、私に背を見せしゃがみ込んだ。


 右手を水に浸して撫でるようにかき回す。


「いいよ。見せてあげる。僕の秘密能力。」


 ─バシャッ!


 グッと、地面…いや、水を押し込んだ瞬間、アスファルトを覆っていた水の膜は一斉にして壁を登り始め、壁から壁へと伸びていき、檻のようにして男を囲い始めた。


水玉すいぎょく。」


 青峰くんは右手の指先に、水溜りと繋がっている細い水の糸を伸ばしながら立ち上がって、横顔を見せるようにして振り返り、さっきとは違って見えるクールな笑顔を口が塞がらない私に見せつけた。

 

 深海のように深く広がる青い瞳は、踏み込んではいけない、到達できない、未知の領域を表しているように見えてしまう。

 

 いつの間にか彼の頭と腰の部分に、透明で、街の光を反射した、とある動物の耳と尻尾が形成されていた。

 …そう、切られていたあの左腕も同じだった。

 

 

 青く透き通った純粋な水で。


…?」


「僕ね、『人狼』なんだ。…ね。」


「え…え?」


 突然発せられる意味のわからない言葉に、何を言おうか思いつかない。唇も、喉も、頭も、何もかもだ。


「そして、とある仕事をやらせてもらってる。」


「出せ!このっ!この野郎がァ!!」


「同じ人狼を保護、監視……」


「出せぇ!」


「うるさい。」


 彼は右手を細い水の糸とともに伸ばし、そして…


 ─ザクッ…ザクザクザクッ!


 水の檻から四方八方に伸びてきた何本もの水の槍が男の身体を突き通した。ピクリとも動かなくなった身体から流れ出る赤い血は、水とは混ざらず檻の中へ滴り落ちていく。


「…抹殺する仕事。対人狼のスペシャリストってとこかな?ははは、どうかな?。」


 暗闇に降り注ぐ雨の中。そう…変わったんだ。 

 私の目に映る周りの世界が少しだけ…たった少しだけ…


 ──深いあおへと彩られたんだ。

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