名作映画

イツミン⇔イスミン

名作映画

 あるところに、映像作家の男がいた。

 男は若いころから映画を撮影し、たくさんのヒット作を生み出し、様々な賞を受賞していた。


 ところが男は、しばらく新作映画を発表していない。


 なぜかというと、映像作家というのは、売れれば売れるほど別の仕事が舞い込んでくるからだ。

 男も例にもれず、自身の政策論だとか、よその映像作家の撮った映画の品評だとか、文筆の仕事が舞い込むようになった。


 しかもそれが、結構な量である。


 男は映像作家として駆け出しのころ、仕事がなくて苦労したので、仕事はあるだけありがたいと、依頼があるだけ請け負った。



 その結果、文筆業に追われることになったのである。



 文筆の仕事は、男にとって気が楽だった。

 なにしろ資金集めのためにスポンサーに頭を下げる必要もなく、撮影スタッフや役者との間に立って折衝する必要もなく、パソコンに向かってキーボードを打ち続けるだけでいいからだ。


 しかもそのうえ、稼ぎは映画を撮影しているよりも、割りがいいのだ。


 かといって、しかし落ち着かないのも事実である。

 男は生来の、生粋の映像作家なので、映画を撮っていない自分に違和感がある。


 かといって、しかし落ち着かないのも事実である。



 貯金が増えていくのに、考えるのは次回作をどうしようかということばかりで、これだけ金があれば資金集めをしなくていいなと、そういうことばかりである。



 だから男は、しばらく文筆業を休んで、新作映画を撮ることにした。

 日々舞い込む文筆の仕事に、ありがたいと思いつつ、申し訳ないと思いつつ、断りを入れることにした。


 ところが、男がメガホンをとっていないあいだに、映画業界は様変わりしていた。



 コンプライアンスだとか多様性だとか、面倒なものが入り込み、浸透してしまっていた。



 そのせいで、映画撮影はちっともうまくいかない。


 せっかくシナリオを書いても、

「あまり暴力的な作品は許可できません」

 ――と、制作会社に突っぱねられた。



 作品にふさわしい役者を配役しようにも、

「アジア人だけを起用しては、人種が偏ってしまいます」

 ――と、制作会社に突っぱねられた。



 男はさすがに、眉を顰める。


 昔はこんなに、映画撮影の現場は、不自由ではなかった。

 多少暴力的だって一般上映できたし、子供に観せられないような内容ならば、鑑賞年齢に制限をもうければいいのだ。


 昔はこんなに、映画撮影の現場は、不自由ではなかった。

 日本を舞台にした、日本人向けの映画なら、日本人だけを出しておけばよかったし、黒人も白人も必要なかった。


 それがどうしてこんなことになったのだ。


 ほんのちょっとでも暴力的なら苦情が来て、上映できないようになってしまったのだ。


 それがどうしてこんなことになったのだ。


 日本を舞台にした日本人向けの映画なのに、主要キャストに外国人を配役しなければならなくなってしまったのだ。



 多様性がなんだとか、人をちっとも傷つけない映画作品なんて、どこにあるのだ。



 しかしそうはいっても、愚痴ばかり言っていては、撮影はちっとも進まない。


 映像作家の男は、困り果てて、困り果てて、困り果てた。

 どれだけ頭をひねっても、多様性に配慮した、他人を傷つけない映画を思いつかないのだ。



 しかしそうはいっても、愚痴ばかり言っていては、撮影はちっとも進まない。



 映像作家の男は、困り果てて、困り果てて、困り果てた。


 映像作家の男は、困り果てて、困り果てて、困り果てた。



 多様性がなんだとか、人をちっとも傷つけない映画作品なんて、どこにあるのだ。



 多様性がなんだとか、人をちっとも傷つけない映画作品なんて、どこにもないのだ。



 男はそこで、一計を案じた。


 こうなれば、世間様の言うとおりの、映画を撮ってやろうと思った。

 多様性に配慮した、誰も傷つけない映画を撮ってやろうと思った。


 こうなれば、世間様の言うとおりの、映画を撮ってやろうと思った。



 そうすることで、逆に堅苦しい映画業界に一石を投じることになり、自分の作りたい映画が撮れるようになると思った。



 思うが早いか、男はさっそく映画を完成させる。


 これは芸術なのだと、制作会社を説き伏せる。



 男の渾身の作品は、確かに暴力の一つもなく、誰も傷つけないので、制作会社は首肯せずにはいられなくなる。



 思うが早いか、男はさっそく映画を完成させる。






 そしてすぐに、映画雑誌の記者や、買い付けの配給会社を呼んで、試写会を開く。






 ところが試写会が始まっても、ちっとも映画が始まらない。


 シアター内は暗くなり、映写機のランプはスクリーンを照らしているのだが、スクリーンは真っ白に光り輝いているだけだ。


 しかもそのまま、十分が経ち、二十分が経ち、三十分が経ってしまった。



 映画がちっとも始まらないので、さすがに映画雑誌の記者も、買い付けの配給会社も、困惑しきりだった。



 やがて一人の映画雑誌の記者が、しびれを切らし、監督である映像作家の男に尋ねた。



「監督、いつまで経っても映画が始まらないようですが、どういうことですか?」


 雑誌記者の男に答えて、映像作家の男は満面の笑みで、言った。




「なにを言っているんですか、とっくに映画は始まっているじゃないですか。どうですか、なんの暴力もない、誰も傷つけることのない、素晴らしい作品でしょう?」




 たしかにスクリーンを真っ白に照らし続けるだけならば、なんの暴力性もないし、傷つく者などいない。


 しかしそれで、一時間も二時間も、ただ真っ白なスクリーンを見続けろと言われても、どうすればいいのだ。


 そんなもの、ただ退屈なだけで、なにも得られるものがないではないか。



 暴力性がないからと言って、傷つくものがないからと言って、しかしそれで、一時間も二時間も、ただ真っ白なスクリーンを見続けろと言われても、どうすればいいのだ。




 こんな怪作が誕生してしまっては、さすがに堅苦しくなってしまった映画業界も、映像作家の男に、多少の捜索の自由を与えざるを得ない――。

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