最後のピース

詣り猫(まいりねこ)

『最後のピース』

 冬馬とうまは思い悩んでいた。


 オーディブルを聴いているときも、チョコザップで鍛えているときも、DOWNTOWN+を観ているときも、ずっとずっと。


 肩を落とし、マンションの部屋へと帰る。


 玄関のドアを開けるとその音に気づいて、すぐに梨々花りりかが出迎えてくれた。


「おかえり」


「ただいま……」


 冬馬は、ため息を吐きながら梨々花の横を通り過ぎる。梨々花は何とも言えない表情を浮かべた。


 玄関から伸びる廊下の先のドアを開けるとリビングに出る。


「おっ、ピーマンの肉詰めだ!」


 リビングに入った途端、冬馬が声を上げた。ピーマンの肉詰めは、彼の大好物である。


 しかもそれ以外にもおかずはある。味噌汁。肉野菜炒め。酢豚。オクラと豆腐のサラダ。実に5品。


 梨々花は、ほぼ毎日冬馬のために料理を作っている。


 2人は大学で知り合い、付き合った。今は付き合って3年めで、最近一緒に住み始めた。


(自分には、もったいない彼女だな)


 冬馬はしみじみ感じた。


 冬馬は美味しそうにご飯をかきこむが、それでも時折思い出したかのようにため息を吐く。


 何度かのため息の時だった──


 梨々花が静かに箸を置いた。


「あのさ、気分悪いんだけど?」


「え?……」


「ここ最近、ずっと落ち込んでるよね?」


「いや、そうかな……」「冬馬に気を遣っていたけど、さすがに我慢の限界だわ」


 静かに怒気を込めながら、梨々花は言った。


「私に話して」


「でも……梨々花を巻き込むような悩みではないからさ」


「良いから、私たち何のために3年も付き合っているの?」


 梨々花の真っすぐな眼差しが、冬馬に突き刺さる。


 冬馬は観念したかのようにため息を吐いた。


「分かったよ、話すよ」


「うん、話して」


「ほら、おれさ大学の文化祭の実行委員長してるじゃん」


「え、文化祭の話?」


「うん」


「そうなんだ。てっきり浮気か借金かと思って構えちゃった」


「それはないよ」


 冬馬は軽く笑ってから続ける。


「それでさ、文化祭に芸能人を呼ぶんだけど、最後のピースがハマらないわけ」


「最後のピースって?」


「囲碁将棋・インポッシブル・もう中学生のネタライブのあとに、CANDY TUNEを呼んで歌ライブの予定なんだけど……MCだけ誰にするかを決めかねていて」


「へぇ、そうなんだ。」


「MCの候補は2人居てさ」


「誰と誰?」


「そこなんだけど、これが凄く難しい。まさに究極の選択だよ」


 冬馬は間を空けてから言った。


「JOYで行くか、ユージで行くか……」


 そこで梨々花の目が急に据わった。


「はぁ!?」


「え? 急にどうしたんだよ……」


「冬馬が何日も悩んでいるから心配してたけど、なんなのよそれ……」


 梨々花はテーブルを1回”バン“と叩き、「そんなもん、どっちでもいいわ!!」と叫んだ。


「い、いやどっちでも良くないだろ……!」


「似たようなタレントじゃん!」


「全然違う! 群馬愛が強いのがJOYで、家族愛が強いのがユージだよ!」


「そんな情報知らないわよ! てか、JOYとユージに詳しくない!?」


「詳しくて何が悪い!」


「……どうせなら、どっちかとウエンツ瑛士で悩みなよ」


 冬馬は苦い表情をうかべ、首を横に振った。


「そこはウエンツじゃない……」


「な、なんでよ……」


「MCをJOYで行くか、ユージで行くかにおれは真剣なんだ」


「なんでよ!」


「色んなところでずっとJOYとユージのことばかり考え、悩んだよ」


「だから、なんでそんなにJOYとユージに夢中なのよ!」


「いっぱい悩んだんだ! オーディブルを聴いているときも、チョコザップで鍛えているときも、DOWNTOWN+を観ているときも!」


「なんか現代的すぎて、悩んでる感じが見えてこないわね!」


「クラウドファンディングで、JOYとユージの2人を同時に呼べるようにお金も集めようとした……でも、結局、3万円しか集まらなかった」


 冬馬はそこまで話すと、しくしく泣き出した。


「ちょ……そんなことで泣かないでよ! てか、3万円も集まったのね……」


「分かっただろ! おれにも理解者がいるんだ!」


「もうっ……悪かったわよ。JOYかユージに決められると良いわね」


「ああ」


 冬馬は泣き止み、急に勇ましい顔つきになった。


 彼は自分の胸の内をさらけ出しスッキリしたからか、梨々花の作った料理を再度バクバクと食べはじめる。


 彼は”ご馳走様でした”と手を合わせたあと、「ごめんね、美味しかった」と梨々花に伝え、食器をシンクに運び洗った。


 梨々花は食器を洗う冬馬の背中を見つめ、微笑んだ。「JOYで行くか、ユージで行くか」が、2人が同棲を始めてから初の喧嘩だったのだ。


(あ〜あ、バカみたいな喧嘩だったな)


 梨々花にとっては、記憶に残る変な喧嘩だった。



 文化祭当日、梨々花は目を疑った。


 芸能人のステージ──


 MCの位置に居たのは、JOYでもなく、ユージでもなく、Mattだった。


 Mattは意外にもMCが上手く、芸人にツッコんでみたり、アイドルと一緒に「倍の〜倍の倍の〜♪」と歌ってみたり、美容ジョークを挟んでみたり、舞台を我が物顔で回していた。


 お客さんはこれに大ウケ。


 梨々花は「成功して良かったな」と舞台袖に見え隠れする冬馬を見つめた。


 しかしその一方で梨々花は、怖くて冬馬にMattを選んだ理由を聞く勇気が持てなかった。




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