そして王城には誰もいなくなった——魔女となった聖女と公爵令嬢の革命

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そして王城には誰もいなくなった——魔女となった聖女と公爵令嬢の革命

 聖女エリシア・ブランシェは多くの民衆の命を奪った「魔女」とされた。


 多くの観衆が集まった王城前広場で、婚約者の王太子レオンハルトが聖女を断罪するのを、公爵令嬢クローデリアは冷ややかな目で見ていた。


 観衆がエリシアに怒号を浴びせ、石を投げる者もいた。


 エリシアは「聖女」の称号を剥奪され、王都からも追放となり、表舞台から姿を消すことになった。


   ※


「さて、どうしたものか」


 王太子レオンハルトが誰にともなく呟いた。しかし、レオンハルトの執務室にいるのは、クローデリアだけだ。


 レオンハルトとクローデリアは王家が抱える大きな秘密を共有していた。クローデリアは王太子の婚約者として、王家の大きな信頼を得ていたのだ。


「聖女を追放した以上、『結界の祈り』による王国の豊穣がなくなるということですね?」


 クローデリアにはレオンハルトの——王家の懸念が手に取るようにわかった。


「そうだ。聖女の追放はやむを得なかったとはいえ、王家への税収は間違いなく減るだろう。もちろん税は重くするが、それでも王家の財政に必要なだけの税が集められない可能性が高い」


 財政——王家が今までのような贅沢をするお金がなくなるってことね。


 クローデリアは心で思った皮肉を表に出さないよう努めながら、レオンハルトのほうを見た。


「私に考えがあるわ」


「ほう」


 レオンハルトは食いつく。彼らは面倒なことは考えない。優秀な他の誰かがいつも問題を解決してくれると信じているのだ。


「どんな策だ?」


「民衆から批判を受けず、国の豊穣を継続します。お任せいただけるなら、手配いたします」


 レオンハルトがにやりと笑う。


「さすが俺が見込んだ女だ。王妃になる者はそれくらいでなければな。では頼むぞ」


 クローデリアが微笑んで頷く。


 ——それを実現するのかも聞かないなんて……愚かですわね。


   ※


 レーヴェンハルト公爵家の令嬢クローデリアとエリシアは、エリシアが聖女として見出される以前から親友だった。いや、そこには親友以上の感情があった。


 エリシアはレーヴェンハルト公爵家に仕える侍女の娘として誕生した。

 クローデリアもほとんど同時期に生まれ、年齢が近かったため、自然に一緒に行動することが多くなった。

 クローデリアは利発ではっきりした性格で、エリシアはおっとりと心が優しく、それぞれがお互いにないものを認め、惹かれあっていった。特にクローデリアはエリシアの光属性魔力マナの適性に目を見張るものがあることを発見し、きっとエリシアは聖女になれるとまで言った。


 二人が成長していくと、クローデリアは王都の学園に通うようになったが、平民出身のエリシアは学校には行けず、侍女である母とともに、公爵家の家事を手伝うようになった。クローデリアと親密であったこともあり、次第にクローデリア専属の侍女のような扱いになった。


 ある日、学園から帰宅したクローデリアがエリシアに告げた。


「王太子が婚約を申し込んできたわ。私ほど美しい人は見たことがないって」


 お茶を出そうとしていたエリシアは一瞬、固まった。


「……そうですか、おめでとうございます」


「本当におめでたいと思っているの?」


「……いじわるですね、クローデリア様は」


「この婚約を受けようと思っているの」


「えっ……?」


 エリシアは少し涙ぐんでいた。


「そうですよね。王太子と公爵令嬢でしたら、きっとお似合いですね。私のような平民を相手にするよりよほど素敵ですわ」


 クローデリアがため息をつく。


「エリシア、あなたがそうやって身分を気にするところはいやだわ。あなたにそうさせてしまう王国もいや」


 そう言って、クローデリアはエリシアに近づき、後ろから抱きしめた。


「私たちの未来のためよ……。少しだけ我慢して。必ずこの王国を変えてみせるから」



 クローデリアは、王太子レオンハルトの婚約を受けるのと同時に、王家を通してできた聖教会への繋がりを使って、エリシアを聖女候補として紹介した。


 そうしてエリシアはレーヴェンハルト公爵家を出て聖教会に入り、二人は別々の人生を歩むこととなった。


   ※


 時の王家は贅沢に耽り、内政を顧みず、ただ重い徴税を繰り返すのみで、その悪政が祟り、次第に税収そのものが落ち込んでいった。

 王国民は疲弊し、労働力も生産性も低下し、田畑が荒地へと変わっていった。


 そんな中、クローデリアは王太子レオンハルトとの会話の中で、とある伝承の話をした。


 王国内の各地の町の教会には、かつての聖女が整備した守護結界の魔法陣があるのだが、王都大聖堂の地下にある中央魔法陣にて、聖女が「結界の祈り」を捧げることで、王国全土の守護結界を起動することができる。そうすると王国全土に豊穣がもたらされるという伝承であった。


