恐怖で世界を整える裏側の話──勇者も魔王も掌の上に

濃紅

第1話


目を開けた瞬間、光が刺さった。


天井一面に施された装飾が朝の光を反射し、白と金が視界を埋め尽くす。宝石を埋め込んだ柱、意味のないほど豪奢な彫刻。眩しさに目を細め、私は息を吐いた。


柔らかすぎる寝台。沈み込む身体。

違和感はすぐに形を成す。


私は上体を起こし、両手を見た。

細い指、白い肌。力の痕跡がない。


鏡に映ったのは、若い女の顔だった。


前の身体とは、あまりにも違う。


前世での私は、マフィアのボスだった。

男で、身長は二メートルを超えていた。鍛え上げた身体は鎧のようで、銃も刃物も素手の暴力も、すべてが日常だった。立っているだけで場が静まり、視線を向けるだけで相手は言葉を選んだ。


恐怖は、努力しなくても周囲に生まれていた。


今は、その真逆だ。


───


部屋の外が騒がしい。


「目を覚ましたらしい」

「大事には至らなかったようだな」

「若いから回復も早いだろう」


声に警戒はない。遠慮もない。

私を“脅威”として扱っていない。


致命的だった。


廊下に出ると、数人と目が合った。驚きはあるが、恐れはない。軽い好奇心すら混じっている。この身体、この立場、この空気。放置すれば、必ず舐められる。


それは、生き残れないという意味だ。


断片的な情報から世界の形が見えてくる。

王国があり、教会があり、魔王が存在する。勇者が選ばれ、光と希望で世界を救う――そういう分かりやすい構造。


経験上、こういう世界ほど裏は腐る。


部屋に戻り、改めて周囲を見渡す。

豪華な調度品の陰、目立たない位置に書棚があった。禁書指定の刻印。隠す気はないらしい。


背表紙を追い、目的の頁を開く。

恐怖、契約、代償。不可逆。解除不能。


内容は単純だった。

恐れられている限り、生存可能。

恐怖が身体を補強し、力に変わる。


条件は明確で、代償も重い。

だが、分かりやすい。


───


私は本を閉じた。


迷う理由はない。

この身体で生きるには、力が要る。


扉の向こうから、まだ気の抜けた声が聞こえる。


「まあ、そのうち落ち着くだろ」

「若いしな」


その先を聞く意味はなかった。


椅子に腰を下ろし、禁術の頁を開く。


倫理は、生き残ってから考えればいい。




─────────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る