つなぎ止めるもの
@takeru_k
お題「手」
--だだひとりになりたかった。
誰も自分を知らず、誰とも交流もせずに、なにものからも干渉されない。
そんな空間を求めていた。
けれど、そんな状態で生活できる自信はなかった。
空想の世界によくある異空間だったり、電脳世界のルームだったり、そんな都合のよいものはないのだ。
誰もが自分のことを知らない土地に行くことはできる。交流や干渉は最小限にはできるだろうが、皆無にするのは難しいだろう。
結局、生きるということはなにものかとの関わりなのだから。
そんな取り止めもない思考に耽ってしまうのは、現実ではあり得ない空間にいるからだろうか。
自分はいま、困惑の極みといっていい状態だと思う。冷静ぶってはいるが、まったく、ちっとも、これっぽっちも冷静ではない。
病みそうなほどに……。いや、すでに病んでいるのかもしれない。
目の前に広がるなにもない空間。呼吸に鼓動、そして自分が動くことで発される音以外、静寂を保つ空間。
足元にはわずかながら影が作られているから床があることはわかる。けれど、光源は見当たらない。どこもかしこも白いが、たぶん淡く発光しているように見えるだけ。
「どこだ。ここは……」
すでに何度か呟いた言葉は、白い空間へ溶け込むように消える。空気はある。呼吸をしている……はずだ。身じろぐことで微かに衣擦れの音も発せられるから、空気が振動しているのだ。
視線を下げると確認できるのは、インナーの白Tと黒ジャージの上下。靴はスニーカーで黒だった。
見覚えのある服装だ。部屋着としても近所のコンビニへ買い物に行くのにもちょうどいいラクな恰好。
特にこだわりがあったわけではない。安く手に入り、みすぼらしく見えない程度のもの。
何度か瞬きを繰り返し、なにも変わらないことを確認して、空とも天井ともいえない白過ぎる空間を仰ぐ。
「なにも……ない……」
ぐるりと見回してみても、なにもない白だけが広がっている。時間の経過もわからず、動くこともできず立ち竦んでいた。
なんの変化もないことが、こんなにも精神を疲弊させるなんて知らないかった。他人の気配がないことが、こんなにも心ぼそいことだったなんて知らなかった。
知らず身体から力が抜け、膝に頭を埋めるようにして座りこんでしまう。
自分の呼吸音が耳に届く。鼓動が身体に響くのを感じられる。それだけがいま縋りつくすべてだった。
どれほどの時が経過したのか。一瞬のことかもしれないが、なにかが頭を掠めるような感触にはっとして顔を上げる。
けれど、そこはなんの変化もない空間。落胆してまた膝に顔を埋めると、今度はなにかが手に触れた。不思議に思って手のひらを見るが、なにも変わらない。ただ、白と黒以外の色に気がつけたことがうれしかった。
その後も何度か手に触れられたように感じることがあった。そこに嫌悪はなかった。触れるそれはどこか優しく、心ぼそさを癒してくれていた。
「…………!」
背中をさすられたような感触に振り向いた途端、なにかにグッと腕を引かれたようで転倒する。
これまでにない強い感触になにが起きたのかわからず混乱して、縋るものなどないのに必死に手を伸ばした。
「え……!?」
手を強く握られる感触とともに視界が暗転する。けれどそこに恐ろしさはなく、なぜだか安堵が心を満たしていた。
****
瞼をあけると、天井が目に入る。
(……知らない、天井だ……)
微かに唇を動かすが、空気が抜けるだけで声は出なかった。手をあげようとして動かないことに動揺する。無理やり首を動かすと、ガッチリと手を握られていた。なのに感触がないのはどうしてだろう。疑問に思うが、指は動かすことができるようだった。感触はないけれど、動く様子が視界に入って確認できたからだ。その動きがきっかけになったのか、握られた手が放される。
「う……」
血流が手のひらへと流れていくのがわかった。血の温もりが指先へとめぐる。
「起きた? 起きた! 起きた……よかった……」
涙ぐむような声に視線を向けると、親友がそこにいた。なにが起きているのかはよくわからないが、ひとりではないことに安堵した。
「マジで。目の前で倒れたときはなんの冗談かと思ったんだからな! 反応は薄いし、慌てて救急車呼んだのに、一緒に乗せてもらえなくて、どこに運ばれるかだけ聞いて、お前の財布探して保険証持ってったのに面会もできないし、なんなの! 仕方ないからお前のケータイから親の連絡先探し出して連絡いれたよ。あ? ロックされてただろって? んなもんパスコード知ってたら関係ねぇだろ」
なんで知ってんだよ、とジト目で見ると「親友だからな」と大袈裟に肩をすくめられた。絶対にあとで変更しようと思う。
親と連絡が取れてからは、特別に面会もとおしてもらえることになったらしい。どんな強引さなんだ。
今ではすっかり仲良くなっていて、母親からは「大切にしなきゃダメよ〜」なんてわけがわからないことをいわれる始末。ものすごい誤解をされている気配が否めない。だが、こわくて確かめられずにいる。
「病室に来たときは、ずっと手を握ってやってたんだ。感謝しろよ」
そう言われて思い出した。微かに覚えている、どこかの白い空間で感じた手の感触。たぶん、あれがなにかをつなぎ止めていたんだろう。それが親友の手だった、とは断言できないけれど、なにか関係するんだろう。たぶん。
「そう……だな。ありがとう」
手をとって礼を述べると、目を瞠ったあと真っ赤になった親友に思わず笑いが漏れた。
「素直なお前はなんかキショいぞ!」
ひどい言い草だと愚痴りながらもひとしきり笑い、生きていることを実感した。
****
--ただひとりになりたかった。
その思いはいまもどこかにある。けれど、いまを失ってまでやりたいことではなかった。
自分を知る誰か、誰かと交流すること、適度な干渉があること。
そんな空間がいまは心地よい。
ずっと手を握っていたと言った親友。
手を取り、手をつなぎ、手をあわせる。
それがきっと生きる手立てとなったんだと思えた。
〈了〉
つなぎ止めるもの @takeru_k
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