人斬り、怪刀嵐魔を断つ~神具『呪われし刀』を拾った奴隷が、それでも『英雄騎士』へ至る叙事詩~

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

1章:奴隷が人斬りになるまで

第1話 奴隷、刀を拾ってしまう

 ――100年前、世界は『刀』に支配されかけた。

 刀鍛神が世に放った神具を握った者は、誰であれ『人斬り』と化した。

 時にはたった一人のために、国さえ滅びた。

 

 けれど人類は『刀』に打ち克った。

 『人斬り』も悉く討ち取られ、数多の犠牲を礎として平和が訪れた。


 ただし、時の権力者は不都合な事実を隠蔽していた。

 


 幸いな事に人斬りは現れず、刀の悲劇は風化していった。

 

 ……100年後、ヒトキという奴隷の少年に見つかるまで。

 

◆◇◆◇


「これ、じゃないか。ご主人様、喜んでくれるかなぁ」


 平穏なとある森。

 物騒な得物を見下ろして、ヒトキは胸を高鳴らせていた。

 背に積んだ薪よりも価値があるように見えた。

 

 ただし自分とってではなく、自分の飼い主にとってだが。

 

「……持って帰れるかな。薪も相当拾っちゃったし」


 鍛錬を積んだ屈強な『騎士』とは違い、ヒトキは奴隷だ。

 細く小さな少年には、剣を持ち上げることさえ難儀である。

 

 けれども徐々に湧くは驚愕。

 奴隷の身ながら、この剣の異様さは直ぐ分かった。

 

 まず注目するのは黒鞘。手触りが妙に滑らかだ。

 鞘の隙間で、三日月のように反った刃が瞬く。

 刃の片側だけが鋭い。まるで斬る方向が最初から決まっているかのような形だ。

 

 もっと見たい。何となくの好奇心で柄に触れた瞬間だった。

 

 

 掌の感覚が消えた。

 重さも、冷たさも、存在そのものが分からない。

 ただ――血の気だけが、一気に引いた。


 

 ――斬れ。

 

 

「……!?」


 胸から軋む声。

 何かが、心臓の裏側で目を覚ました。

 

「……僕……!?」

 

 二重に歪んだ視界に立っていたのは、ヒトキ本人だった。

 鏡像などではなく、本当にそこに居る。

 

 ただ一つだけ違う点があるとするならば、その『自分』は見たことのない黒い布を纏っていた事くらいだ。

 

 肩から背にかけて広がり、ゆるやかに揺れる。

 羽のようにも、影のようにも見える。

 

(……羽……?)


 違う。

 喉の奥で、勝手に別の名称が『自分』の服装に付けられる。

 

(――羽織)


 口に出していないのに、意味だけが脳に落ちた。

 知らないはずの名前。なのに、間違っていないと分かってしまう。

 即ち存在しない筈の記憶。それを自覚するだけで背筋が凍りそうになる。

 

 そもそも、同じ顔形をした誰かがいる事実だけで、呼吸すら忘れるには十分だった。


「……君は何なんだ」


 当然の困惑が全神経に滲ませながら、恐る恐るヒトキは尋ねる。

 すると黒羽織を纏った『自分』が、そっと口を開いた。

 

 ――斬れ。

 

 目前の『自分』は、声も同じだった。けれどそこに抑揚も感情も無い。

 命を奪うことと、石を蹴ることの違いが存在していない。

 

 ――斬れ。

 

 黒い羽織をはためかせ、静かに歩み寄ってくる。

 哀れみも軽蔑も無く、ただ純粋のみが水面となった瞳で二文字の服従を強いてくる。

 怯えるヒトキに、首を傾げながら。

 

 ――斬れ。

 

「く、来るな」

 

 右手の刃が、血に溢れている。

 でもそれはヒトキの右手にもあった。

 羽織と同じように、その刃の悍ましき名も理解してしまっている。

 



 ――斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。斬

 

 

 

 気付けば、森は元の静けさを取り戻していた。

 

「……は、ぁ……?」


 短い呼吸が納まらない。

 荒い息が喉を何度も擦る。視界は滲み耳鳴りが続いている。


 どれほどの時間が経ったのか分からない。

 瞬き一つしただけだったのかもしれないし、永遠に似た何かが過ぎ去ったのかもしれない。


 森は静かだった。

 先ほどまで感じていた、あの異様な気配も、血の匂いも――どこにもない。

 

 けれども視線を落とせば、散らかした薪に混じる三日月がある。


「……刀……」


 思考より先に、言葉が舞い落ちる。

 理由なく理解してしまった。

 この刃が100年前に置き去りにされたはずの『刀』であることを。

 あの忌むべき『人斬り』伝説を生みだした、呪われし神具であることを。

 

「違う、そんな筈がない……っ!!」


 尻餅をつきながら、全身で拒否する。

 いかに最低限の教育しか受けていない奴隷であろうとも、100年前に『刀』は世界から消滅した歴史程度は散々身に染みている。

 

 だからこんな未来ところに刀がある筈がない。

 頭では分かっている。でも心は『刀』と言う。

 

 理解と矛盾のループに頭が爆ぜそうになっていると、ふとぞわり、と背筋を何かが這い上がる。


(……じゃあ、さっきの、あれは……?)


