背中合わせの思い人
蓬田雪
第1話
「もう一度、考え直していただけませんか」
「何回も言っているだろう。断じて、タイムマシンの開発は許さん」
私たちがいるのは山奥の研究施設。
ここでは現在秘密裏に、タイムマシンの研究が行われている。
秘密裏と言っても、実際は政府のハンコを待っている状態で、じきに日の目をみることになるだろう。——そう思い込んでいたのは、私だけではあるまい。
今日、時田——政府の要職で、絶対的な権限をもつらしい——が、施設へと見学に来たのだった。
そして、私たちは歓喜していた。ハンコ係が来てくれたからには、これからは堂々とした研究ができると。
しかし、実際に突き付けられたのは「許さん」という冷たい一声。
時田はただのハンコではなく、自分の意志を持っていた。
「私たちには完成させる能力があります。失敗で、あなたの顔に泥を塗るようなことにはなりません!」
他の研究員を押しのけ、時田は出口へと進む。私の方に振り向きもしない。「コツコツ」という淡白な音と、私の声だけが広い施設内を反響する。
「もう一度考え直してください。タイムマシンの開発によって、死んだ命だって救われます。……命に関わる問題なのですよ」
「問題はそこだ」
はぁっ、とため息をついてから、時田は少し速度を緩めた。
鶴の一声のような、得体のしれない説得力を持った低くて、重くて、厚い音がこだました。
「私が問題にしているのは、この計画が失敗することではない。成功することなのだ」
「なぜですか!」
「タイムパラドックスだ」
「…」
「お前も気づいているだろう。死んだ人間が生き返ることは、自然法則に反するんだ」
タイムパラドックス。未来人が過去に戻り、歴史を書き換えることで、過去と未来とで矛盾が生じる事象。その矛盾の果てに何が起こるのか、誰も知らない。
目の前にいるのは正論の権化だった。
でも、諦めることなど、できない。できるはずがない。
「しかし、死んだ人物を生き返らせる、そのことを一番優先すべきではありませんか!?なら」「桜庭」
その声は低くて、
「改めて言おう。タイムマシンの開発は許さん」
有無を言わさぬ口ぶりだった。時田は足早に去っていく。私は動けなかった。私はその背中を、ただただ、眺めることしかできなかった。
目の前の人物はただ歩く。
彼の視線の先には過去などなく、ただこれからの"未来"しかないようだ。
もとから、過去に縋る私たちとは、相容れない存在であったらしい。
「つっかれた~」
下校中、彼は袖をまくり、腕を頭の後ろに組みながら、そう吐いた。
夏の季節。地面に籠った熱は、空気を温めていた。虫たちは大合唱をしている。太陽は照り、青春に勤しむ彼ら、彼女らの頬を焦がしていた。
——彼の胸中には、また別の、焦がすような、焦がれるような思いが燻っていた。
「隼人、お疲れ様。今日は文化祭準備だったんだよね?」
隼人は振り向きもせず「おう」と答える。腕を組み、不必要なほどに足を延ばし、胴を置き去りにしながら、答える。
「でも、それに加えて補修もあったんだよ」
「え、それやばいじゃん」
「しゃーないよ。赤点だったんだし」
「赤…?」
「なんだよ」
「いや、去年は隼人、クラス上位だったよね?」
「……人は変わるんだよ。いい意味でも、悪い意味でも、ね」
「なんかかっこつけてる」
「うっせ」
「なんか、最近顔合わせてくれなくない?何かに怒ってる?それとも何かにお悩み?」
「別に怒っては……」
彼の視線はそこでようやく彼女——麻奈を捉えた。
太陽に照らされた彼女の顔は、ひまわりのようにまっすぐ、凛としていた。目はぱっちりと開き、頬は化粧でか少しだけ赤くなっている。猫のようにぱっちりと開いた瞳、光を反射する黒髪のウェーブ、ガラス細工のように透明感のある肌……、繊維のようにやわらかで、でもどこか儚く思えるような笑み。そのどれもすべてが、隼人を炙り続けている。
今まで何回も、それも子どもの頃から見ていた、見慣れたはずの顔。隼人は。その顔を、瞳を、笑顔を、今更意識し始めている、とは誰にも言えなかった。
「麻奈は今回もクラス一位?」
「普通にやってれば、それくらいとれるでしょ」
麻奈はいわゆる、"優等生"とされる存在である。クラス委員長を務め、剣道の県大会では常にベスト四。文武両道に加え、明るく、面倒見の良い性格。クラスメイトからも慕われている。
(……そりゃ、モテるよなぁ)
最近の隼人の悩みは、麻奈が告白される頻度が増えたことにあった。小・中学生の頃もモテていたが、それ以上にモテている。去年は俺とアイツが同じクラスで、三人で固まっていたから、麻奈を狙う人がいたとしても、それが阻害されていたのだろう。その反動で、俺たちのクラスがバラバラになって以降は、麻奈の周りに人が群がるようになっていた。
「麻奈ほどに勉強しろとは言わないけど、隼人は最近サボりすぎ」
隼人は後ろから自転車を押しながら歩いてきたもう一人の幼馴染に説教を食らった。今まで漕いできたのであろう、ヘルメットを被りっぱなしである。
「直哉までそんなこというなよ」
「中学の時はガリ勉だったのに。もしや、中二病ってやつ?」
「え、隼人、中二病なの?」
「麻奈は黙れっ」
「あ、照れてる照れてる」
「黙ってくれっ」
「え~」
麻奈はそうして隼人の顔をつついた。
隼人はまた、麻奈の顔を直視できなくなった。
そうして、彼らは三人並んで町を歩く。三人で談笑しながら、歩く。
——こんな時間が、永遠に続くと思っていた。
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背中合わせの思い人 蓬田雪 @snow-abcd
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