第10話:ざまぁ、そして…

夕闇が街を藍色に染め上げる頃、レオンはかつて逃げるように飛び出したあの屋敷の門前に立っていた。


鼻を突くのは、手入れされた庭園の柔らかな花の香りと、豪奢な門灯が灯す温かな光。だが、今のレオンの全身からは、鉄の錆びた匂いと、数多の戦い、そして死線を潜り抜けた者だけが放つ鋭い野性が漂っている。


「……帰ったぞ」


誰に言うでもなく呟き、レオンは門を潜った。かつては大きく、威圧的に見えた屋敷が、今は少しだけ小さく見える。それは、彼が見てきた世界が、この壁の内側よりも遥かに広大だったからだ。


執務室の扉を開けると、そこにはあの日と変わらぬ姿で、父ガルドが座っていた。


「……生きて帰ったか」


父の声は相変わらず低く、無愛想だった。だが、レオンはその声の微かな震えと、机の上に置かれた「ある物」を見逃さなかった。そこには、レオンが先ほどギルドで報告したばかりの、双頭大蛇討伐の速報が置かれていた。


「ああ、生きてるぜ。あんたに『ザマァみろ』って言いに来るまでは、死ねるわけねえからな」


レオンは腰の短剣を無造作に机に放り出した。刃こぼれし、返り血で黒ずんだその剣は、屋敷に飾られたどんな宝剣よりも美しく、雄弁だった。


「……バルガスから報告は受けている。霧の谷、よく生き残ったな」


「バルガス……? なんであんたが教官の名前を……」


レオンの言葉が止まった。父の傍らの棚に、自分を監視していたかのような詳細な記録――寮での生活、風邪で倒れた夜、初めて手にした銀貨の額までが記された日誌があった。


「……ふざけんな」


レオンの心臓が、怒りで激しく脈打ち始めた。


「ふざけんなよ! なんだよこれ、全部見てたのか? 結局、あんたの手のひらの上だったのかよ! 死なない場所、助けが届く距離……俺が必死に泥を舐めてた間も、あんたは高みの見物で俺を『守って』やがったのか!」


レオンは机を叩き、父を睨みつけた。こみ上げるのは、自分の努力さえも父の庇護の一部だったのではないかという、烈しい屈辱感だ。


「追い出しやがって! 俺が、あの夜どんな気持ちで街を彷徨ったか、あんたに分かるか!」


ガルドはゆっくりと立ち上がった。その巨体は、今やレオンの視線とほぼ同じ高さにある。彼は激昂する息子を真っ直ぐに見据え、静かに、けれど鋼のような重みを持って言い放った。


「追い出したんじゃない。……歩かせただけだ」


「……あ?」


「屋敷にいれば、お前は一生、自分の足で立つ痛みを知らぬままだった。私が守り続ける限り、お前は『ガルドの息子』という檻から出ることはなかっただろう。……レオン。お前があの夜、自分の足で一歩を踏み出した時、お前はようやく私から離れ、自分の人生を始めたのだ」


父の手が、レオンの肩に置かれた。その手のひらは、かつて感じた冷徹な威圧ではなく、一人の男を認める温かな力強さに満ちていた。


「双頭大蛇を仕留めたのは、私の力ではない。お前の判断と、お前が掴んだ仲間の信頼だ。……見事だったぞ、冒険者レオン」


「……っ」


レオンは唇を噛み締めた。

視界が熱くなる。言いたいことは山ほどあった。罵倒して、殴り飛ばして、積年の恨みを晴らすつもりだった。だが、父のその一言で、胸の中にあった黒い澱みが、一気に洗い流されていくのを感じた。


あの日、自分を追い出した父の真意。

それは、自分を憎んだからではなく、自分を「一人の男」として信じたからこその、最も残酷で、最も深い愛情だったのだ。


レオンは父の手を乱暴に振り払い、背を向けた。


「……勘違いすんなよ。まだ許したわけじゃねえからな」


レオンは扉に向かって歩き出し、手すりに手をかけて振り返った。その顔には、かつての未熟な反抗心ではなく、未来を見据えた不敵な挑戦者の笑みが浮かんでいた。


「オヤジ。あんたは確かに『鉄壁』だ。でも、俺はあんたを絶対に超えてみせる。あんたが二度と、俺の背後でハラハラして見守る必要がないくらいにな」


「……ほう。どうやってだ?」


「あんたよりも多くの仲間を守り、あんたが成し得なかった伝説を、俺のこの腕で作り上げる。……それが、俺の『ザマァ』だ。あんたを過去の遺物にして、俺が一番の冒険者になるって意味でな」


ガルドは一瞬呆気にとられたように目を見開き、それから今日一番の、野太い笑い声を上げた。


「……やってみろ。抜かせるものなら、抜かしてみるがいい」


「ああ。せいぜい長生きして、その目で見届けてろよ。……クソオヤジ」


レオンは今度こそ、迷いなく部屋を後にした。


廊下の向こうでは、シェリーが静かに、そして誇らしげに彼を待っていた。レオンは彼女の前を通り過ぎる際、少しだけ足を止め、耳元で小さく「……すまなかった、シェリーさん」と囁いた。


シェリーが驚き、それから太陽のような笑顔を見せるのを背中で感じながら、レオンは夜の街へと再び駆け出した。


夜空には、無限の可能性を秘めた星々が輝いている。

守られていた過去を捨て、自分の力で明日を掴み取る。

17歳の冒険者、レオン・バロウ。

彼の「本当の冒険」は、今、この瞬間から始まったのだ。


「ざまぁしてやる。……あんたを“超える”って意味でな!」


少年の叫びが、夜の風に乗って、遠い空へと響き渡った。


---


**『追放された17歳、冒険者ギルドで人生を鍛え直す』 完**


全10話、完走です!

反抗期のエネルギーが、最後には父への「最高の挑戦」へと変わる成長物語。

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