「キュンマグ」

てきてき@tekiteki

第1話


「キュンキュンマグネット」


クラスの中で、ある日突然、男女が仲良くなり始める現象がある。

昨日までほとんど話していなかったのに、気づけば並んで笑っている。

周囲から見れば理由なんて分からないし、当人たちだって説明できないことが多い。


席替えがきっかけかもしれない。

体育祭の準備で同じ係になったとか、テスト前にノートを貸したとか。

あるいは、ただ同じ話題で盛り上がっただけ。


中村は、その現象に名前をつけようとしていた。


――キュンキュンマグネット。

略して「キュンマグ」。


自分でも、安直すぎるとは思う。

でも、高校生の感情なんて、だいたいそんなものだ。

説明できない引力に、勝手に名前をつけて納得しようとする。


あの夏の出来事も、たぶん……それだった。



僕は、クラスの中ではどちらかというと、いじられ役だ。

からかわれて、軽く突っ込まれて、笑いを取って終わる。

自分から目立つタイプじゃないし、輪の中心にいるわけでもない。


でも、それが嫌だったわけじゃない。

そういう立ち位置の方が、楽でもあった。


ただ、クラスに数人しかいない女子のひとり、有本だけは少し違った。


彼女も僕をからかう。

けれど、不思議と不快じゃなかった。

笑いのネタにされているというより、ちゃんと「会話」になっている感じがした。


今思えば――少し、嬉しかったのかもしれない。


高校一年生の夏。

席が近くなって、話す機会が増えた。


授業中に小声で交わすどうでもいい話。

休み時間に机を向けて、マンガの最新刊について語る時間。


ゲーム、マンガ、アニメ。

趣味が似ていたのは、たぶん偶然だ。

でも、その偶然が、僕らを少しだけ近づけた。


少しだけ、だ。



最近、中村がよく話しかけてくる。

有本は、そんなふうに感じていた。


話題は、マンガやゲーム、テストの愚痴。

本当にどうでもいい雑談ばかりだ。


このクラスは三年間、クラス替えがない。

つまり、同じメンバーで三年間を過ごす。


なら、なるべく多くの人と波風立てずに仲良くしておくのは悪くない。

中村との会話も、特別嫌というわけじゃなかった。


むしろ、気楽だった。

変に距離を詰めてくるわけでもなく、妙な探りも入れてこない。


高校生の世間話なんて、こんなものだろう。

有本は、そう思っていた。



そんなある日、彼女からLINEが届いた。


「友達の誕生日が来週なんだよね」


画面を見た瞬間、少しだけ心臓が跳ねた。

クラスでも話している相手から、放課後にLINEが来る。

それだけで、特別なことのように感じてしまう。


内容は、プレゼント選びを手伝ってほしい、というものだった。


ショッピングモールを回れば、いいものがあるんじゃないか。

そう返すと、有本は少し悩むように文字を打った。


高すぎない、でも可愛いもの。

ちゃんと考えた感じがするやつ。


そして、最後にこう続いた。


「中村なら、ちゃんと考えてくれそう」


その一文で、胸の奥がきゅっと縮んだ。

同時に、温度が上がる。


「じゃあ、付いて行こうか?」


自分でも驚くほど、自然に送っていた。


「え、付いてきてくれるの?」


少し間が空いてからの返事。

「じゃあ、お願いしよっかな」


週末の約束。

日曜日の午前中。


――これって、デートじゃないか?


すぐに否定する。

違う、違う。あくまでプレゼント選びだ。

期待するな、と何度も自分に言い聞かせる。


でも、完全には消せなかった。



当日、僕は約束より三十分も早くモールに着いていた。

遅れるよりはマシだ、という言い訳をしながら。


「もう着いてるじゃーん、早ーい」


有本はそう言って笑った。

その笑顔を見た瞬間、来てよかったと思ってしまう自分がいた。


並んで歩くだけで、少し距離が近い。

それだけで、意識してしまう。


店を回りながら、冗談を言って、からかわれて。

慌てる僕を見て、有本は楽しそうに笑う。


――そんなの、気にするなよ。


頭では分かっている。

でも、無理だった。


彼女が笑うと、全部許せてしまう。

からかわれても、緊張しても、全部。


仲がいいなんて、もしかしたら僕の勘違いかもしれない。

でも、この時間だけは、確かに特別だった。



プレゼントは、彼女が即決した。


「ちゃんと選んだ感あるでしょ」


値段を見て、僕は咄嗟に言った。


「いいよ、僕払う」


一瞬、驚いた顔。

それから、小さく笑って、「借りにしとく」と言った。


誰にでもこうするわけじゃない。

そう言いかけて、やめた。


言葉にしたら、何かが壊れそうだった。



「次はスイーツ!」


そう言った直後、彼女のスマホが鳴った。

母親からのLINEだった。


急に呼ばれたらしい。


「今日はありがとう。楽しかった」

「また……タイミング合ったら、ね」


そう言って、彼女は手を振った。


残された僕は、モールの通路に立ち尽くす。

スイーツフェアの看板が、やけに眩しかった。



これを脈ありと見るか、なしと見るか。

恋愛経験がある人なら、すぐ判断できるのだろう。


でも、当時の僕には無理だった。


短い時間でも、二人で過ごしたという事実。

クラスの誰よりも一歩先に進んだような、そんな錯覚。


有本の隣は、特等席だった。

けれど、それは「未来の予約席」ではない。


あの時、引き止めればよかったのか。

それとも――そんな資格は、最初からなかったのか。


答えは、まだ出ていない。


たぶん、あの夏のキュンマグは、

静かに、僕の胸の中だけで、作用していた。

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