『追放された17歳、冒険者ギルドで人生を鍛え直す 〜くそっ、絶対オヤジにザマァしてやる〜』
春秋花壇
第1話:追放
夕闇が迫る屋敷の廊下には、高級な蜜蝋の香りと、それとは不釣り合いな刺々しい沈黙が満ちていた。
17歳のレオンは、苛立ちを隠そうともせずに自室の扉を蹴るようにして開けた。頭に血が上り、こめかみがドクドクと脈打っている。視界の端で、さっき見た「あの女」の顔がちらついた。
「けっ、何が魔法顧問だ。オヤジの横でしな垂れかかりやがって……。母さんが死んでからまだ数年だってのに、あんな若い女を入れ込んでんじゃねえよ」
レオンは、父ガルドの執務室で見かけたシェリーという女に、軽い嫌がらせをしたばかりだった。通りすがり、彼女の持つ魔導書をわざと小突いて落とし、「おいおい、引退した片足の冒険者は足元だけじゃなくて手元もお留守か?」と、彼女の義足を揶揄するような最低の言葉を投げたのだ。
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。父ガルドが放った殺気は、物理的な質量を持ってレオンの喉元を締め上げた。
「レオン。今すぐその言葉を取り消し、シェリーに謝罪しろ」
父の声は低く、地響きのようだった。かつて“不動の鉄壁”と謳われた伝説の冒険者の威圧感。だが、反抗期真っ盛りのレオンにとって、それは火に油を注ぐものでしかなかった。
「謝る? なんで俺が? ほんとのことだろ。オヤジこそ、そんな女に鼻の下伸ばして、昔の仲間を囲ってる自分に酔ってんじゃないのかよ!」
直後、乾いた音が響いた。レオンの視界が火花を散らして歪んだ。
殴られた――。生まれて初めて、父に。
「……出て行け」
「は? ……今、なんて言った?」
レオンは腫れ始めた頬を押さえながら、信じられないという顔で父を睨みつけた。ガルドの瞳は、これまでに見たことがないほど冷徹だった。
「この家は、守るべき者を守り、敬うべき者を敬う者のための場所だ。お前のような恩知らずなガキを置いておく余裕はない。今すぐこの屋敷から出て行け。二度と敷居を跨ぐな」
「本気かよ……マジで? マジで言ってんのか? あんな女のために、俺を捨てるのかよ!」
レオンの叫びは、無情にも閉ざされた扉に跳ね返された。
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一時間後。レオンは夜の街に放り出されていた。
手にあるのは、護身用の安物の短剣一本。財布の中身を覗けば、銅貨が数枚寂しく音を立てるだけ。文字通りの一文無しだ。
「くそっ……クソオヤジ! マジであんな女を優先しやがって。見てろよ、謝り倒したって戻ってやんねえからな!」
威勢よく怒鳴り散らしてみたものの、夜の風は冷たく、空腹は容赦なく腹の虫を鳴かせた。
街の通りには、酒場から流れてくる安酒と焼いた肉の脂っこい匂いが漂っている。かつては当たり前のように口にしていたご馳走が、今は手の届かない宝石のように感じられた。
石畳の冷たさが靴の底から伝わり、孤独がじわじわと肌を刺す。街灯の下を通るたび、自分の影が長く、ひょろひょろと頼りなく伸びるのが目に入った。
「……ちっ、一人で生きていくなんて余裕だと思ってたけどよ。腹は減るし、寝る場所もねえのか」
レオンは拳を握りしめた。脳裏に浮かぶのは、自分を突き放した父の、あの蔑むような冷たい目だ。
『お前のようなガキ』――。
その言葉が、何よりもレオンのプライドを切り裂いた。
「俺はガキじゃない。オヤジがいなくたって、なんだってできるんだ。……いや、むしろオヤジ以上に強くなってやる。あいつの伝説だか何だか知らねえが、そんなの全部塗り替えてやるよ」
ふと足を止めた。
視線の先には、街の喧騒から少し離れた場所に建つ、武骨な石造りの建物があった。
入り口の上には、クロスした剣と盾を象った古びた看板が掲げられている。
**『冒険者ギルド・アイアンロア』**
扉が開くたび、中から荒くれ者たちの怒鳴り声や、武具がぶつかり合う金属音、そして血と汗と勝利の熱気が混じった、独特の「冒険者の匂い」が漏れ出してくる。
レオンはその看板をじっと見つめた。
金もない。コネもない。あるのは、オヤジから受け継いだ筋のいい体と、腹の底で煮え繰り返るような反骨心だけ。
「……ここか」
レオンは腫れた頬を指でなぞり、不敵に笑った。その瞳には、かつての温室育ちの少年の光ではなく、泥を舐めてでも這い上がろうとする野良犬のような光が宿り始めていた。
「ここで強くなれば、あのクソオヤジに文句言わせられるだろ。いや、跪かせて謝らせてやる。……『追い出して損した』って、あいつの顔を絶望で染めてやるんだ」
レオンは迷わず、重厚な木製の扉に手をかけた。
錆びた蝶番が耳障りな音を立てて開き、未知の、そして過酷な「自立」という名の戦場が、彼を迎え入れる。
「待ってろよオヤジ。最高の『ザマァ』をプレゼントしてやるからな」
17歳の夜。レオンは、自分を守っていた全ての傘を捨て、自らの足で暗闇へと踏み出した。
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**次回、第2話:ギルドの洗礼**
自信満々にギルドの門を叩いたレオンを待っていたのは、自分より小さく、けれど遥かに「強い」同年代の現実。
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