第11話:『鉄壁』のその先へ
屋敷を後にしたレオンの足取りは、かつてないほど軽やかだった。
夜の冷気が火照った頬に心地よく、街灯に照らされた石畳が、まるで新しい舞台へと続く道のようにも見えた。
「……あーあ。結局、最後までカッコつかなかったな」
レオンは独り言を漏らし、苦笑した。父ガルドのあの不器用な笑い顔と、シェリーの泣き笑いのような表情が、まだ網膜に焼き付いている。
ふと立ち止まり、夜空を見上げる。かつては自分を閉じ込める檻のように感じていたダラスの空が、今はどこまでも高く、自由を謳歌しているように感じられた。
「おい、レオン! どこ行ってたんだよ、祝杯だって言っただろ!」
背後から、騒々しい声が響いた。振り返ると、松葉杖をついたカイルと、少し眠たげな目を擦るミーナが歩いてくる。カイルの服からは、さっきまでいた酒場の安酒と、揚げたての肉の匂いが漂っていた。
「……ちょっと、けじめをつけにな」
「けじめ? もしかして、例の『クソオヤジ』か?」
カイルがニヤニヤしながら、折れていない方の腕でレオンの首を抱きかかえる。レオンは「うるせえよ」と言いつつも、それを振り払うことはしなかった。
「……で、どうだったの? ちゃんと『ザマァ』できた?」
ミーナが小首を傾げて尋ねる。彼女の持つ杖に埋め込まれた魔石が、月光を反射して青白く瞬いた。
「さあな。……でも、オヤジの野郎、俺がB級に上がったこと、もう知ってやがった。しかもバルガス教官と裏で繋がってて、俺の動向を全部記録してたんだぜ。最悪だろ?」
「ははは! さすが伝説の鉄壁、過保護のレベルが違うな!」
カイルの爆笑が夜の通りに響く。
レオンは空を見上げたまま、少しだけ真面目なトーンで言葉を継いだ。
「……でもさ。あいつ、最後に俺のことを『冒険者レオン』って呼びやがったんだ。息子としてじゃなく、対等な男としてな」
その言葉を口にした瞬間、レオンの胸の奥が、熱い何かで満たされた。
あの日、家を追い出された時の絶望。
風邪で一人、震えていた夜の冷たさ。
ホーンラビットに噛みつかれた時の激痛。
そして、双頭大蛇を仕留めた瞬間の、脳を焼くような昂揚感。
そのすべてが、今の自分を形作っている。守られていた「坊ちゃん」だった頃には、決して味わうことのできなかった、剥き出しの人生の味だ。
「……カイル、ミーナ。俺、決めたわ」
「なんだよ、改まって」
「俺、もっと上に行く。オヤジが一度も成し遂げられなかった、未踏の迷宮(ダンジョン)の踏破だ。あいつが『不可能だ』って言った場所を全部塗り替えてやる」
レオンの瞳に、烈しい闘争心の炎が灯る。それは復讐のための怒りではなく、自分の限界に挑戦しようとする、純粋な冒険者の渇望だった。
「いいねえ。俺もその『塗り替え』の片棒を担いでやるよ!」
「……私も、レオンの背中を見守るのは退屈しなさそうだから、付き合うわ」
三人は顔を見合わせ、夜の街を笑いながら歩き出した。
やがて、馴染みとなったギルドの安寮が見えてくる。カビの匂いと、硬いマットレス。けれど、今のレオンにとっては、そこが世界で一番誇らしい自分の城だ。
自室の扉を開け、レオンは窓際の椅子に腰を下ろした。
机の上には、あの日持ち出した唯一の「家宝」――父とシェリー、そして亡き母が写った古い写真が置いてある。
「……オヤジ。あんたを『過去の遺物』にするって約束、忘れてねえからな」
レオンは銀貨を一枚取り出し、親指で弾いた。
チャリン、という高い金属音が、静かな部屋に響き渡る。
それは、自らの力で運命を切り拓き始めた、一人の男の凱歌のようだった。
「さて……明日はどんな依頼があるかな」
レオンは眠りにつく前、真っ白な新しいノートを広げた。
そこには、ボニー・パーカーのような悲劇の詩ではなく、これから自分が刻んでいく、栄光と泥にまみれた「生きた物語」が綴られるはずだ。
一頁目、レオンは力強い筆致でこう書き込んだ。
*『17歳、追放。ここから、俺の伝説が始まる。』*
窓から差し込む朝の光が、少年の横顔を白く照らし始める。
彼の物語は、まだ始まったばかりだ。
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**『追放された17歳、冒険者ギルドで人生を鍛え直す』 完**
全編を通し、レオンの成長を見届けていただきありがとうございました。
復讐心から始まった物語が、最後には自らの足で未来を掴み取る王道の冒険譚へと着地しました。
『追放された17歳、冒険者ギルドで人生を鍛え直す 〜くそっ、絶対オヤジにザマァしてやる〜』 春秋花壇 @mai5000jp
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