第4話:休日の街歩き

 翌朝。

 アリサは鳥の声で目を覚ました。


 窓から差し込む朝日が部屋をオレンジ色に染めている。

 隣のベッドではミオがまだ寝息を立てていた。タオルケットが足元まで蹴飛ばされている。捲れ上がったパジャマの裾。健康的な太腿が露わになっていた。膝の裏に汗が滲んでいる。

 アリサは息を止めて見つめた。

 可愛い。無防備で柔らかい。指で触れたらどんな弾力が返ってくるだろう。

 白い肌に朝の光が落ちて細かい産毛が光っているのが見えた。


 向こうのベッドではルナが静かに寝返りを打った。シーツが擦れる音がする。長い銀髪が枕に広がり朝日を受けてきらめいている。閉じた瞼の形がきれいだ。首筋のラインがシーツに埋もれている。


 窓際にはすでにセリアがいた。

 剣の手入れをしている。布で刃を拭く規則的な音だけが静寂に響く。

 逆光になったセリアの横顔。真剣な眼差し。剣を握る指の動き。

 黒い髪が光の輪郭を帯びて美しい。首筋に光る汗。

 アリサの喉がごくりと鳴った。


 セリアがふとこちらを見た。


「……おはよう。起きたか」


 セリアが微かに笑った。朝の光の中で見るその笑顔にアリサの心臓が跳ねる。


「おはようございます……! ぐっすり眠れました!」

「そうか。それはよかった」


 セリアは剣を鞘に納めた。カチンと硬質な音がする。


「今日は約束通り街を案内する。まだろくに見て回ってないだろ?」

「本当ですか!? 嬉しいです!」


 アリサの声にミオがもぞもぞと動いた。


「んぅ……おはよぉ……」


 ミオが目を擦りながら起き上がる。ルナもゆっくりと体を起こした。寝ぼけ眼で髪をかき上げる仕草が色っぽい。


「おはよう二人とも。今日はいいお天気ね」

「おはよー! 今日はデートだねっ!」


 ミオがベッドの上で跳ねる。パジャマの胸元が大きく揺れた。ボタンが一つ外れている。鎖骨から胸の谷間にかけての白い肌が見えた。

 アリサは慌てて目を逸らした。でも視界の隅に残像が焼き付いている。


 着替えを済ませて一階へ降りる。

 朝食は宿の食堂でとった。

 焼きたてのパンとスープ。厚切りのベーコンと卵料理。

 テーブルを囲みながらミオがパンを頬張る。口の端にパン屑がついている。


「アリサちゃんどこ行きたい? お洋服? 甘いもの?」

「えっと……全部気になります! でもみんなが行きたいところで!」

「じゃあまず服屋ね! アリサちゃんを可愛くする会!」


 ルナがナプキンでミオの口元を拭ってやった。ミオがされるがままになっている。その母と子のような、あるいは恋人のような距離感にアリサはドキリとした。


 セリアがコーヒーを啜りながら頷いた。


「そうだな。まずは装備の下に着る服が必要だ。それからカフェで茶を……午後は武器屋だ。いい斧を見繕ってやる」

「斧……! 嬉しいです!」


 食事を終え四人は街へ出た。

 朝の街は活気に満ちている。石畳を行き交う人々。商人の売り声。屋台から漂う香辛料と焼き菓子の匂い。

 アリサは目を輝かせて周囲を見回した。

 通り過ぎる女性たちの姿。笑い声。髪の揺れ。スカートの裾が翻る音。

 ここにはアリサの好きなものが溢れている。視覚情報が多すぎて脳が痺れる。


 ミオがアリサの手をギュッと握った。


「はぐれないようにね!」


 ミオの手のひらは温かく少し湿っていた。その感触にアリサの指先が痺れる。強く握り返す。


「は、はい……!」


 手を繋いだまま歩く。指が絡む。ミオの体温が伝わってくる。歩くたびに肩が触れ合う。その度にアリサの体温が少しずつ上がっていく。


 大通りを進むと華やかな服屋が見えてきた。

