手塩に掛けるための塩分濃度
エリー.ファー
手塩に掛けるための塩分濃度
凍てついた海を歩くことを趣味とする私は、一人、詩集を持って散歩をしていた。
かれこそ、五時間ほど散歩をしている。
つまり。
これは散歩ではないのだ。
ただの旅なのだ。
私が、私を失って、私を見つけるための旅なのだ。
旅をしようと思って歩き始めたわけではない。
ただの散歩が切っ掛けだった。
悲しい嘘によって物語を作っていくのは、私の性に合わない。
出来る限り、距離をとって来た。
結果。
私は凍てつく海にいる私を遠くから見つめているような感覚に溺れている。
天気は曇り。
雨が降り出しそう、というほどではない。
海は表面だけが凍り付いており、その下では波が確認できる。魚も泳いでいる。漂っている海藻も確認できる。
凍てついた海は貴重である。もしかしたら、急に溶けて、ただの海に戻ってしまうかもしれない。
そう、急ぐべきなのだ。
早歩きの旅なのだ。
遠くでカモメの鳴く声が聞こえた。
私のことを忘れているかのようであった。
私もカモメを忘れていたのだ。
お互いが、お互いのために時間をかけている。
気が付けば、私はカモメを探していた。
凍てつく海を必要とせず、気ままに飛び続けるカモメを探そうとしていた。
カモメが見つかったとして、それが何だというのだろう。
私には、先が必要なのだ。
陸地が必要なのだ。
そして、少しばかりの時間が経過した後。
また、凍てついた海を欲してしまうのだ。
長袖のシャツに、長袖のセーター、そして毛糸の帽子に、長いマフラー。
手袋だって忘れない。
事情を語るための相手はいない。
いつだって、罪深い感情と共に生きる、個性際立つ一人旅。
昔。
自分の趣味を他人に話したことがあった。
その時。
爽やかに言われた。
「誰も知らない、誰も死なない旅になると良いね」
皮肉だったのかもしれない。
それを言った男は、直ぐに死んでしまった。
誰かも求められながら、最後には陰口の中に埋まって死んでいった。
今は、誰も語らない。
不思議だ。
あんなにも多くの人に囲まれていたのに、誰とも心が繋がっていなかったのか。
それが。
孤独か。
それが。
いつか誰かと共有するはずだった、送り先すら見失った小包なのか。
郵便局員を困惑させてはいけない。
そう。
他人との間に生まれた関係で、自らの首を縛ってはいけない。
船が遠くに見える。
カモメの声も、船が見えた方角。
「あぁ、あのカモメも必要としているものがあったのか」
それもそうだ。
カモメにも休憩が必要だ。
永遠と飛び続けられるわけがない。
そうか。
そういうことだったのだ。
それなら。
「私には凍てついた海が必要だ」
少し寂しくて。
少し寒くて。
少し生きにくいが。
これでいい。
というか。
結果として。
生きやすい。
不思議で、不可思議で、摩訶不思議な。
私の。
いや。
人間の生き方、早見表。
たぶん、技術力があり過ぎて、何もかもできてしまうだけで、自分の歩幅を見失ってしまうのだ。
船は、途中で動かなくなった。
故障かもしれない。
私は、何の期待もせずに手を振ってから中指を立てた。
船がどこに向かっているのかなど、興味もない。
カモメが何を謳っているのかなど、どうでもいい。
私は、私についてだけ理解がある。
驕り昂ぶりこそ、人生ではないか。
手塩に掛けるための塩分濃度 エリー.ファー @eri-far-
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