BL世界で兄を返してほしい侯爵令嬢です!婚約破棄された悪役令息なんて大嫌い
@ikareru_futon
第1話 兄を狂わせる元悪役令息の微笑に戦慄すること
エルファン王国の宰相、シュタイン侯爵には、それはそれは愛らしいご令嬢がおりました。
その名はフレデリカ・シュタイン。
チェリーピンクの髪に、桃のようなみずみずしくも淡い瞳を持つ、誰もが守りたくなるような魅力的な少女です。しかし彼女は生まれつき体が少し弱かったため、両親から大切に育てられました。まさに深窓の令嬢です。
一歳年上の兄のメルツェルもフレデリカを溺愛し、愛情を惜しみなく注ぎました。
メルツェル少年は幼いながらも聡明で賢く、妹とは対照的な黒髪と黒い瞳の美しい少年です。
◇
彼はその美しさから「黒い宝石」と呼ばれていました。妹がその呼び名に羨望の眼差しを向けると、彼は冗談めかして、
「フレデリカ、君は『モルガナイトの妖精』じゃないか」
と囁く優しい兄でした。
◇
さて、シュタイン家の令嬢にも、結婚の話が持ち上がりました。貴族社会では、子供のうちに婚約者を決めるのが通例です。フレデリカは、少女らしく将来の伴侶に夢を膨らませていました。
ちなみに、彼女は、夫となる人が同性の妻を持つことを法律で許容されていることを知っていました。
結婚相手によっては、女性の妻と男性の妻、二人を侍らせる男性もいるようです。しかし、フレデリカはそのことに全く疑問を抱いていませんでした。
なにせここはBL世界ですから……
それよりも、婚約者の最有力候補として名が挙がった、アドレー侯爵家の嫡男ギュンターに、胸を高鳴らせておりました。
ギュンター・アドレーといえば、その才能もさることながら、誰もが認める美男子。子供心にも胸を焦がす存在だったのです。
◇
──ここからは、わたくしの記憶です。
◇
そうですね...
十歳の初夏。ギュンター様と初めてお会いした日のこと……。
侯爵家と公爵家という申し分のない家柄同士の縁組。さらに、兄のメルツェルとギュンター様の、良好な友人関係、まさに理想の政略結婚(予定)です。
わたくしとギュンター様の初顔合わせの日、アドレー家を訪れたのですが、我が家よりさらに広大な屋敷の門前で、ギュンター様自らが出迎えてくださりました。十四歳にして、すでに紳士だった彼は優雅なエスコートをしてくださったのを覚えています。
そのお姿、当時の王子殿下に匹敵するほど華やかで素晴らしいお方でした。政略結婚とはいえ、子供心にこの方の妻になることは夢のような喜びだったのです。
そして、アドレー家にはもう一人、フィルベルト様という少年がいました。ギュンター様の弟君です。
私の兄、メルツェルと同い年の12歳で、彼はギュンター様以上に美しい少年でした。
しかし彼は、私を見るなり、
「ふーん。兄様の婚約者になる人?
僕の方が美しいよね。」
そう言い放ち、挨拶もそこそこにどこかへ行ってしまわれましたのです。
なんて失礼な方でしょう。
ギュンター様は、明らかに苛立った表情を浮かべていました。兄のメルツェルも、妹を侮辱したフィルベルト様に、ひどく憤慨していました。
しかし、そばに控えていたフィルベルト様専属のディーナというメイドが、私に深々と頭を下げて謝罪しました。
「フィルベルト様が大変申し訳ございません。彼は美しい人に会うと、あの台詞を言わないと死んでしまう呪いにかかっているのです。」
まあ、なんて事でしょう。頭に(←言ってない)呪いがかかってるなら仕方ありません。死んでしまうなんて、あまりにもお気の毒です。そうであれば、許して差し上げますわ。
わたくしは心から、彼の頭の呪いが消えるようにお祈りしました。
◇
後日、わたくしとギュンター様、そして兄メルツェルの三人でお茶会が開かれました。
子供がお茶会など開いたところで、お菓子をむさぼるだけなのですが、こうして将来の社交界でのマナーを学ぶのだと、兄が教えてくれました。
ギュンター様は、庭に咲き誇る花々の名前を、丁寧に教えてくださいました。
将来、夫婦となる幼い恋人たちが美しい思い出を作るための作業です。
10歳子供相手に彼は大変です。
正直なところ、わたくしは花の名前など、どうでもよかったのですが……。
笑顔で人の話を聞く。大切な事ですね。
ふと、遠くの方で、フィルベルト様とメイドのディーナさんが、楽しそうに話しているのが聞こえてきました。
「庭でティーパーティー?
