寄生

ベアりんぐ

第1話


 あるバーにて、青い顔した男が一杯やっていた。彼は酔うでもなく騒ぐでもなく、とても静かに酒を飲んでいた。ただ目つきは平常でなく、誰か相手を探しているようだった(青男と呼ぶ)。


ほんのり赤い目が止まる。どうやら相手を見つけたようで、視線の先にいたのは、のんびり煙を宙に浮かせる男だった。こちらは赤ら顔で、恰幅のよさそうな男であった(赤男と呼ぶ)。


青男はゆっくり席を立ち、グラスを持って赤男の隣へ移動した。彼が隣に座ると、赤男はピクリとだけ動いたが、さも当然かのようにを振るった。出たのは「2」である。


次に青男がダイスを振るった。結果は「5」で、これを見た赤男はふーっと息を吐き、グラスに入った発泡酒をイッキした。


 このバーではルールがあった。一つ、個人で来店すること。一つ、会話は必ず一対一。一つ、会話を了承するかどうかは動かなかった者であり、了承する場合は先にダイスを振るうこと。最後に、ダイスの目によって話す順番を決めること。


このルールから、赤男は了承の意を示すように先にダイスを振り、「2」と「5」という数字によって、青男が先に話すことが決まったわけだ。


「どうも、いくつぶりでしょうかね?」


「ふん、前にもそんなことを言っていた気がする。君こそ、もっとここに来たまえよ。心地よいのだから」


「まったくそうです。さて、今回はどんな話をしましょうか?」


「君が先だ、私に訊かんでくれ」


「それもそうです……なら、ちょっとした空想でもお話しましょうか」


 二者のグラスに注がれた液体は、それぞれ別の色である。同時に、氷も別々の色であるのだが、溶け具合は青男のもののほうが激しいらしい。


「この世には寄生虫なるものがありますね。またこうして生きている僕らも、なにかに寄生して生きている、という考えもあります。基本的には有害だったり残酷だったりする場合に、〇〇の寄生虫、というふうに表現されますが……どうでしょう?」


「どうでしょう?」


「その寄生虫が、宿主に対し恩恵をもたらしている場合……それは共生とされます。これはイメージや固定観念の話ですから、まあ不思議なことでもなんでもありません」


「ふふん」


「ここからが空想なんです。もしも、今話すために使っている文字や思考がその寄生虫だとしたら……という話です。念の為にまた言いますが、これは空想ですよ?」


「そりゃ、君のガールフレンドみたいなものかね?」


 赤男は葉巻に火をつけながら、そう軽口を叩いた。彼はイヒヒと笑ったが、青男のほうはあまり笑っていない。


「違います、彼女は……僕が側に居て欲しいんですから、ぜんぜん寄生なんかじゃないですよ」


「共生、なんて言わないでくれよ?」


「まったく困った方だ……ともかく、本題はそこじゃないですよ。もし文字や思考が寄生虫だとしたらってことです!」


「はいはい寄生ね、変な話だなぁ」


「空想ですから、そりゃ一般じゃありません。そもそも我々が考えていることが、この宇宙の一般ではないかもしれないじゃないですか。普段はこんなこと考えてたら生活なんて出来やしませんけど」


「お互い忙しいのには変わらんからな」


「ですよ。だからこんな話も空想も、ここでしか出せません。いいですか、寄生ですよ? もしも文字や思考が、まず別尺度の生き物だったらってことです」


「うーむ、別尺度として生き物かどうかはわからんなぁ……うんともすんとも言わないわけだし、まず思考ありきの文字じゃないか」


「そこです。まず思考が宿主である我々の一部分に達し、世代間を世代間で行き来するのです。そしてだんだんと存在するために、文字を作り出させた……どうです?」


「でも、なんのためにそんなことを」


「ダメですよその考え。我々からしたら特定の宿主に寄生するなんてのはナンセンスに見えますが、当事者にとっては切実なんです。なんたって生きるため、生き残るため……ひいては種として生存するためです。ここは、共生のとこから考えを引っ張ってきましょう」


「ふむ」


「それぞれ利益があれば良いわけです、共生っていうのは。ですから思考という寄生虫が宿主に提示したのは、宿主が繁栄するための文字ってわけなんですよ。文字があってようやく、高度な情報社会が築けますからね」


「じゃあ私たちがこうして、変な空想話をして酒を飲んでいるのも、思考という寄生虫のおかげってのかい?」


「かもしれません。もちろん彼ら思考がきちんと生き物であったなら……ですけどね」


「だとしたら……ちょっと怖いが、少しだけ面白いなぁ、ハハッ」


 彼らは笑い合う。どうやら青男の話はひと段落ついたらしい。彼らはそれぞれ別の酒を飲み、今度は赤男が話を始めた。


赤男が話し終えると、また青男が話し始める。そうして互いに話し続けていると、やがて別れの時間となった。勘定を済ませ、互いに別々の道を歩き、帰っていく。朝になればまた、それぞれの仕事や人生に帰っていくのだ。




「さて、今日も回ろうか」


 青男は、昨晩の赤男を少しばかり思い出しながら、自身の持ち場へと着いた。彼の仕事……生きるための行動は、恒星を辺りを回ることであった。同時に自身も回転させることも、彼にとって必要なことだった。


ただ、ふと彼の思考によぎったのは、昨日の自分の話。今こうして生きている間にも、寄生虫かもしれない思考や認識できていないものは、僕の中で生きているのだろうか……ということだ。


結局はわからずじまいなのだけれど。

 

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