第十四章 南の砂漠
西の森林に向かう途中、道明たちは予想外の事態に遭遇した。
それは、帝国軍の偵察部隊だった。
「止まれ!」
馬車の前に、黒い鎧を纏った兵士たちが立ちはだかった。
その数、十人ほど。全員が、剣を抜いている。
「聖車国の神聖馬車だな。——ここで、終わりだ」
リーダー格の兵士が、嘲笑った。
「帝国の偵察部隊が、こんなところにいるとは」
道明は、冷静に周囲を観察した。
十人。多くはない。だが、戦闘訓練を受けた兵士たちだ。
「道明さん——」
「リーゼル、伏せろ」
道明が、低い声で言った。
「今から、突破する」
「突破……!?」
「しっかり捕まってろ」
道明は、馬車を加速させた。
一瞬で、最高速度に達する。
兵士たちが、驚いて飛び退いた。
だが、リーダーだけは——動かなかった。
「舐めるな!」
剣を振りかぶる。
馬車の車輪に向かって——
だが、届かなかった。
馬車は、リーダーの頭上を——飛び越えた。
「……は?」
リーダーが、呆然と振り返った。
馬車は、すでに百メートル先にいた。
そして、どんどん遠ざかっていく。
「な、何だ、あの馬車は……!?」
兵士たちの声が、風に乗って消えていく。
道明は、振り返らなかった。
「アウルス、今のは——」
『跳躍だ。功徳が十分にあれば、馬車を一時的に浮かせることができる』
「そんなこと、聞いてないぞ」
『聞かれなかったからな』
道明は、ため息をついた。
「……まあ、いい。リーゼル、大丈夫か」
「は、はい……驚きましたけど……」
リーゼルは、まだ青い顔をしていた。
「すごいですね、天輪号」
「ああ。——だが、帝国軍がこんなところにいるってことは」
「戦争が、近いってことですね」
「そうだ」
道明は、前を見つめた。
西の森林は、もうすぐだ。
「急ごう。『お化け』を集めるのが、先だ」
馬車は、森林に向かって走り続けた。
◇
西の森林は、想像以上に広大だった。
巨大な木々が、空を覆っている。光は乏しく、辺りは薄暗い。
道は、獣道のように細い。馬車が通れるぎりぎりの幅しかない。
「この森には、獣人の村があります」
リーゼルが、説明した。
「獣人?」
「はい。人間と動物の特徴を併せ持つ種族です。彼らは、千年前から——この森を守ってきました」
「神霊の守護者、ってことか」
「はい。五柱目と六柱目の『お化け』は、この村に封印されているはずです」
馬車は、森の奥へと進んでいった。
やがて——開けた場所に出た。
そこには、村があった。
木の上に作られた家々。縄梯子で繋がれた通路。まるで、ツリーハウスの集合体のような村だ。
そして、村人たちが——道明を見つめていた。
彼らは、確かに「獣人」だった。
狼の耳を持つ者。鳥の翼を持つ者。猫の尻尾を持つ者。さまざまな動物の特徴を持つ人々が、そこにいた。
「……よそ者だな」
一人の獣人が、前に出てきた。
狼の耳と尻尾を持つ、屈強な男。おそらく、この村の長だろう。
「何用だ」
「俺は、神崎道明。神の御者だ」
道明が、答えた。
「この村に封印された神霊——『お化け』を、解放しに来た」
村長の目が、細くなった。
「『お化け』、だと……?」
「ああ。五柱目と六柱目の神霊だ」
村長は、しばらく道明を見つめていた。
それから——笑った。
「面白い。——百年ぶりに、御者を名乗る者が現れたか」
「百年ぶり?」
「ああ。百年前にも、一人来た。だが、そいつは——偽物だった」
村長の声に、怒りが混じった。
「神霊を解放するどころか、その力を奪おうとした。わしらは、そいつを追い返した。——お前も、同じか?」
「違う」
道明は、きっぱりと言った。
「俺は、神霊を解放するために来た。奪うためじゃない」
「信用できるか」
「信用しろとは言わない。——ただ、見ていてくれ」
道明は、手の甲を見せた。
金色の紋章が、輝いている。
「俺は、すでに四柱の神霊を乗せている。偽物なら、こんなことはできない」
村長が、目を見開いた。
「四柱……!?」
「ああ。太陽と月の神霊も、俺の中にいる」
村長は、しばらく無言だった。
それから——膝を折った。
「……失礼した、御者様」
「立ってくれ。俺は、『様』をつけられるのは苦手だ」
「しかし——」
「いいから」
道明は、村長の肩に手を置いた。
「俺は、ただの運転手だ。偉い人間じゃない。——案内してくれるか。神霊のところへ」
村長は、道明を見上げた。
その目には、驚きと——敬意が宿っていた。
「……わかった。ついてこい」
村長が、先導して歩き始めた。
道明とリーゼルが、その後を追った。
村の奥へ。
五柱目と六柱目の「お化け」のもとへ。
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