雨の日の喫茶店と無くなった鍵
鳳翔雨月
雨の日の喫茶店と無くなった鍵
雨が降っている。冬が始まる前の濡れると一気に体温を奪っていく雨だ。
強い雨じゃあないけれど……人によっては暗い気持ちになったりするだろう。
それは昼間であるにも関わらず外が薄暗いからかも知れない。
ただ……私は雨の日は好きだ。
「!? 鍵がない! ハンカチまでない! おっかっしなぁ……」
ぼんやりと窓を叩く雨粒を見ていると可愛らしい声が響いた。
「ナンでぇ……?」
声の主は喫茶店のカウンター向こうに立つ女は睦月七葉。服のポケットを手当たり次第に探す様が有能そうに見える顔に似合わず滑稽だ。
普段から落ち着ける様にと薄暗い店内だが今日は外が暗いからか、ぼんやりとした照明が幻想的な雰囲気を作っている。
私は店のカウンターに座り、目の高さで手を組むと、騒ぐナナハを見つめた。
その顔は整っていて美人と形容出来、女性にしては高い背丈だが体の滑らで女性らしい豊かな曲線は女性だと一目で分かる。シックな黒いパンツスタイルのスーツを袖まくりして着こなす。
ナナハは私の視線に気が付いたのか、焦った様に愛想笑いをした。
「お、お嬢……店の鍵がない……」
「店の鍵?」
首を傾げる私。私の黒い髪が視界の端に写り、煩わしくて、耳に掛けた。
「どこかに落としたんじゃないの?」
「えー……?」
ナナハは派手な赤い髪を揺らし腕を組んで唸る。
「今日は……雨だから学校にお嬢を車で迎えに行って……。それだけかな……。基本はこの喫茶店に居たよ。……まぁ殆どお客さんは来なかったけど……」
とほほ、とナナハは肩を落とした。
「それだけ?」
「うん。お嬢も知ってる通り、行きと帰り。どっちも迎えに行って……。うん。それだけだね」
「車の中は?」
「! 探してくる!」
ナナハはいい年して落ち着きなくダッシュでカウンターを飛び越えると車庫へ走っていった。ただカウンターに手を付いて、飛び越える様は映画のワンシーンの様に様になっている。手足が長いのでなおさらだ。
「ん……?」
その時すれ違った彼女からいつもと違う違和感を覚えた。店に漂う甘さでもない、普段嗅ぎ慣れない濃い甘い香り。しかしその事を言葉に出す前に彼女は姿を消してしまった。
そしてタッタッタと小気味よい足音が戻ってくると眉を八の字にして首を横に振る。
「ない!!」
「ところで……何を持ってるの?」
行く時には持ってなかった紅茶の空き缶だろうか? を指さす。
「ん? お嬢を迎えに行くときに、なんか飲みたかったからコンビニに寄って……飲み終わって車に乗せっぱだったから捨てようと……」
私は額に手を当てた。
「別の場所に寄ってるんじゃないの……」
「あ……もしかして言ってない?」
しまったと言う顔をするナナハ。
「いやぁ、雨が降ってるから早めに店を出て、いつものコンビニに寄ったんだけど……急に雨が強まったから、早く行かないと、って。言ったつもりだったんだけどね」
たははと自分の頭を撫でる彼女を無視して、彼女の缶を持つ手を掴む。細く長い指は綺麗だがひ弱な感想は抱かない。
私はナナハの指先に鼻を近づけると匂いを嗅いだ。
普段ナナハは甘い匂いのする香水を付ける。けれどそのよく嗅ぎ慣れた香水とは別の匂いがした。
いつもの香水とは違う濃い甘い匂い。チョコレートだろうか。よく見れば黒いスーツの所為で気が付かなかったが袖にもチョコに類するモノなのか黒い染みが付いている。
「チョコの匂いがするわ」
「チョコ? んー……? あ」
何かを思いついた顔になると私が掴んでいる方の手とは逆の手でナナハは自分の顎を撫でた。
「コンビニに最近紙コップで入れられる飲み物が売ってるでしょ? 主に店内で豆を引いたコーヒーが飲めるやつ。その機械の中にホットチョコレートがあって子供が良く飲んでるんだけど……私が飲み物を買った時、機械の所で零しちゃった子供が居てね。その子にハンカチを渡したんだよ。私もその子のやけどとか気にしてアワアワしてて、ポケットからハンカチをそのまま掴んで渡したから……折りたたまれたまま中に紛れてたかも……」
「ふんぅ? その時にホットチョコレートが袖に付着したのかもね……。どうするの? 相手は分かる訳?」
握ったナナハの手から僅かに震えが伝わって来た。
「ど、どうしよう……全然知らない子だ……」
「どーせこんな儲かってなさそうな喫茶店に入るドロボーもいないでしょう。無施錠でもいいんじゃない?」
「酷い! そして真実だ!!」
だうーと涙を流すいい大人。
「はぁ……。その相手も鍵が入っていると気が付いてくれればコンビニに何か伝言でも残してくれているかも知れないわ」
「!! そうか! よし! 行こう!」
「ちょ!? 私はっ!」
ここで待つと言おうとしたけど既に遅く、握っていた手で逆に手を掴まれ、車の助手席に座らされていた。
車で行く必要があるのか分からない程の近所のコンビニにたどり着くとナナハが先に降りて、助手席のドアが開けられ傘を差し出される。
「……」
ナナハの淑女ぶりに感心しながらも、照れくさくて無言のまま彼女に傘に入った。
「あ、お客さん!」
店員さんがナナハの顔を覚えていたのか、直ぐに寄って来て鍵とハンカチ、それに手紙を渡す。
どうやら簡単に問題は解決したようだ。
「ひー……よかったぁ。なんかお礼の手紙ももらっちゃったよー」
「そう……よかったわね。さっさと帰りましょう」
私が興味なさそうに呟く。
そんな私にナナハは屈託なく笑うとおもむろに私の頭を撫でた。
「ありがとう。冬妃……」
「ッ……」
私は慌てて手を払った。
「あっさり鍵を失くすバカ!」
「えぇ!? 酷いよぉ」
あぁ、きっと……。私は……。赤くなった顔を誤魔化す様に買い物かごを乱暴に取る。
「これと! これ! 食玩合体武装王シリーズ全部! 解決してあげた報酬だから!」
「食玩にしては異様に高いッ!!」
ナナハが悲鳴を上げるが無視する。
私はこの無駄に仕事が出来そうなのに、抜けている年上の彼女が私に屈託なく笑う瞬間が好きなのだろう。だけど自分の中の明確な答えを誤魔化す様に、私は値段は高いが異様にクオリティの高い食玩をレジに乱雑に置いた。
ひーひー言って財布の中を確認するナナハを横目に見る。
その情けない顔を見て、普段無表情と揶揄される私はきっとほほ笑んでいるのだろうと自己分析し、直ぐに表情を正すのだった。
雨の日の喫茶店と無くなった鍵 鳳翔雨月 @uduki5714
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