 店先には色とりどりのワンピースやチュニックが飾られている。

 セリアがアリサの肩を押して中へ入った。


「好きなのを選べ。普段着が一着あると便利だ」

「えっと……どれがいいか……」


 アリサは棚の前で立ち尽くした。

 村にはこんなにたくさんの服はなかった。選択肢が多すぎて目が回る。

 レースのついた服。背中が大きく開いた服。体に張り付くような薄い生地の服。


 ミオが白地に花柄のワンピースを持ってきた。


「これ絶対似合う! 緑の髪に白が映えるよ! 着てみて!」


 ルナも別の棚から淡い黄色の服を持ってきた。


「こっちもいいと思うわ。アリサちゃんの健康的な肌に似合いそう」


 セリアは腕を組んで吟味している。


「……動きやすさも重要だ。だが……ま、最初はミオの見立てた方でいい」


 試着室に入る。狭い空間。

 自分の服を脱ぐ。肌が空気に触れる。

 白いワンピースに袖を通す。布地が肌に吸い付く。村の麻布とは違う滑らかな感触。

 スカートの裾を整える。鏡を見る。

 そこにいるのは村娘ではなく街の娘だった。少し背伸びをしたような自分。首筋のラインが綺麗に見える。


「……これが私……」


 カーテンを開けると三人の視線が集まった。


「わぁっ! 可愛い! お姫様みたい!」


 ミオが手を叩く。


「すごい! 回ってみて!」


 言われてくるりと回る。スカートがふわりと広がり膝小僧が見える。

 ルナも目を細めた。


「ええ。とても綺麗よアリサちゃん。清楚で……でもどこか色っぽいわ」


 セリアは腕を組み無言でアリサを見つめていた。その目が熱を帯びている。上から下へ。胸元から腰のくびれ。そしてふくらはぎのラインへ。

 視線が肌の上を這う感触がある。

 アリサはたまらなくなって身をよじった。


「……セリアさん……?」

「……悪くない。いや、すごくいい」


 セリアの声が低い。喉の奥で唸るような声。

 褒められた。見られた。

 アリサの下腹が熱くなる。


「ありがとうございます……」


 ミオがアリサの腕を掴んだ。


「ねえねえ私たちも着替えよ! お洋服選ぼ!」

「え?」

「せっかくだもん! みんなで新しい服買おうよ!」


 ミオが嬉しそうに服を選び始める。ルナも微笑んで淡い青のワンピースを手に取った。

 セリアは少し迷っていたが黒のチュニックを手に取った。


 三人がそれぞれの試着室へ消える。

 カーテンが揺れる音。衣擦れの音。

 隣の個室から布が擦れる音が聞こえる。ジッパーが上がる音。服を脱ぐ気配。

 アリサは想像してしまい顔が沸騰した。

 今、壁一枚向こうでみんなが裸になっている。


 最初にミオが出てきた。ピンク色のワンピース。短いスカートから健康的な太腿が伸びている。

 くるりと回る。スカートがふわりと広がる。甘い匂いがふわりと漂った。


「どう? 似合う?」

「す、すごいです……可愛いです……!」


 ミオが近づいてくる。


「えへへ。触ってみる?」


 ミオが自分のスカートの裾を摘んで見せた。アリサは震える手で布地に触れる。その下の太腿の温度が伝わってくるようだ。


 次にルナ。淡い青のワンピースが体のラインを優雅に包んでいる。胸の大きさが強調されている。大人の色気。


「ふふ。久しぶりだわこういう服。少し恥ずかしいわね」


 ルナが頬に手を当てる。白い二の腕が露わになっている。柔らかそうだ。噛みつきたくなるような白さ。


 最後にセリア。黒のチュニックにパンツスタイル。シンプルだが凛としていて鋭い美しさがある。腰のベルトがウエストの細さを強調している。


