第十六章 北の雪原

北の雪原は、想像を絶する寒さだった。


 吐く息が白くなり、肌を刺すような冷気が襲ってくる。


 見渡す限りの白。どこまでも続く、雪と氷の世界。


「……寒いな」


 道明は、身を縮めながら言った。


「大丈夫ですか、道明さん」


 リーゼルが、心配そうに尋ねた。


「ああ、大丈夫だ。——タクシーの冷房が壊れた真夏よりは、マシだ」


「え?」


「いや、こっちの話だ」


 道明は、前を見つめた。


 この雪原には、三柱の「お化け」が封印されている。七柱目、八柱目、九柱目。


 それを全て乗せれば、残りは三柱になる。


「アウルス、神霊の場所は」


『この先に、氷の洞窟がある。そこだ』


「わかった」


 馬車は、雪原を進んでいった。


         ◇


 氷の洞窟は、巨大だった。


 入口からして、馬車が三台は並べるほどの広さがある。


 中は、青白い光に満ちていた。壁の氷が、かすかな光を反射しているのだ。


「美しい……」


 リーゼルが、息を呑んだ。


「ああ」


 道明は、周囲を見回した。


 天井には、氷柱が無数に垂れ下がっている。地面は、滑りやすい氷で覆われている。


 そして、洞窟の奥には——三つの光が、輝いていた。


「あれが、神霊か」


『ああ。冬の三神——氷のフロスト、雪のスノー、風のウィンドだ』


「三柱とも、ここにいるのか」


『そうだ。彼らは、常に一緒にいる。三柱で一つ、と言ってもいい』


 道明は、光に向かって歩いていった。


 近づくにつれ、光の輪郭がはっきりしてきた。


 一つは、氷の結晶の形をしていた。


 一つは、雪の結晶の形をしていた。


 一つは、渦巻く風の形をしていた。


「……起きてくれ。俺は、お前たちを乗せたい」


 道明が、声をかけた。


 三つの光が、揺れた。


『……御者か』


 声が、三つ同時に響いた。


『千年ぶりだ……』


「ああ。俺は、神崎道明。神の御者だ」


『何のために、我らを起こす』


「世界を救うためだ」


『世界を……?』


「ああ。今、この世界は——危機に瀕している。お前たちの力が、必要なんだ」


 三つの光は、しばらく沈黙していた。


 それから——


『……いいだろう』


 三つの声が、同時に言った。


『お前を、信じよう。——乗せろ、御者よ』


 光が、道明の身体に流れ込んでくる。


 冷たい。だが、心地よい冷たさだ。


 氷の力。雪の力。風の力。


 それが、道明の中で——融合していく。


「……九柱、か」


『ああ。あと三柱だ』


 アウルスの声が、響いた。


『だが——』


「わかってる」


 道明は、洞窟の外を見た。


「残りの三柱は——帝国にある。そうだろう」


『……ああ』


「なら、行くしかない」


 道明は、馬車に乗り込んだ。


 リーゼルが、隣に座る。


「道明さん、本当に——」


「行くしかないだろう」


 道明は、前を見つめた。


「残り三柱を乗せなければ、世界は救えない。——なら、帝国に乗り込む。それだけだ」


「でも、危険です」


「知ってる」


 道明は、リーゼルを見た。


「だから、お前は——」


「一緒に行きます」


 リーゼルが、きっぱりと言った。


「道明さんの助手ですから。——どこまでも、ついていきます」


 道明は、しばらくリーゼルを見つめていた。


 それから、小さく笑った。


「……頑固だな」


「道明さんほどじゃないです」


 二人は、笑い合った。


 馬車が、走り出した。


 雪原を抜け、南へ。


 そして——黒鉄帝国へ。


 神崎道明の旅は、いよいよ最終局面に入ろうとしていた。

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