夢を見た怪獣たち - 終末世界の行商人 -

霊森ねむ

第一章 Stargazer

✦ 0 ただいまの夢 ✧ - Prologue

「今こうして我々の目に映るすべてのものは、かつて誰かが描いた夢にすぎなかった」

――ウィリアム・ブレイク『天国と地獄の結婚』地獄の格言より・意訳


「私たちは、夢という繭から紡がれた一筋の糸のようなものだ」

――ウィリアム・シェイクスピア『テンペスト』第四幕 第一場より・意訳


✧✦

 幹に空いた穴の中を、躑躅つつじ色の瞳が覗く。採餌の時間だろうか、その中に親鳥の姿は無い。代わりに金属製の球が転がっていた。まるで卵みたいだ、と瞬いた少女は思った。


「シロム。あったよ。これが噂のAI?」

「やっぱりまだそこにあったのか。その丸っこいのが分岐精度99%を誇る伝説の未来予測装置――通称オラクルさ」

「何も見えないケド?」

「本来は死ぬほど莫大な電力が必要なんだ。ラブ、バッテリーを使ってみて。ひょっとしたら、精度0.001%くらいの幻覚なら見せてくれるかも知れないよ」


 木の下から届くシロムという名の少年の言葉に、ラブと呼ばれた少女は溜息を吐く。


「つまり、まともに動かないってことなんな。マザーと一緒だね」

「元々は世界最強のAIだったらしいけどね。文明なんて無いに等しい現代じゃ、ただのランダムな幻覚生成器ガラクタさ。とても商品にはならないよ。でもまぁ、そのままじゃ鳥たちの営巣の邪魔になるし、持って帰ろうか」


 シロムは肩を竦めた。その表情は、ここへは無駄足だと端から解っていた風であった。

 木立を縫う薫風に長い髪を棚引かせながら、ラブは被ったガスマスクの下で頬を膨らませる。


「シロムはいっつもそう。そーやってすぐガラクタって決めつける」

「じゃあラブさんは、これが何かの役に立つとでも?」

「わかんないケド……でも、これも元は誰かの夢だったんでしょ?」


 少年は口を噤んだ。夢、というその言葉に。

 一方で少女は、文句を零しつつも穴の中に手を入れて、試しにケーブルをかざす。パチリと球体の表面が一瞬光沢を帯び、直ぐに元の鈍色に戻っていった。


「……ラブ?」


 一瞬惚ける少女の様子に、少年は怪訝そうに声を掛ける。

 ややあって少女は頭を振ると、バッテリーを仕舞いこんでからするすると幹を降った。


「……。ううん、シロム。あの子はこのままにしてあげよ」

「何か見たのか?」


 シロムの問いに、少女は双眸を穏やかに細めて答える。その瞳の奥には、巣立った鳥たちの自由に空を駆ける姿が残光のように沁みていた。


「ただのステキな幻覚ユメだったよ」


 暗い水の中を泳ぐように、ソレは宇宙空間を独り彷徨っていた。時折0暗闇の合間に1星光を見つければ、シャッターで切り取ったその情景を地球へと送る。

 データの送信は、かれこれ5000通を数えていた。初めのうちは盛んに届いた母星からのフィードバックも、今は途絶えて久しい。優先すべきタスクが溜まっているのかも知れない、とソレは考えていた。しかしそうは言っても、最後の通信からあまりにも長い時間が経ち過ぎているようにも感じられた。――それとも人は、ソレの存在をすっかりと忘れてしまったのだろうか。

 それでもソレは、今日も地球へのメッセージをしたため続けた。

 その瞬間、雨のように大量の宇宙線が、ソレの心臓を貫いて行った。視界が青白く染まり、やがて光が晴れたその先に、地球と見紛う程の潤色の惑星が姿を現していた。

 かざしたチタン合金の手が握り取った組成は、人が住むに相応しい透き通るブルー。

 ――見つけた。

 写すデータを捲りながら、ソレは、地球を発った日を思い出さずにはいられなかった。


「プロメテウス計画。それは人類の新たな挑戦です。史上初となるAIコアを搭載した星間探査機『プロメテウス-1』は今日、世界中の希望を乗せて遙か宇宙の先へと旅立ちます!」


 当時、沢山の声援が彼を祝福していた。

 曰く、ソレは今を生きる者たちの夢であった。


「プロメテウスがんばって!」

「たくさん星をつかまえてきてね!」

「ずっとずーっと待ってるよ!」


 届けられた贈り物は、担当エンジニアの好意によって今も大切に自身の中に格納され続けている。メモリーを開けばいつでも響く、万国旗に押し包まれた子供たちの声。

 頑張って星を捕まえて、それを待ってくれている者の元へ、いつか。1011011001。使命は、そうやって編み上げた数字の中に織った。

 だから、ソレは一掬の涙で滲むレンズ越しに眼前の青い光を撮り続けた。地球へ綴る最後の手紙はバイナリコードなんかではなく、子供たちが読み解くことができるような、熱の通った文章で――


『――もういいよ』


 ――思わず手が止まった。それは、地球から届いた通信だった。


『頑張ったね』


 今も降り注ぐ宇宙線は、華開くニューロンの煌めき。その中で思わずにはいられない。果たして、自分は今も人の夢足りえたのだろうかと。


『ほら、帰っておいで。みんなが君の帰りを待っているよ――』


 冷え切った頬を温める、掌の熱。それは海綿状の思考域に、ドロリとした感情の原液となって沁み渡る。機械が持ち得なかった感情の揺らぎが、機械の心に奮い立つ歓喜を齎した。

 最後の任務を果たす時がきた。プロメテウスは軌道を変えた。溜め込んだ記憶を地球へと持ち帰る為に。旅の中で見つけた沢山の神秘と、子供たちの夢に報いる青白いこの光を大切に抱えながら。


 0と0暗闇の隙間を縫って、やがて見えてきた故郷がプロメテウスの眸に映り込む。宝石のように輝いていた筈の地球。その輪郭は、プロメテウスが驚く程に静かだった。

 声援も笑声も無い。そこに在るのは、ただただ宇宙の0を纏い上げただけの球体であった。プロメテウスが物質ソレで在った頃の、自身を満たしていた無機的な数字の羅列――それに似て、とても黒い色をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月18日 07:00

夢を見た怪獣たち - 終末世界の行商人 - 霊森ねむ @nemne_lomne

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画