マイノリティ青春グラフィティ~無理めのノンケに恋をして、「好きだ」と伝えるまでの1年間~

Dostoicski

第1話

第1話(1) 女性の前でだけ男のフリをしてたい店員

 好きな人に「好きだ」と言える――それはとても幸せなことだろう。

 だがこの二十歳になる早瀬亜希は、まだ一度も「好きだ」と伝えたことがない。

 

 

「お兄ちゃん、生中1つ!」

「あれぇ? お兄ちゃーん!」


 ドンッ! ――ぺちっ。


 うるさいおやじの眼前にジョッキを叩き付けてやると、飛び散った泡がおやじの赤らんだ鼻に、ぺちっと付いた。



「女、ですけど?」


「えっ?!」



「い、いやぁ、背ぇ高いし髪も短いからてっきり。ごめんねー」

「フン」


 ムッとして性別を明かした亜希に、慌てて謝るおやじ。

 

「いやぁ化粧っ気もないしよ。せめて胸が大きければ……あっ」

「ムッ?!」


 だがせっかく収まりかけたところ、おやじが余計な一言を付け加える。

 亜希が再び眉を吊り上げると、おやじは肩をすぼめてジョッキに手を付けた。


 と、そこへ、


「お兄さーん」


 またもや店員の亜希を呼ぶ声がかかり、おやじは持ち上げかけたジョッキを慌てて置いた。声のした方に向かってダメだ、そいつは女だ、と首と手を振りながら合図を送る。

 

 亜希がそれをフン、と横目にしながら声のする方を振り返ると――

 会社帰りらしい二人組の若い女性客が、小さく手を振っていた。


「生中2つお願いしまーす」



 ……。




 コト。


「お待たせしました。あとこれ、余っちゃったんでよかったらどうぞ」

「わー、ありがとうございますー」


「えっ、えっ?」


 心配するおやじを余所目よそめに、女性客に注文通り配膳し、おまけにサービスの刺し身まで出してやる亜希。



「ええ?! なんでぇ?」


 おやじが首をひねる中、しれっとした顔でキッチンへと戻る。

 途中、


「ねーあの子ちょっと格好よくない?」


 という女性たちの小声を聞いて、亜希はにへ、とはにかんだ。

 

 ――でも、『女』だと明かしたら、そこで終わりなんだろうな、といつも思う。

 亜希はいつも女性の前で、束の間の『男のフリ』を楽しむだけだ。



「早瀬ぇ、1番さんの刺し身知らん?」

「サーセン、間違っちゃいました。給料から引いといてもらっていいですか?」

「おいおい~。もうええわ、気ぃつけぇよー」

「サーセン」



「……くっそ、また返信無いやん」

 そしてバイト後、いつもの様に携帯電話を開いて、メールの受信BOXを確認して溜め息を吐く。

 亜希は携帯電話をパチンと畳んでポケットに突っ込むと、自転車のペダルを踏みつけた。

 

 

 ***

 

 

 好きな人に「好きだ」と言える――それはとても幸せなことだろう。

 だがこの早瀬亜希は、まだ一度も「好きだ」と伝えたことがない。

 好きな人はいたことがあるが、相手はいつも女性だった。


 最後の恋は高校3年間におよぶ片思い。気持ちを伝えることもできないまま、卒業式の日、目の前で好きな子をかっさらわれて終わった。

 結局その子と一緒に行くはずだった大学への進学もやめてしまって、もう2年近く、関西の片田舎ですねかじりのフリーターをしている。


「はー、傷心傷心。フリーターでも仕方ないやん。だって傷心だもの」

 

 そう言い訳しながらベッドでゴロゴロと寝転がり、彼女と撮った写真のアルバムを眺めては、感傷に浸るのが亜希の日課だ。

 そして卒業式の日、彼女の横で笑う自分の顔を見て、そっとアルバムを閉じるのだ。左目の下、頬の辺りに縦に並んだ二連のほくろを見つめながら。


「……泣きたいくらいなんやったら、告ればよかったやろ」


 つぶやきながらベッドの棚にアルバムを仕舞う。

 そばに置いていたウォークマンを手に取ると、イヤホンを着けた。

 YURIの希望の曲を流して、ベッドに仰向けに寝転び、目を閉じる。


 まだマイノリティであることのカミングアウトがはばかられていた時代。

 今のところ苦いばかりの青春。少し難しさの感じる人生。

 でも、どこか期待もしている――


 だからいつも沈みすぎる前に、大好きなYURIの曲を聴き、明日への希望に思いを馳せるのだ。


 『いつか自分も、素直に「好きだ」と言える恋をしてみたい』、と――!


 

 ***

 

 

 亜希はもちろんただ手をこまねいているわけではなかった。

 出会いを得るべく日々、努力していたのだ。


 その日の夜も、亜希は自室でノートパソコンを開き、こっそりとあるサイトを見ていた。

 女性の同性愛者のための、『女性専用の出会い掲示板』――



 かちっ、かちっ。


「大阪、兵庫、難波、天王寺、梅田……も~~、いつ見ても大阪ばっかやん!」



 亜希は日々この掲示板を覗いては、自分と希望の合う相手がいないかと検索していた。……が、自分の住んでいる田舎県での募集はほとんど無く、今日も嘆くだけだった。


「まーべつに普段の生活でも、キレイなお姉さんとは出会えるけどさ」


 と、居酒屋で見かけたキレイなお姉さんを思い浮かべる。


 だがノンケ――異性愛者との恋は不毛だ。

 中学の時も、高校の時も、結局打ち明ける勇気が無く、時間を無駄にするだけだった。

 いまは同性愛者専用の出会い掲示板で、一刻も早く失われた青春を埋め合わせたいのだ。


 亜希は「それやのになぁー」と頭の後ろで手を組むと、椅子にもたれかかって溜め息を吐いた。

 

「田舎じゃ出会いのチャンスが無さ過ぎる。あーあ、こんなんやったらあのまま、大阪の大学行っとけばよかったなぁ」


 と、亜希がぼやいた、その時――



「でっ、出会い掲示板?!」



 突如横から父がぬっと覗き込み、画面の文字を読み上げた。

 

「おっ、お父さん?!」

 慌ててノートパソコンを閉じる亜希。

「もう、ノックしてーよ!」


「お前……いくら年頃でも、不健全な出会いはいかんぞ」

「そそ、そんなんとちゃうよ!」


 父に白い目を向けられるも、どうやら同性愛者同士の……とまでは気付かれていないらしい。


 が、ほっとしたところで、亜希ははたと気付いた。

 父親がわざわざ部屋に来るなんて、いい話なワケがない!


「こら、どこ行くんやっ!」がしっ!

「うげっ!」

 案の定、逃げ出そうとするも父に襟首を引っ掴まれ、椅子に座らされたのだった。


「お前も高校卒業してもう2年……いつまでもフラフラしとるわけにもイカンやろ。春から専門学校へ行ってこい」


 父はそう言うと、亜希に1冊のパンフレットを突き出した。


「ええか亜希! お前がどんなに嫌がろうとも――あっ!」


 亜希は父の手からパンフレットを奪い取った。

 その表紙を、食い入るように覗き込む――


 亜希の目に、『KYO-KARA会計専門学校』と題されたその下の、『大阪校』の文字が輝いていた。


――――――――――――――――――――――――――――――

お読みくださりありがとうございます。 序盤はゆっくりとした進行ですが、ジワジワとキャラを積み上げていくタイプですので、のんびり楽しんでいただけると嬉しいです。


第2話後半から少しずつ感情の機微が描かれ始め、第4話後半から物語が大きく加速していきます。


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