 長らく高い光属性魔力マナを持つ聖女が不在となっていたため、守護結界が起動されることはなかったのだが、今は聖女エリシアがいる……


 レオンハルトの脳裏には税収増で贅沢を尽くす未来が浮かび上がったことだろう。


「ただ、一つだけ制約があります。この守護結界を使った秘術は、人々からいくらか生命力を奪うことになります。その生命力を、作物や家畜や人々の能力に転化することで、豊穣をもたらす秘術なのです」


 そうクローデリアは付け加えた。


 レオンハルトは「ふむ」と言って、考えこむふりをした。「ものを考える」などという行為は王家からはすでに失われていると、クローデリアは知っていた。


「平民が王国のために生命を捧げるとは何とも美しい秘術ではないか」


 クローデリアは心の中で苦笑する。


 ——のためなどではなく、のためでしょう?

 それに、と言ったのに、と解釈された。奪われる側に王族は決して入らないのね。


 平民は高貴な王家のために利用すべき卑しいものだというのが、王家の揺るがない原理原則だ。その原理原則がある限り、王家の人間がものを考えることなどない。


「念のため確認するが、王家の人間は対象から外せるのであろうな?」


「はい、王家の方の名を古代魔法文字ルーンで中央魔法陣に刻めば対象から外すことができます」


   ※


 クローデリアがレオンハルトに助言をしてまもなく、聖女エリシアによる「結界の祈り」が実行された。

 

 その効果は瞬く間に現れた。


 始まりは、農作物が大量に育ちはじめたことだった。田畑だけでなく、荒地になっていた場所からも作物が急速に実っていった。

 人々にも活力がみなぎり、作物を一気に刈り取っていった。

 一度収穫した田畑に種を蒔くと、それだけでまた作物が急速に育っていった。

 土地も人々もまるで疲れを知らないかのように次々と生産活動を続けていった。


 農作だけではない。畜産業、食品加工、繊維衣料、鉄鉱業、鍛冶などあらゆる産業で爆発的な生産性向上が起こり、王国には大量のものと金が流れるようになった。


 すぐに、王国だけでは溢れた生産物を消費しきれなくなり、それらは他国にも輸出されて貿易も賑わった。


 王家の収入は莫大なものになった。


 王家はこの成果を、王家の秘術によるものだと人々に吹聴し、民衆から喝采を浴びた。


   ※


「どうだ、英断だっただろう? 伝承どおりに聖女に祈らせたら、想定以上の富が得られた。俺は今や王国の英雄だ」


 レオンハルトが得意げにクローデリアに言った。

 身につけるものに明らかに高価な装飾品が増えていた。


「私にはよくわかりませんが、王国が豊かになったのは素晴らしいですね」


「ああ、王城も改築する予定だ。もっと豪奢にして、他国へこの王国の偉大さを示せるようになるだろう」


 増えた税収は王国民や王国の発展に使われるのではなく、王家の贅沢と見栄のために消費されるのだ。

 それは王国民の生命力と引き換えに得られているというのに。



 そして異変はすぐに訪れた。


 王国に豊穣がもたらされてまもなく、高齢の者や病人が次々と亡くなり始めたのだ。


 人々は初め、偶然だと思った。いや、思い込もうとしていた。せっかく手に入れた豊かな生活が、誰かの犠牲で成り立っているなどとは考えたくなかった。

 しかし、高齢者の死は止まらなかった。それどころか、死者の年齢が少しずつ下がってきていた。


 人々が、王国が突然手にした異常な豊かさと、その不審な連続死を関連づけるまでに時間はかからなかった。


 寿命を奪う「悪魔の呪い」。


 人々はその呪いを恐れ、仕事をすることをやめた。

 すでに蓄えもあったため、仕事を一時的に止めても問題はないだろうとも考えた。

 怠けたところで、必要なときにまた少し働けば必要なだけの収入が得られるのだ。


 この状況に焦ったのは王家だった。生産がなければ税の取りようもなくなってしまう。

 焦りすぎた王家は愚策を取った。

 高貴な王家が豊かでなければ王国は成り立たず、平民の生活もない、という理不尽な理屈により、平民の収入がなくなってからも、継続的に同額の税を徴収するという行動に出た。


