第4話 幸せになりたい

ーーー騎士団を辞めようと思います。

アルト様から考えさせてくれ、と言われて1年が経とうとしていた。

シューベルト現領主であり、アルト様の実兄。バルト・シューベルト様が婚約者とご結婚すると話が上がり、去るにされなくなってしまっていた。


ステンドグラスが輝く美しいチャペルでバルト様と花嫁が笑顔で愛を誓い合っていた。

何度も見た光景に私はもう羨ましいという気持ちはなかった。私にはない未来だからだ。

結婚式が終わるとアルト様に呼び出された。


「ユーリ、今までありがとう。ただ、1つ聞きたいことがあるんだ……」


「何でしょうか」


「……どうして毎晩、オレを抱くんだ?」


頭に鈍器でも殴られたかのような衝撃が襲う。言葉が出なかった。

記憶がない。誰がアルト様を抱いている?

私が知らない所でアルト様が抱かれている。嫉妬でおかしくなりそうだった。

目の前が赤く染まりそうになる。

しかし、それは団員の声で呼び戻された。


「失礼します!アルト様、キラーラビットです!」


危なかった。アルト様を殺しそうになってしまった。

私は逃げるように部屋を出た。



キラーラビットが門の近くまで来ていた。そんなに数は多くはなかった。

無我夢中で剣を振るう。


ーーーどうして毎晩、オレを抱くんだ?


まるで恋をしているような顔をしていた。

誰に。私なのに、私ではない誰か。

ああ、おかしくなりそうだ。


「アルト様!あぶない!」


団員の声が遠くから聞こえた。

バッと振り返ると全てがゆっくりに見えた。キラーラビットの鋭い角がアルト様の胸を貫いた。

黒く長い髪と共に血が舞った。

そのままアルト様は吹き飛ばされ、私の目の前に落ちてきた。


「あ、ああああ……」


血が流れていくのが見える。今、回復魔法をかければ間に合うかもしれない。それなのにキラーラビットがそれを邪魔をする。

私は全てのキラーラビットを倒した。

至る所が刺され、きっと私も長くない。その足でアルト様の元へ向かった。

触れる指で絶命してしまったアルト様の手に触れる。


貴方はあの時、何を思っていましたか?


好意というのを抱いてくれていましたか?


「あと、1回か」


私は首元に剣を這わした。



9回目に戻った。

最初の頃から2年前に戻ってきた。なんとか2年は持ちこたえた。キラーラビットも倒し、三日三晩やってきた頭のおかしいゴブリン達も倒した。

私はもう騎士団から抜け出せなくなっていた。あの時、辞める、なんて言わなければまだアルト様は生きていたかもしれない。


私は騎士団と屋敷を繋ぐ薄暗い廊下をアルト様と歩いていた。腰まで伸びた結われた髪はすみれ色の髪紐で結われている。

私が送った髪紐を笑って受け取って使ってくれている。


「なぁ、ユーリ。聞きたいことがあるんだ」


アルト様が足を止めた。


「……なんでしょうか」


「お前は記憶がないみたいだからさ、ずっと聞けなかったんだけどさ」


この流れ、聞いてはいけない気がした。


「……どうしてオレを抱くんだ?」


ああ、嫉妬の炎で焼かれてしまいそうになる。私じゃない私がアルト様を抱いている。

私の意思で抱きたい。

友はどうしてこんな酷い呪いを掛けたんだ。こんなにも長くて苦しい呪いを。


「いや、私が長くしているのか」


ポツリと呟く。


「何か言ったか?」


好き、と言ってはいけない。

ならば。


「お慕いしております。アルト様」


心臓の鼓動がうるさい。恐怖だった。また目の前が赤くなるかもしれない。


「なんだよ、それ」


アルト様が困ったように笑った。

呪いが発動しなかった。良かった。これでまだアルト様の側にいられる。



しかし、現実はおとぎ話のように物語ののうに甘くはなかった。


「お前が覚えてない理由は分からないけれど、オレ、なぜか嫌じゃないんだ」


アルト様の指先が私の頬に触れてしまった。本当は避けなきゃいけないのに出来なかった。

アルト様が自分から私に触れてくれたから。頬を赤らめ、少し意識したようなあの日と似ていたから。


目の前が真っ赤に染った。

ああ、終わった。そう思った。視界が戻ればアルト様が絶命しているだろう。

私に幸せ、は手に入らないのだろうか。 何度掬っても生温かい血のように指の間をすり抜け流れていってしまう。

視界が戻る。やはり、アルト様は血溜まりの中に倒れていた。


「あ、あああっ……そんなっ、またっ」


頭では分かっているのに、何度見てもこの光景は耐えられない。

アルト様はまだ呼吸があった。私と目線が合う。しかし、もう命の灯火は消えかけているのだろう。

私は泣いた。


ごめんなさい、アルト様。


誰か、私を止めて欲しい。

どうしても願ってしまうんだ。アルト様のことが好きで好きでたまらない。離れたくない、共に幸せになりたい。


私は魔法石を握り締めながら首元に剣を這わす。


「幸せに、なりたいっ」


せめて、アルト様を私が抱いたという印でもいい。

幸せが欲しい。

私は最後の願いを魔法石に願った。

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