第5話 何かが違う
やり直しがない朝を迎えた。
ネックレスに違和感を感じ見てみればチェーンは錆びつき、美しい空の色をしていた魔法石は私の業を表すように黒くなっていた。
「……アルト様を起こしに行かなくては」
足はもうふらふらだった。
部屋を出て、夜勤帯の団員から報告を引き継ぐ。
どうやら1年前に戻って来たようだ。
「ユーリさん、大丈夫ですか?顔色、めっちゃ悪いっすよ」
目が覚めるような赤髪が私を覗いて来た。
「ちょっとな、疲れてしまったんだよ」
団員達とは私は普通に話せている。取り繕わなくていいから。
「今度お酒奢ってくれるなら話聞きますよっ!」
「聞いて貰えるなら、聞いて欲しいよ。まったく」
アレンの頭に手を置き、アルト様の部屋へ向かう。
私の顔はきっと無に変わっているだろう。
部屋をノックすると中からアルト様の声が聞こえた。
「……アルト様が起きてる?」
長い間の中で初めてのことだった。
扉を開けるとどこか違う雰囲気のアルト様がそこにいた。
「おはようございます、アルト様」
私の顔を見て少し警戒されているようだった。いつも通りに報告を済ませる。そしてクローゼットから服を取り出す。
「お召し換えを……」
アルト様の寝着に手をかけようとすると彼は立ち上がり自分でやる、と言った。
何かが違う。
どういうことだ。
「いえ、しかし……私にやらせて下さい」
アルト様は困惑した表情を私に向けてくる。
「わかった、お願いするよ」
私の指先が肌に少し触れただけで僅かに震えていた。そして警戒心が強くなった気がした。
「……兄さんの結婚式っていつだったか覚えているか?」
「……え?えっとつい先日行われましたが」
記憶がない?
私が何度も戻ってしまっていることでアルト様に何か影響が出てしまったのだろうか。
謎ばかり深まっていく。
「あれ、お前のネックレス。そんな色だったか?」
私はそっとネックレスを隠した。
「これはその、私にも分からないのです」
私は知っている。魔法石が力を果たした姿だと。
「……そっか」
アルト様が横を向くと左手と左側に血がべったり付いていた。
まるで今さっき出たばかりのような鮮やかな色をしていた。
「アルト様、この血はなんですか?」
「あー……、寝ながら引っ掻いたっぽい。もう治った」
どう見ても嘘だ。しかし、ここで追及しても答えないだろう。
「……そうですか」
アルト様の手に付着した血を落とす。怪我は本当にされていないようだ。
「……なぁ、一緒に朝食、食べよう」
頭上から降ってきた言葉に手が止まる。
なんなんだ。
「え、一緒にですか?」
せっかく仮面を付けているのに、無理やり剥がしに来られた気分だ。
アルト様はいつも1人で食べていた。
なのになぜ急に。
「今日から騎士団の食堂で食べる。お前と一緒に」
この人は誰だ。アルト様なのに何かが違う。
「……、いやか?」
「そんなわけ、ないです。すごく嬉しいです」
何故だろう。すごく嬉しい気分になる。
久しぶりの感覚だった。
食堂に行くと団員達がアルト様の姿を見て驚いていた。強くて頼りがいがあるアルト様は皆の憧れだった。嫌がられているのかと思っているのか、少し寂しそうな顔をしていた。
「みんなきっと嬉しいと思いますよ」
「ふーん」
朝食はパンと卵と肉と野菜だった。
私はいつも通りに食べていた。途中からじっ、と見られている視線を前から感じる。
「ユーリはさ、食べ方、綺麗だね」
「え、ああ、まぁ。……教えて貰ったので」
「誰に?」
やはり、所々記憶が抜け落ちてしまっている。私のせいだろう。
食べ方はアルト様に入隊した頃に教わった。彼からしたらあまりにも汚かったのだろう。パンの食べ方から、スープの飲み方まで全部教えてくれた。
今の彼の中にその記憶はもう残っていないのだろう。
私は祖母から教えてもらった、と嘘を付いた。気まずい空気が流れていく。早く食べてしまおう。
「髪の毛、上手く縛れないんだ。ユーリが毎日結ってくれる?」
今日はあえて髪に触れなかった。警戒心を抱かれていたから。記憶をなくしてもアルト様はお願いすることは変わらないらしい。私はなぜか嬉しかった。
「……もちろんです」
「ありがとう、ユーリ」
私は席を立ちアルト様の髪に触れる。さらり、としてやはり美しかった。手櫛でかき集め、予備で持っている赤い髪紐でアルト様の髪を結った。
幸せな一時だった。
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