 これにはさすがの民衆も憤り、そもそも王家の「秘術」の正体は「呪い」ではないかと、王家への批判の風潮が高まった。


 働いて、呪いで死ぬくらいなら、王家への反乱を起こそうと考える者も少なくなかった。


   ※


「改築中の東塔でボヤが出たようだ。民衆が火をつけたらしい」


 レオンハルトはいつになく苛立っているようだった。そしてその苛立ちの裏には恐怖の色も見えていた。


「これは明らかに聖女のせいだ。民衆の寿命を奪っているのはあの女の祈りではないか。民衆が王家に怒りの矛先を向けるのは間違いだ」


 人々の寿命から得られた豊穣を最も享受しているのはあなたたちですけれどね、と思いながらもクローデリアは言う。


「聖女を断罪なさるのですね?」


「それ以外にないだろう。あれは聖女などではない。『魔女』そのものではないか」


 王家は他者があげた利益は受け取るが、悪いことがあれば、それは他者の責なのだ。


「レオンハルト様、あなたはいつも正しいですわ。ただ、聖女の命だけは助けてくださいますか? 彼女は私の古い友人なのです。それに、いずれまたほとぼりが冷めた頃に、『結界の祈り』を捧げさせることもできるでしょう」


   ※


 そうして聖女エリシアは断罪の憂き目にあい、表向きは「追放」されることになった。

 同時に「結界の祈り」がなくなることで、王国の豊穣も失われるかと思われた。


 ——だが奇跡は続いた。


 田畑に常軌を逸した量の収穫が溢れ、人々の生産性は以前高く維持されていた。

 人々はそのことに喜ぶことはなく、再び「呪い」の効力に怯えた。


 しかし不安に襲われる人々に、王家は宣言した。


「『呪い』の根は絶たれた。民衆の寿命が奪われることなく、豊穣は続く!」


 民衆は懐疑的に聞いていたが、その言葉は本当だった。


 民衆の間で、高齢者や病人の死が異常な頻度で発生することはなかった。



 変化が訪れたのは王族の側だった。


 王族の、高齢の者から次々と倒れ始めたのだ。

 最初の数人は偶然かと思われたが、連日のように死が続き、レオンハルトを含め、王族たちはすぐにその異変に気づいた。

 恐ろしく早いペースで死んでいったため、気づいたときには、まだ高齢とは言い難かった国王フリードリヒも亡くなっていた。


 新国王の戴冠式は愚か、国王の葬儀を行う余裕もなく、若年と中年の王族たちは右往左往していた。


   ※


「クローデリア! おまえは何をしたのだ?」


 恐怖に唇を震わせながらレオンハルトはクローデリアに詰め寄った。


「何のことでしょう? 王国はまた豊穣を得て、人々も喜んでいるというのに何を取り乱していらっしゃるのですか?」


「うるさい! おまえの仕業だということはわかっているんだ。国王まで殺してただで済むと思うな!」


 そう言うなりレオンハルトはクローデリアの腕を掴み、引きずった。


「今すぐおまえを断罪してやる」



 クローデリアは王城前広場の中央に引き立てられ、唐突にレオンハルトが公開裁判を宣言した。


「今から公爵令嬢クローデリア・フォン・レーヴェンハルトの公開裁判を行う!」


 何事かと周囲の人々が集まってくる。


「このクローデリアは王国の豊穣と引き換えに、王族の寿命を奪う呪いをかけた。この大罪は許されるものではない!」


 レオンハルトは髪を振り乱し、そう怒声をあげた。


 観衆はただ黙ってそれを聞いていた。


 誰もクローデリアに非難の声を浴びせることもなく、石も投げられなかった。


「死罪は当然、爵位も剥奪、財産もすべて没収だ!」


 死ぬのなら爵位も財産も気にするわけないじゃない、とクローデリアは心の中で嘲笑する。それに……


「レオンハルト殿下、失礼ながら、私を殺したらあなたが生き残る方法もわからなくなりますけれど、よろしいかしら?」


 レオンハルトはたじろぐ。もはや論理的な思考ができる状態ではなかった。


「まず呪いを解除しろ。死刑はそれからだ。早くやれ!」


 クローデリアは落ち着き払って言葉を続ける。


「その前に私にも発言をお許しいただけますか? まず、こんな辱めを受けたのですから、あなたとの婚約は破棄させていただきます」


「そんなものこちらから破棄してやる」


「それから、私の認識では、王家は王国のため、ひいては王国民のために存在するものだと考えております。ご自身の寿命を使って、命を懸けて王国民に利益をもたらしているのに、なぜそれを誤ったことのように仰るのでしょうか?」


「なんだその無茶苦茶な理屈は? 王国も王国民も王家のものだろう? 王家が潰れれば王国も何もない! 平民どもこそ命を懸けて王家に贅沢をさせなければ王国の威厳もなくなるではないか!」


 ——そこまで本音を言ってしまわれて大丈夫かしら?

