竜神現代転生 ―荒神龍斗の決意―

塩塚 和人

第1話 竜神が眠る世界



 世界にダンジョンが現れてから、

二十年が経った。


 最初は地下鉄の廃線跡だった。

次は地方都市の商業ビル。

今では、山中や海底、

時には住宅街の空き地にまで

唐突に口を開ける。


 人々は混乱し、恐れ、

やがて慣れた。


 ダンジョンは壊しても消えない。

制圧しても、

時間が経てば再び現れる。


 それならば、と人は考えた。

危険を管理し、

利益に変えようと。


 そうして生まれたのが

探索者ギルドだった。


 探索者。

ダンジョンに潜り、

魔物を倒し、

素材や遺物を持ち帰る者たち。


 彼らは英雄でもあり、

同時に危険な仕事人でもあった。


 ――荒神龍斗は、

その世界の片隅で生きる

十四歳の少年だった。


     ◆


 ギルド支部の待合室は、

朝から騒がしかった。


 金属装備が触れ合う音。

魔石を詰めた袋の重み。

興奮と緊張が混じった空気。


 その中で、

龍斗は一人、

壁際の椅子に座っていた。


 短く切った黒髪。

少し伏し目がちな視線。

痩せてはいるが、

どこか芯のある体つき。


 ただ、

彼の胸元には何もなかった。


 探索者登録証。

そこに記されるはずの

スキル欄が、

完全な空白だった。


「荒神龍斗。

スキル判定、最終結果出たぞ」


 受付カウンターから、

事務的な声が飛ぶ。


 龍斗は立ち上がり、

静かに歩み寄った。


「……結果は?」


 自分でも驚くほど、

声は落ち着いていた。


 受付の女性は、

少しだけ視線を逸らし、

淡々と告げる。


「無スキル。

適性ランクはF。

正直に言うと――

探索者には向いてない」


 周囲の視線が集まる。


 嘲笑。

同情。

無関心。


 龍斗は、

それらを一つずつ受け止め、

ゆっくりと息を吐いた。


「……それでも、

登録はできますか」


「規則上は可能。

ただし自己責任よ」


 差し出された登録証を、

龍斗は両手で受け取った。


 その瞬間、

胸の奥が、

微かに熱を持った。


 懐かしいような、

遠い夢を見たような感覚。


 だが、

理由はわからない。


     ◆


 ギルドを出ると、

春の風が吹いていた。


 通りの向こうには、

ダンジョン管理用の

結界フェンスが見える。


 地下へと続く

黒い裂け目。


 あれが、

人を殺し、

富を生み、

英雄を作る場所。


「……行くしかないか」


 龍斗は呟いた。


 なぜ探索者になりたいのか。

理由を聞かれたら、

うまく答えられない。


 金のためではない。

名誉でもない。


 ただ――

ダンジョンを見ると、

胸がざわつく。


 呼ばれているような、

そんな気がするのだ。


 家に帰る途中、

スマートフォンに通知が入った。


 《初心者向けダンジョン

 第三管理区画

 本日解放》


 龍斗は立ち止まり、

画面を見つめる。


 心臓が、

少しだけ早く打った。


「……大丈夫だ」


 誰に向けた言葉かも

わからないまま、

彼は歩き出した。


 まだ、

自分が何者かを知らない。


 まだ、

竜神としての記憶も、

力も、

深い眠りの中にある。


 だが確かに、

運命の歯車は

静かに回り始めていた。


 ――現代に転生した

竜神の物語は、

ここから始まる。

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