この作品は、作者さんの別の小説のメインキャラの一人がアップルパイを焼く様子と、皆でそれを食べる短編です。本編を読まなくても、この短編小説だけで成立しています。
こう要約してしまえば、それだけの作品です。しかし、アップルパイを焼く詳細な手順とともに、調理しながら様々な心理描写がなされます。そして、アップルパイを焼く手順は細かく、調理として(あるいは科学的に)妥当で、しかも詩のように楽しく美しいです。
そして、みんなで美味しいものを食べる幸福感――
これを書ける作者さんの卓越した技量――と言うよりは、卓越した作家性――はすごいと思います。これを読んで、ひととき幸せになりましょう。お勧めします。ただし、飯テロ注意! 猛烈にアップルパイが食べたくなります。
「料理は愛情」といいますが、その愛情は「過程」という丁寧な積み重ねに宿るのだと思います。
薄力粉と強力粉から調理工程は始まり、そこからバターや林檎や香辛料が足されていく。
一流のシェフが食材の一つ一つにこだわるように、作者様もその食材を引き立たせる「言葉」を丁寧に積み重ねます。
それでいて、「焼き上がりの浮力」や「世界は一度、密やかな闇に包まれた」など、隠し味のように意外な「言葉」がチョイスされていくことも、読む(食べる)前のワクワクを高めます。
指先で溶けるバターの体温、パイ生地の音がリズムを奏で、林檎は甘い琥珀色になる。
シナモンの香りが鼻を抜け、その先の味わいは……
ナイフとフォークは、あなたの目です。その目で是非とも「言葉」を紐解き、パイ生地のように幾層にも折り重ねられた芳醇な「言葉」の甘味と香ばしさを、心ゆくまで堪能されてみてください。
きっと読後はあなたも、本物のアップルパイを食べたくなること間違いなし!