VTuberの配信切り忘れ。裏方の俺がダンジョンを「リフォーム」してボスを瞬殺する映像が全世界に流出した件

kuni

第1話

『――グオオオオオオオオオオッ!!』


画面を埋め尽くす、紅蓮の炎。

鼓膜を劈(つんざ)くような咆哮が、スピーカーの限界を超えて響き渡る。


「きゃあああああああああっ!?」


可愛らしい悲鳴と共に、銀髪の少女が地面に叩きつけられた。

彼女の名前は、星乃キララ。

チャンネル登録者数百万人を誇る、今をときめく大人気ダンジョン配信VTuberだ。


今日、彼女は前人未踏の最難関ダンジョン『奈落の古城』の深層に挑んでいた。

だが、その挑戦は無残な結果に終わろうとしている。


目の前に立ちはだかるのは、伝説級の魔物『エンシェント・レッドドラゴン』。

その巨体は城の広間を埋め尽くし、吐き出されるブレスは鉄すらも瞬時に蒸発させる。


キララのHPバーは、すでに赤色(レッドゾーン)。

装備は砕け、ポーションも尽きた。


「ご、ごめんなさい……みんな……私、もう……」


ガクリ、と彼女のアバターが力を失う。

気絶(スタン)状態。

完全な無防備。


ドラゴンの巨大な顎(あぎと)が、無慈悲に開かれる。

喉の奥で、再び致死量の炎が渦を巻き始めた。


『あ、あかん』

『キララちゃん逃げてえええええ!』

『終わった……』

『ロスト確定かこれ』

『運営何してんだ! 強制ログアウトさせろ!』

『画面見れない……』


コメント欄が絶望の阿鼻叫喚で埋め尽くされる。

誰もが、最悪のバッドエンドを覚悟した。


――その時だった。


カツ、カツ、カツ。


絶望的な戦場に似つかわしくない、軽快な足音が響いたのは。


        ◇


「ふぅ……。ここが現場か。相変わらず空調が効いてないな」


俺、匠(タクミ)はヘルメットのあご紐を締め直し、ため息をついた。


俺の仕事は、VTuber事務所の裏方スタッフ。

主な業務は、配信前の機材チェックと、演者が安全に活動できるようにダンジョンの環境を整える「清掃・修繕」業務だ。


今日はキララちゃんが深層配信をやると聞いていたが、どうやら休憩中らしい。

部屋の隅でぐったりと寝ている姿が見える。


「まったく、床で寝ると風邪引くぞ……」


まあいい。彼女が休んでいる間に、俺は俺の仕事を済ませるとしよう。

俺は腰のツールベルトを確認し、作業用手袋をはめ直した。


現場を見渡す。

ひどい有様だ。


「うわぁ……。なんだこれ」


俺は目の前の惨状に顔をしかめた。


部屋の中央に、巨大な赤色の「突起物」が鎮座している。

表面はゴツゴツとした鱗状で、無駄にスペースを圧迫していた。


「また不法投棄かよ。これじゃ動線確保できてないだろ。消防法に引っかかるぞ」


ダンジョンというのは湿気が多いせいか、こういう巨大なカビの塊や、不要なオブジェがすぐに発生する。

俺たち管理スタッフにとっては、まさに害獣ならぬ「害物」だ。


俺はため息交じりに、その巨大な赤い塊へと歩み寄った。


『え?』

『誰この人』

『スタッフ?』

『後ろおおおおおおおおおおお!!』

『逃げろオッサン!! 死ぬぞ!!』

『ドラゴンに気づいてないのか!?』


コメント欄がざわついているが、今の俺には見えていない。

俺の目には、ただ処理すべき「業務」しか映っていなかった。


俺が近づくと、その「赤い突起物」がギロリとこちらを見た気がした。

そして、亀裂のような場所(口)が大きく開き、そこから猛烈な熱風が吹き出してくる。


『ゴアアアアアアアアアアッ!!』


「うわっ、熱っ!」


俺はとっさに顔を背けた。

なんだこれ。ガスか?