 黒羽織を纏ったもう一人の自分。

 あれこそが、刀の持ち主に宿るという『人斬り』では?


「違う、違う……あれは、僕じゃ……」


 心臓が嫌な音を立てる。

 呼吸が上手く出来ない。

 五感が信じられなくなる。


 あの美しき羽織を纏った『人斬り』の自分が、今も内側のどこかで疼いている悪寒がして――。



 爆音。それを切欠に現実に引き戻された。


「せ、戦闘……?」


 木陰の隙間から大火の矢とか、研ぎ澄まされた氷柱――魔術が見えた。

 けれど目立つは敵の武器である、魔術小銃マジックマスケットの銃声。

 

 刀の衝撃は、大事さえ頭から吹き飛ばす。

 例えば、王国と帝国の大戦争に巻き込まれている現実さえも。

 

 帝国の侵略から始まったこの戦争では、既に幾つもの王国の領土が制圧されてしまった。そこにいた男はまず皆殺し、女子供は皆殺し。筆舌に尽くしがたい所業が繰り広げられてしまった。

 

 そして今、この森の近くにある防御拠点で王国の軍が侵略を食い止めた。

 早一週間。にらみ合いの膠着状態が続く。

 

 ヒトキがいる森は両軍の衝突箇所からは外れている筈だ。

 それが分かっているから薪拾いの場所に最適だと思ったのに。

 

「とにかくここから離れなきゃ」


 奴隷のヒトキに、まともな武装は与えられていない。

 魔力もないので魔術も使えない。

 身体も小さく非力なので戦えない。

 敵兵見つかったら命は無い。

 

 主人に怒られる事は承知の上で、ばら撒いてしまった薪も放置して逃げ出そうとした。

 勿論『刀』などという忌々しい得物からも――。

 

「――おぉ!? おいおいこんな所にもガキがいるぞ」

「はっ。その腕輪は拘束具だな。どっかの奴隷が迷い込んでたか」


 遅かった。

 逃げようとした先で、帝国兵士が二人。

 当然、帝国の最新兵器――魔力を媒介にして超常現象の弾丸を撃ちだす魔術小銃マジックマスケットを装着している。


「残念だなぁ。戦争でもなきゃ奴隷転売してたのに」

「おい。殺った方が今日の酒奢りな」

「乗った乗った」


 これから人を殺すとは思えない軽快な雰囲気で魔術小銃マジックマスケットの空洞を向けてくる。

 

「あ、あ」


 ヒトキに成す術はない。

 命乞いの余裕さえない。

 

 魔術弾丸に込められた属性。

 それが何であれ、急所に受けて生きのびられるような甘ったるい兵器な訳がない。

 

 青ざめた少年に何を思うでもなく、ウサギでも狩るようにトリガーへ指が掛けられた瞬間だったーー



 ――斬れ。

 

 

 拾う。

 駆ける。

 

 斬る。

 

 横切る。

 納める。

 



 遅れて轟音。

 魔術小銃マジックマスケットのトリガーが引かれ、火属性の魔術弾丸が着弾し、爆炎が拡散した。


 だが二人の首は、何故か後ろにいたヒトキへと向く。

 

「あれ、なんで後ろににににににに」

「くそ、酒は俺のもののののののの」


 回転した二人の首がそのまま滑り落ちて、胴体ごと泥に沈んだ。

 身体から頭が離れてなお、あっけらかんとした表情は自分達が斬られたことに気付いていない。

 

 遠くで猛る戦場の轟音。

 対称的にヒトキは無表情。

 清水の反射を眺める様に、自然に没頭していて――。

 

「……あ」


 表情が蘇る。

 無意識のうたた寝から覚めた。

 先程まで自我を喪失していた事に気付く。


(いま……少しだけ、記憶が……)


 困惑しながら周りを見渡すと、は散らばっていた。

 鮮血の花畑が咲き誇っていて、中心には頭部と離れ離れになった胴体が転がっていた。


「……あ……あ……」


 血に幾つも線を描かれた刃。

 誰が二人を殺したか、陽を見るよりも明らかだった。

 

「これを、ぼくが……?」


 必死に否定する。嘘だと何度も言い聞かせる。

 

 ――斬れ。

 

 しかし自身の不協和音がずっと響く。

 黒羽織を纏った自分が、すぐそこにいる。


「う、うわ、うわあああああ!!」

 

 刀を投げ捨て、ヒトキは逃走した。

 

 決して二人の命を奪ったからではない。

 百年前のように、数多の命を屠る『人斬り』になるのが怖かった。

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