五線譜に踊るLoner -Dancing Loner on the Way Home-

つっくん

第1話

五線譜に踊るLoner -Dancing Loner on the Way Home-


放課後の帰り道。

電柱から伸びる電線が、赤く染まった夕焼け空にラインを引く五線譜に見えた。

僕はギブソンのレスポールを背負い直し、イヤホンから流れるゲイリー・ムーアの『The Loner』に聴き入る。

一言の歌詞もない、ドラマチックな泣きのギターソロが魅力だ。

ギター1本でこれほどまでに感情を表現出来るアーティストを、僕は他に知らない。

彼は永遠のあこがれのギタリストだ。


最近、僕はこの曲を好んで聴いている。

この曲が漂わせる哀愁に満ちた雰囲気に心酔しているのはもちろんだが、理由はもう一つあるような気がしてならない。

孤独に震える旋律を聴くたび、僕もまた「孤独な者(Loner)」だと、感傷に浸れるからだ。


「リョージ君、今日の練習お疲れさま。」

ふいに背後から声をかけられた。

振り向くと、夕日に照らされたエミの笑顔があった。

「あ、うん。お、お疲れ」


僕らのバンドは、文化祭のために急遽結成された即席の寄せ集めだ。

エミは歌が上手くて可愛い、クラス一の男子の憧れの的だ。

彼女の歌を切望する男どもの熱烈な提案で企画が浮上し、リードギターにはエレキが得意な僕に白羽の矢が立ったというわけだ。

不純な動機から始まった話だが、僕にとっては渡りに船。

彼女と親しくなれる絶好のチャンスだった。

「俺なんかじゃ役不足だよ」なーんて謙虚さを装いつつも、心は前傾四十五度の前のめり状態だった。


僕はいつも教室の最後列から彼女を見つめ、その眩しさにどぎまぎし、その声に癒されている。

断っておくが、僕はストーカーなどでは決してない。純粋なる彼女の信望者だ。

なのに、いざとなるとまともに目を合わせることもできない。

独りでギターを弾く時だけは雄弁になれるのに、練習中も彼女の前では一音の言葉さえ見失ってしまう。


彼女と並んで歩きながら、何を話してよいか、どこに視線を向ければよいのか分からず、僕はただ沈みゆく夕日に目を泳がせた。

街灯がひとつ灯った。それはまるで五線譜に置かれた、黄金色の音符のように。

すると、それを合図に街の灯りが次々と灯り始め、それらが音符となって、スルスルと電線を滑り出したのだ。

まるでエミが歌うメロディーに合わせ、光の粒子が夜空を軽やかに踊っているみたいだ。


「見て、なんか五線譜に見えない?」

見惚れる横顔、オレンジ色の光が彼女の長い睫毛を淡く縁取っていく。

ふと、『The Loner』の切ないフレーズが、なぜかこの時だけは「独りでいるな」と僕の背中を叩くような気がした。

僕は賭けに出た。


「あ、あのさー、僕、君の……君のことが、その……」

一番肝心なところで声が裏返り、言葉は無様なノイズとなってフェードアウトした。

「……君のことが、その何ていうか、ゲイリーの曲みたいに、かっこいいなーと思って」

オイオイ、俺は一体何を言っているんだ?やばいよやばいよ、どうする?GOする?

もー完全に支離滅裂状態だ。

パニックに陥った僕は、震える声で必死に、情けない言葉を絞り出した。

「ご、ごめん、今の、忘れて」


沈黙が降りてきた。

綺麗な空の茜色はかき消され、漆黒の闇夜に早変わりした。

あぁ、最悪だ。やっぱり僕は一生『Loner』のままだ。

不甲斐なく俯いた僕の視界に、ふいにエミの顔がのぞき込んできた。

そしてささやく様に言った。

「……今の、忘れないよ」


どうやって家にたどり着いたのか、記憶は途切れ途切れだ。

胸の鼓動はやっとおさまりかけている。

僕は必死で記憶のかけらをつなぎ合わせ、蘇らせた。

思い出したのは、暮れなずむ赤に頬を染め、いたずらっぽく笑った彼女の顔と、

別れ際に言った彼女の言葉。

「あなたの十八番、いつも寂しそうな『Loner』だけれど……。

あなたはローナーじゃないよ」


トドメを刺された。

電線の五線譜の上で、ゲイリーのギターにも負けないくらい熱く切ない旋律が、空を鮮やかに染め上げて行くように見えた。


明日こそ必ず、僕の気持ちを伝えよう。

一音も外さずに、しっかりと。

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五線譜に踊るLoner -Dancing Loner on the Way Home- つっくん @tsuyotsuyoman

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