どうしてこんな日に、熱い紅茶なんて用意するんだろう。今日の最高気温、三十度を超えるのに」
「この世界にも、温暖化の波が……。
冷たいジュースをご用意いたしましょう」
「兄様もメルツェル君も、本当は紅茶よりオレンジジュースの方が好きなんだよ。見ていたらわかるもの。フレデリカ嬢はどうなのかな?ピンクの髪だから桃のジュースとかだったりして?」
――わたくし、ブラックコーヒーが好きです。
「そういえば、フィル様、あなたには将来、薔薇の紅茶に媚薬が仕込まれるイベントがあるんですよ。
ユリアンは香りに気づき、回避出来るんですが、フィル様は罠にかかってグッチャグチャです。楽しみですね」
「あ、僕はアップルジュースがいいな」
「ブルーアップルジュースでしたら、ご用意できます」
「普通のアップルジュースと、何か味に違いがあるの?」
「見た目が青いのです」
「青りんごって、ダイレクトに青かったっけ?」
……え?
誰ですの、ユリアンって?
わたくし、花の名前よりも、媚薬の話に興味がありました。
だってわたくし、大人の世界に興味津々です。
◇
結局、わたくしとギュンター様が婚約するという話は、立ち消えになってしまいました。
王家のエリック王子が、なんとフィルベルト様を、見初め婚約されたので権力集中を避けるようにと王命が下ったのです。
わたくしは、それはもう、落胆いたしました。あの美しいギュンター様の妻になるという夢は、完全に打ち砕かれたのですから。
全部フィルベルト様のせいです。
あの方が美しいばかりに……。
王子の心を射止めてしまった彼へ恨み事を言いたい気分でした。
◇
しかし、月日は流れ……。なんと、フィルベルト様、王子殿下との婚約を破棄したのです。
理由は、王子がユリアンという青年に心を奪われてしまったからだとか。
この話を兄から聞いたとき、フィルベルト様、ザマァと思わずにはいられませんでした。ギュンター様の事、いまだに少し腹をたてておりましたからね。
でも、兄から話をよく聞くと、悪いのは王子とそのお相手のユリアンのようです。
彼らはフィルベルト様にとんでもない濡れ衣を着せ、フィルベルト様有責で婚約破棄しようと企んだらしいのです。
もっともフィルベルト様の反撃でお二人は撃沈したようですが。
この事件はフィルベルト様の圧勝だったと兄は語りました。そしてフィルベルト様は王子からの婚約破棄の要求を受け入れ、満足気なご様子で優雅に退場されたとか。
その時の一点の曇りもない彼の微笑は、その場にいた人々の心を根こそぎ奪っていったと兄が申しておりました。
彼の美しさに心を撃ち抜かれた人々は
「なぜ今まで、彼はあのような悪評に濡れていたのだろうか?」
「なぜあれほど美しい人を苦手に思っていたのだろうか」
と、皆、真剣な面持ちで悩んでいるらしいのです。
彼が悪評高いのは、彼の
「美しい人を見かけると、威嚇してしまう」
という、奇妙な呪いのせいでしょう。
苦手に思う?それも彼が美しすぎる代償かも知れませんね。私が勝手にお恨みしたように……。
◇
その後、彼は身分も、貴族としての特権もすべて捨て、愛する女性、元メイドのディーナさんの元へと飛び去ったそうです。なんて素敵な物語。
身分の高い王子を見限って、自分は愛を誓った娘と結婚!
そこまで深く愛される女性、素敵です。
もし、フィルベルト様がそんなにもひたむきな方だと知っていたなら、早めに唾をつけておけば……。
いえ、なんでもありません。
ですから、兄のメルツェルとフィルベルト様が親しくなる日が来るなど想像にも及びませんでした。
だってフィルベルト様は、兄に会うと必ず、あのような台詞を口にするし、昔のこととは言え、兄は最愛の妹を侮辱された思い出がございますから、あまり良い感情を抱いていなかったはずなのです。
それなのに、婚約破棄事件以降、兄は彼のことを情熱的に語るようになりました。
フィルベルト様を語るとき、頬を染めてきらびやかに微笑む兄に少し不安を覚えます。
そしていつもは冷静沈着な兄は、迷子の子犬を愛でるような眼差しで
「彼は、誰よりも美しく……優しい人なんだ」
と……。
◇
わたくしが呼びかけても聞く耳なし、上の空です。
お兄様、多分、お疲れなのですね。
◇
そして昨日、兄は長期休暇を取り
「一人旅に出る」
と言いだしました。
休暇も一人旅も結構ですが、滞在地は、なんとフィルベルト様お住まいの港町 シルフハーフェン!
「はあ?」
予想外の事態に、わたくしは言葉を失い、一瞬、世界が止まりました。
◇
……お兄様???
そんなに
かつて私の婚約者候補を奪った
あの美の化身に会いたいのですか?
お兄様?
……お兄様??
あのヤロー!!!
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