「……どうだ。似合わないか?」


 セリアが不安そうに聞く。

 アリサは息を飲んだ。

 かっこいい。心臓がうるさい。


「すごく……素敵です……! かっこいいです……!」


 アリサの顔を見てセリアがふいっと顔を背けた。耳が赤い。


「そ、そうか……なら、これにする」


 買い物を終え四人はカフェのテラス席に座った。

 午後の日差し。風が気持ちいい。

 甘いケーキと紅茶が運ばれてくる。

 ミオがケーキを頬張りながらクリームを口の端につけた。


「ん〜! おいし〜!」

「ミオ。ついてるぞ」


 セリアが指でミオの口元のクリームを拭い、それを自分の口に入れた。自然な動作。

 アリサは目を丸くした。間接キス。いやもっと直接的だ。


 ミオが身を乗り出した。


「ねえねえアリサちゃん恋バナしよ!」

「ぶっ」


 アリサは紅茶を吹きそうになった。


「こ、恋バナって……」

「村に好きな人とかいた?」


 アリサは口ごもった。カップを持つ手が震える。

 村にはいなかった。でも今は——。

 目の前の三人を見る。

 無邪気なミオ。優雅なルナ。かっこいいセリア。

 この胸の痛みはなんだろう。下腹の疼きはなんだろう。


「い、いえ……いませんでした……」


 嘘ではない。村にはいなかった。


「そっか〜。じゃあこれからだね! 私たちの中に好きな人ができたりして!」


 ミオがからかうように笑う。テーブルの下でミオの足先がアリサの足に触れた。つーっとふくらはぎを撫で上げられる。

 アリサの心臓が止まりそうになった。

 バレた? いやそんなはずはない。でも足の感触は確信犯的だ。


 ルナが紅茶を飲みながら微笑む。すべてを見透かしているような目。


「アリサちゃんなら素敵な人が見つかるわよ。……案外近くにね」


 セリアは無言でケーキを食べている。視線が合わない。だがフォークを持つ手が少し止まったのをアリサは見逃さなかった。


 カフェを出た後、武器屋へ向かった。

 鉄と油の匂い。重い空気が満ちている。

 セリアの表情が冒険者のものに戻る。


「アリサ。武器はどうする。斧でいいのか?」

「はい。使い慣れてますから」

「わかった。こっちだ」


 セリアが棚から一振りの戦斧を取り出した。

 柄は黒い木材。刃は鈍く光る鋼。


「これを持ってみろ」


 渡された斧はずっしりと重いが手に馴染んだ。重心のバランスがいい。

 セリアがアリサの背後に回った。背中にセリアの胸が当たる。


「構えてみろ。……そうじゃない。もっと腰を入れるんだ」


 セリアの手がアリサの腰を掴んだ。熱い。

 大きな手が腰の位置を修正する。密着する体。セリアの息遣いが耳元にかかる。


「……こうだ。いい筋肉をしてる」


 耳元で囁かれる低い声。腰を掴む手の力強さ。

 アリサは膝が崩れそうになるのを必死で堪えた。これは指導だ。変な意味はない。でも体が熱い。


「いい斧だ。ミスリルが少し混ざってる。これなら岩でも砕ける」

「これ……すごくいいです……!」

「よし。これも借金な」


 セリアが離れる。背中が急に寒くなる。

 セリアがニヤリと笑った。

 アリサは斧を抱きしめた。セリアが選んでくれた武器。セリアの体温が残る武器。


「ありがとうございます……! セリアさん本当に……!」


 感極まってセリアに抱きついた。

 硬い体が強張る。革鎧越しの硬さとその下の柔らかさ。


「ちょ、おい……!」

「すみません……! 嬉しくて……!」


 アリサは慌てて離れた。セリアの匂いが鼻に残る。汗と革と微かな香油の匂い。

 セリアは顔を赤くして咳払いをした。


