幽界の偉大なる者たちと人間の小さな世界
@AIokita
第1話 深淵より来たりしバイト希望者
一ヶ月前。深夜のサニーマートの駐車場に、「世界の終焉」を告げるような不気味な雷鳴が轟いた。
少なくとも、魔界公爵ベリアルの主観ではそうだった。
次元の裂け目から這い出したアリス(ベリアル)は、漆黒の翼を広げ(※しかし人間には見えていないようだ)、禍々しい魔力を周囲に撒き散らしながら、アスファルトの上に降り立った。
「ククク……ついに降り立ったぞ、脆弱なる人間どもの世界。我が魔力を持ってすれば、この星を蹂躙し、魂を刈り取ることなど造作もない……!」
アリスは高笑いした。背後には獄炎が渦巻き、空間そのものが彼女の威圧感に震えていた。
……はずだった。
「おーい、君。そこで何してんの? 花火? 危ないよ」
背後から、あまりにも緊張感のない声がした。
アリスが振り向くと、そこにはゴミ袋を両手に下げた、コンビニの制服姿の男――佐藤が立っていた。
「……貴様、今、私に話しかけたのか? この『深淵の公爵』に対して」
「シンエン? ……あー、コスプレか何かかな。でも、そこ店のトラック入ってくるから。どいてくれる?」
佐藤は全く動じない。
アリスは驚愕した。自分は今、全魔力を解放しているのだ。並の人間なら、その気配に触れただけで発狂し、魂が霧散するはず。
(まさか、この男……私の威圧を完全に無効化しているのか!? どれほどの精神耐性を持っていれば……!)
実際には、佐藤の「感知能力」が人間標準よりもさらに鈍かっただけなのだが、アリスはそれを「底知れない実力者」と誤認した。
「面白い。私の真の姿を見ても怯えぬとはな……ならば、その魂、今すぐ食らってくれるわ!」
アリスが印を組み、呪詛を唱えようとしたその時。
ぐぅぅぅぅ……、と。
彼女の腹部から、次元の崩壊にも似た(と、本人は思いたい)無慈悲な音が鳴り響いた。
「…………」
「あー……。お腹空いてるの? 確かに、そんな薄着で夜中に外にいりゃ冷えるよな」
佐藤はため息をつくと、手近なポケットから試供品の「肉まん」の引換券を取り出した。
「ほら、これあげるから。食べて落ち着きな。あと、道に迷ったなら交番そこにあるからさ」
魔界の公爵が、人間から施しを受けた。
アリスにとって、それは最大の屈辱であると同時に、これまでに経験したことのない「未知の恐怖(=親切)」だった。
「待て! この私が、このような紙切れ一枚で懐柔されると思うなよ!」
そう叫びながらも、アリスは吸い寄せられるように店内へ。
ホカホカの肉まんを一口食べた瞬間、彼女は衝撃を受けた。魔界の毒々しい果実とは比較にならない、繊細で暴力的な旨味。
(……なんだ、この高純度のエネルギー体は。人間どもは、これほどまでの霊薬を日常的に摂取しているというのか!?)
「美味いか? そりゃ良かった。……あ、そうだ」
佐藤はレジカウンターの中で、ふと思いついたように掲示板のチラシを指差した。
「君、日本語喋れるみたいだし、行く場所ないならうちで働かない? 今、深夜枠がスカスカでさ。店長も『誰でもいいから連れてこい』って言ってるし。制服貸すから、コスプレよりは温かいよ」
アリスは考えた。
この「底知れない男(佐藤)」の側で人間界を監視し、この「究極の霊薬(肉まん)」を安定して確保する手段を得る。それは、魔界侵攻の第一歩として合理的ではないか。
「……よかろう。この地の『王』となる前に、まずは貴様の下で、この世界の仕組みを学んでやる」
「はいはい、採用ね。じゃあ、まず履歴書書いて。名前は?」
「……ベリアル。地獄の第ニ層を統べる、傲慢の……」
「ベリアルさんね。あ、苗字ある? ないなら……まあ、アリスとかでいいか、見た目ハーフっぽいし。今日から君は『有栖(アリス)』だ」
こうして、最強の魔族は「深夜時給1,200円」という契約で、人間界への第一歩を踏み出したのである。
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