 

 観衆は唖然としながら、レオンハルトの言葉を聞いていた。何か聞き間違いをしたのだろうと戸惑う者も多かった。


 そのとき、王城前広場の中央に近づくもう一人の姿があった。その姿を見た観衆はさらに混乱をきたし、ざわめいた。

 現れたのはエリシア・ブランシェ——追放されたはずの聖女だった。


「突然割り込んでしまい申し訳ございませんが、私からも言わせていただきます。

 今の王太子殿下の発言からもおわかりのとおり、当初、私は王家に強制され、『結界の祈り』を捧げさせられました。それが民衆の皆様の寿命を、王国の豊穣に転化する祈りだということも知らされずにです。

 その挙げ句、皆様がそのことに気づいたときには、すべて私の責とされたのです。

 しかし、断罪されたものの、私は生かされました。それは王家が私に慈悲を与えたのではなく、ほとぼりが冷めてから、再び王国民の寿命を捧げて王族が贅を貪るための祈りを実行させるためだったのです」


 エリシアが声を抑え、話を続ける。

 観衆はその言葉を聞き逃すまいと注意深く耳を傾ける。


「私は神がお怒りになる声を受け取りました。『私欲のために命を奪った者たちは、その命をもって人々に報いなければならない』と。

 すると不思議なことに豊穣の奇跡は途切れず、すでに多くの王族の寿命が、王国民の皆様の豊かさに還元され始めたのです」


 そして最後に聖女エリシアははっきりと、大きな声で観衆に呼びかける。


「あなた方が望むものを強く願ってください。王家の最後の一人の命が尽きるまで奇跡を続けるか、それとも平民を愚弄する卑劣な王家を存続させるか。その願いを、聖女である私が神に届けます」


 観衆のざわめきが次第に大きくなっていく。しかし彼らが迷う時間はほとんどなかった。

 神がついていて、王家など恐れる必要があるだろうか?


「私の父も母も王家に殺された……。絶対に許せない」


 一人がそう呟くと、一気に観衆の声が噴き上がった。


「奇跡を望むに決まっている!」「王家など害虫でしかない!」「命を返せ!」「命だけじゃない。我々の尊厳を返せ!」


 次々に、心からの願いの声が飛び交った。


 レオンハルトは観衆の声に怯え、後ずさりし、やがて後ろを向いて王城に走り出した。

 しかし十歩も進まないうちにレオンハルトは膝から倒れた。


 エリシアがレオンハルトに近づき、その死を確認した。


 そして観衆に向き直り、宣言をした。


「皆様の願いが神に届き、神の裁定が下されました。

 王太子は死に、国王もすでにこの世を去りました。

 本当の悪魔であった王家の人間はまもなく死に絶え、皆様に豊穣が返されます。

 これからこの王国は、いえ、このは、身分差も搾取もない、皆が豊かな国となるでしょう」



 エリシアの言葉どおり、まもなく王族は一人残らず息絶えた。

 仕える者がいなくなり、途方に暮れた役人も兵士も侍女も王城を出て行った。


 そして王城には誰もいなくなった。


   ※


「レオンハルトが丁寧に一人残らず王族の名前を出してくれたから上手くいったわ。生命力を奪う例外対象が、反転の『結界の祈り』で逆に対象そのものになるとは、王家の誰も想像もしなかったでしょうね」


 クローデリアは満足げに笑った。


「クローデリア様……」


「私も爵位を奪われた平民よ。王家の傘下だった貴族たちも解体されるでしょう。『様』はもういらないわ」


「クローデリア……様。そうは仰られても……」


「すぐに慣れるわよ」


 エリシアは小さく微笑んで、ため息をついた。


「でも本当によかったのでしょうか……。私は多くの人の命を奪ってしまったのですよね? その上、クローデリア様……クローデリアを平民にしてしまったのですね」


「何を言っているの、エリシア。あなたは何もしていないわ。ただ私が望むものを手にするために、あなたを利用しただけなんですもの。

 身分差別の元凶の王家が絶望のうちに潰れていくこと、そしてあなたと同じ平民になること。その望みを叶えるために、何も知らないあなたは私の指示に従って『結界の祈り』を実行しただけ。多くの人を殺したのは私なのよ。すべての責も罪も私が抱えて地獄に行くわ。あなたではなく、私こそ『魔女』と呼ばれるべきでしょうね……。エリシア、あなたは無垢な聖女のままでいて」


「そんな……私も共犯です……。クローデリアだけが後世に悪名を残すようなことは耐えられません」


「後世で何と言われようが構わないわ。死んだ後のことなんてどうでもいい。私は今、あなたと対等の関係で一緒に幸せになれればそれでいいの」


 クローデリアがエリシアに微笑みかけ、エリシアも応える。


「それなら私はあなたの幸せのために生涯を捧げます」


 そう言ってエリシアはクローデリアをそっと抱きしめた。

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