第2章 小さな違和感

第2章 小さな違和感

春の柔らかな日差しがリビングに差し込む。

美咲はカーテンを開けながら、朝の家事を始めた。

しかし、ふと目に入った隆一の行動に、小さな違和感を覚える。

「隆一……トイレットペーパー、巻き方が逆よ」

美咲は注意する。些細なことだが、いつもなら何も言わず受け入れるはずの行動に、今日はなぜか胸がざわついた。

隆一は少し戸惑った表情で答える。

「え……そうだった?俺はいつもこれでやってるんだけど」

悪気はない。ただ、彼の頭の中では順序ややり方が固定されていて、他人の感覚をすぐには理解できない。

美咲は深呼吸し、優しく言葉を選ぶ。

「うん、わかるけど、私のやり方とはちょっと違うだけ。次は一緒にやろうか」

微笑む彼女の声には、受け入れつつも伝えたいという微妙な緊張が含まれていた。

その日の朝食も、どこかぎこちない空気が流れる。

隆一が卵焼きを焦がしてしまい、美咲はつい小さな苛立ちを口に出す。

「もう少し気をつけてくれると助かるんだけど」

隆一は言葉のトーンを理解しきれず、首を傾げる。

「気をつけたつもりだけど……どうして怒ってるの?」

美咲は息をつき、言葉を選ぶ。

「怒ってるわけじゃないの。ただ、同じことを繰り返すと心配になるの」

ここで初めて隆一は、美咲の感情の微妙な変化を理解しようと努力する。

発達障害特有の感覚の違いが、こうした日常の中で小さな摩擦を生むことを、二人はまだ完全には理解していなかった。

昼下がり、買い物に出かける二人。

美咲はリストを見ながら歩くが、隆一は気になるものを次々と手に取ってしまう。

「隆一、今日はこのリストのものだけ買おうよ」

「うん、でもこれはどうかな……」

意図は悪くない。むしろ好奇心が旺盛な彼らしい行動だが、美咲は少しイライラする自分に気づく。

「小さなことなのに、どうしてこんなに気になるんだろう」

二人は気づかぬうちに、日常の中で微細なずれを重ねていた。

しかし、それでも互いを責めることはなく、試行錯誤しながら歩み寄ろうとする姿勢は残っていた。

夜、リビングで二人並んで座る。

「今日はちょっと疲れたね」美咲が言うと、隆一も小さく頷く。

「うん……でも、君と一緒にいる時間はやっぱり落ち着く」

理想の夫婦に見える二人の間に、微細な違和感はあった。しかし、互いを思いやる心が、まだ日常を支えていた。

小さなずれを感じながらも、それを乗り越える努力を二人は無意識に続けていたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る