配管が老朽化して、ガス漏れを起こしているのか?


「危ないなぁ。引火したら大惨事ですよ」


俺は冷静に状況を判断する。

ガス漏れなら、元栓を閉めるのが定石だ。


俺は熱風が吹き出す「亀裂」に向かって手を伸ばした。


「はい、閉めますよー」


パンッ!


乾いた音が響いた。

俺は両手で、その上下に開いた亀裂を強引に挟み込み、物理的に閉じた。

漏れていた熱風がピタリと止む。


「よし。とりあえず応急処置完了」


『は?』

『はい??????』

『え、今なにやった?』

『ドラゴンの口、素手で閉じたぞ??』

『ガス漏れ……?』

『ブレスだぞ今のwww』


やはりメンテナンス不足だな。

俺は赤い突起物の表面をペタペタと触診する。


硬い。だが、脆い。

表面の塗装(鱗)は剥がれかけているし、基礎部分(首)の強度が明らかに足りていない。


「ここ、構造上の欠陥がありますね」


独り言ちながら、俺は背中に背負っていた商売道具を取り出した。

柄の長さ1メートル超。

先端には分厚い鉄塊がついた、解体用の大ハンマーだ。


これさえあれば、大抵の「不良施工」は直せる。


俺はハンマーを軽く持ち上げ、赤い突起物の、一番脆そうな部分に狙いを定めた。

人間で言えば頭部にあたる場所だ。ここを均(なら)しておけば、とりあえずのスペースは確保できるだろう。


「キララちゃんが躓(つまず)いたら危ないからな。撤去しておこう」


俺は足を開き、腰を入れる。

職人としての血が騒ぐ瞬間だ。


「ここは壁が脆いですね」


俺はハンマーを振りかぶった。


「補強前に一度、均(なら)しておきましょう――」


一閃。


**ドガァァァァァァァァァァンッ!!**


轟音。

そして、衝撃。


俺のハンマーが直撃した瞬間、赤い突起物は風船のように破裂した。

肉片が飛び散ることもなく、ダンジョンの仕様通り、キラキラとした光の粒子となって霧散していく。


後に残ったのは、綺麗さっぱり何もない空間だけ。


「ふぅ。リフォーム完了」


俺はハンマーを肩に担ぎ直し、満足げに頷いた。

これで通気性も良くなったし、動線も確保できた。完璧な仕事だ。


『…………』

『…………は?』

『え、消え……た?』

『あのドラゴン、推奨レベル90だぞ?』

『壁って言った? 今、壁って言ったよね?』

『均す(物理)』

『リフォームってレベルじゃねえぞ!!』

『ただの破壊神で草』


ふと、足元に何かが落ちているのに気づく。

巨大な赤い宝石だ。


「おっと、産業廃棄物(ドロップアイテム)か。分別しないとな」


俺はそれを拾い上げ、腰のゴミ袋に放り込んだ。

さて、次の現場も詰まっている。長居は無用だ。


俺は部屋の隅でまだ寝息を立てているキララちゃんに視線をやった。


「おーい、キララちゃん。掃除終わったから、起きたら戸締まり頼むよー」


声をかけたが、返事はない。

まあ、連日の配信で疲れているんだろう。寝かせておいてやろう。


「お疲れ様でしたー」


俺はカメラに向かって(そうとは知らずに)軽く会釈をすると、来た道を戻っていった。


誰もいないボスの部屋。

更地になった空間。


そして、配信画面には、俺の背中だけが映し出されていた。


『お疲れ様でしたー、じゃねえよwww』

『行くな! 名を名乗れ!』

『伝説の始まりを見た』

『この映像、アーカイブ残るよな?』

『切り抜け! 今すぐ切り抜け!!』

『世界がバズる音がする』


こうして。

大人気VTuberの配信切り忘れによって。


裏方の俺がダンジョンを「リフォーム」してボスを瞬殺する映像が、全世界に流出してしまったのだった。

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