「……別にいいけど。人前だぞ」


 夕方になり一時間の自由時間になった。

 アリサは一人で路地裏の本屋に入った。

 埃っぽい匂い。古書が並ぶ棚。静寂。

 『戦闘技術教本』という本を買った。銅貨五枚。

 もっと強くなりたい。セリアの隣に立つために。夜あの部屋で堂々と過ごすために。


 広場に戻ると三人が待っていた。夕日が三人を照らしている。きれいだ。


「おかえりアリサちゃん! 何買ったの?」

「戦闘の本です。勉強しようと思って」


 セリアが目を丸くした。


「真面目だな。……嫌いじゃない」


 その言葉にアリサの胸が高鳴った。


 宿に戻るとミオが提案した。


「ねえ今日買った服、着てみようよ!」

「え? 今?」

「うん! せっかくだしみんなで見せ合いっこしよ! ここなら誰にも邪魔されないし!」


 断る理由はなかった。

 部屋の鍵を閉める。窓の鎧戸を下ろす。密室。

 ランプの灯りだけが揺れる薄暗い空間。

 四人はそれぞれの新しい服に着替えた。

 部屋の中が甘い匂いで満ちる。


 白いワンピースのアリサ。

 ピンクのミオ。

 青のルナ。

 黒のセリア。


「みんな可愛い……!」


 アリサの声が漏れた。

 ランプの光が三人の輪郭を柔らかく縁取っている。

 ミオがくるりと回った。スカートがふわりと広がり太腿が露わになる。


「どお? 似合う?」

「す、すごいです……可愛いです……!」


 ミオがアリサに抱きついた。


「アリサちゃんも可愛いよ! 食べちゃいたい!」


 柔らかい感触。甘い匂い。ミオの手がアリサの腰を撫で回す。布越しの体温。

 ルナも微笑んでいる。ベッドに座り足を組んでいる姿が艶めかしい。青い布地が胸の重みで張っている。

 セリアも満更でもなさそうだ。腕を組みながらもアリサの姿を目で追っている。視線が二の腕や足首に吸い付いているのがわかる。


 アリサは三人を見つめながら胸の奥が熱くなるのを感じた。


 今日は楽しかった。

 でもそれだけじゃない。

 みんなといると体が熱くなる。もっと近づきたい。もっと触れたい。

 昼間のセリアの接触。ミオの足。ルナの視線。

 すべてがアリサの中で混ざり合いドロドロとした熱になる。


 セリアがパンと手を叩いた。


「よし。見せ合いっこは終わりだ」


 セリアの声色が昼間のものとは違う。低く硬い。リーダーの声だ。


「明日は潜るぞ。二階層から三階層へ抜ける。今日のような遊びじゃない」


 空気が張り詰めた。

 ミオがパッと離れ真剣な顔で頷く。ルナも足を崩し背筋を伸ばした。


「準備はいいな?」

「はい!」


 アリサも反射的に答えた。

 そうだ。私たちは冒険者だ。

 可愛い服を着て笑い合うだけじゃない。命を預け合う関係。

 そのギャップにアリサの子宮がキュンと縮んだ。


「……おやすみ」


 セリアがランプを消した。

 部屋が闇に沈む。


 隣から聞こえるミオの寝息。規則的で甘い。

 ルナの衣擦れの音。

 セリアの残り香。革と鉄と石鹸の混ざった匂い。


 アリサはシーツを握りしめた。足の指が縮こまる。

 村を出てよかった。この人たちに出会えてよかった。

 胸の奥で黒い炎が揺れる。

 

 明日。

 明日になれば、この甘い毒のような関係が戦場でどう変わるのか。

 私の力を、私の体を見せつけてやる。

 そうすればもっと深く、もっと強く繋がれるはずだ。


 アリサは暗闇の中で目を見開いたまま、明日の殺戮と快楽を夢想して身震いした。

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