生あるところ汚れあり、掃除あるところ死あり。〜無能と蔑まれるダンジョン清掃員、裏の顔は悪を裁く仕置き人。まずは初心者狩りを「おにんにんゴリ」にしてやった〜

岩江チャイコフ

第1話 ダンジョン清掃人、初心者狩りをおにんにん処刑

 生あるところ、必ず汚れあり。

 これを清める者は、人間のみなり。



 ナカムラ市の郊外にダンジョンが発見されたのは30年前。

 このダンジョン、実入りも難易度も手頃だが、ひとつ困った事がある。

 モンスターの死骸や、血しぶきが消えないのだ。

 そこでナカムラ市は特殊な職業を設ける。

 それがダンジョン清掃人の始まりだった。



「おじさん、今日もお掃除ご苦労さまです!」

「カタリナちゃん、おじさんじゃなくて、清掃人のお兄さんだって。俺まだ26歳だよ」

「アラサーは余裕でおじさんだよ、おじさん」

 ダンジョンの地下二階でモップがけをしていたダンジョン清掃人、ソウジ・オスールは手を止めて振り返った。

 彼をおじさん呼ばわりするのは、カタリナ・ミーダス。

 つい2週間前にダンジョンへ入り始めた初心者、いわゆるノービスだ。

 革の軽鎧にショートソード。上層階の小遣い稼ぎにしても、少し心もとない。

「はあ、まあ、いいけどさ。とにかく、近頃初心者狩りがいるって話だから気をつけるんだよ」

「分かってるって! あたし、もっともっと強くなって、いつかはこのダンジョン制覇するんだから、こんなところでヘマなんかしないわ!」

 カタリナはそう言い残して、地下三階へ降りて行った。


「へへっ、これだから、やめらんねぇな! 初心者狩りはよぅ!」

「はぁっ…はぁっ…。も、もう止めなさいよ! アンタ、初心者狩りなんて、最低よっ!」

「最低? 最高だろうが! まだダンジョンの怖さを知らねえ初心者の、大事な大事な夢をぶっ壊すなんてなぁ、最高の快感だぜ! ウラァ!」

 カタリナが必死に両手で構えたショートソードが、金髪ゴリ男――ヒドー・ピーケーが振るうメイスに弾き飛ばされた。

 カラカラと音を立てて転がるショートソード。カタリナから遠ざかるそれは、彼女の夢が消えていく音だった。

「そんじゃあ、持ってるもん全部出してもらおうか? 二度とダンジョンに戻ってこようなんて気にならねぇようになあ」

 ゴリラ顔を醜く歪めてニヤつくピーケー。だが、カタリナにはもう、それに逆らう手段はなかった。

「忘れんなよ。お前の夢をぶっ潰したのは、このヒドー・ピーケーだって事をなぁ」


 カタリナは装備や持っていた金を全て奪われ、もうダンジョンへ潜る事は出来なくなった。

 夢破れ、ナカムラ市を去る事にしたカタリナは、ある噂を思い出す。

 それはナカムラ市の首なし神像の噂だった。

 カタリナを哀れに思った友人たちの、なけなしのカンパを握りしめてカタリナは祈る。

「神像さま、お願いします! アタシに代わって、あの初心者狩りのヒドー・ピーケーに天罰を! たくさんの初心者たちの夢を奪ってきた、あの男に制裁を!」

 誰訪れる事もない首なし神像に、カタリナは銅貨を一枚捧げ置くと、ナカムラ市を去って行った。

「ご依頼、確かに承った」


 翌日。

 ヒドーはまた初心者を待ち受けるため、地下三階をうろついていた。

「おい、そこの貧弱ボーイ。コイツが欲しくねえか?」

 その声にヒドーが視線を向けると、曲がり角の向こう側から手が伸びていた。その手の指に挟まれて輝くのは、まごうことなき金貨だ。

「なんだテメェ、そいつを俺によこすってのか?」

 ヒドーは駆け寄り、金貨に手を伸ばすが、金貨はスルリとかわす。

 ヒドーが追いかけると、金貨と手は、また次の曲がり角から伸びている。

「おい、待て! なんなんだテメェ!」

 それを繰り返して、金貨と手が、ヒドーをどこかに誘い込んでいく。

「くっそぉ、あの金貨、ぜってぇ俺の物にしてやるぜ」

 ヒドーは次第に警戒を忘れ、次の曲がり角に走り込む。

 その大部屋は青く丸いゼリーのようなモンスター、ゼライムの巣だった。ゼライムは百匹も超える大群だが、ヒドーはゴリ顔を紅潮させる。

「うほーっ、ゼライムがこんなにいるなんて、弱い者いじめしたい放題じゃねえか!」

 ゴリ顔単細胞のヒドーは、メイスを振り回してゼライムに襲い掛かる。

 次々に撲殺されていくゼライムたち。

 だが、ゼライムだって生きている。

 本当に何も身を守る術は持っていないのだろうか。

 ゼライムたちの死体から、微かに立ち昇る青い気体。それは積み重なるゼライムたちの死体の数に比例して、次第次第に大部屋を満たし、ついにヒドーの口元に届いた。

「ぐっ、か、体がしびれる…っ!」

 ゴリラ握力を失い、メイスを取り落すヒドー。

「弱い弱いと侮ってるから、こうなる。ゼライムの死骸は麻痺毒が出るって、貧弱ボーイは知らなかったようだな。なあ、頭が貧弱ボーイ」

 まだ立ってこそいるが、ヒドーはもう振り返る事すら出来ない。

 だが、アイツがいる。金貨でヒドーを誘き寄せたアイツだ。

 背後で何かを振り上げる気配がした。

「目が覚めてからが地獄だぜ。お前なんざ地獄行きだが、その予行演習をさせてやる」

 振り下ろされた"モップ"がヒドーの意識を刈り取った。



 ヒドーが目を覚ますと、そこはナカムラ市の市庁舎だった。

 だが、いやに目線が高く、何やらスース―する。

 ヒドーが見下ろすと、市庁舎の入り口に縄で縛られて吊るされているパンイチのヒドー自身を見つけた。

「う、なんだこりゃあ!」

「なんだこりゃあ、おにんにん!」

 妙に甲高い声がしたのに気づいたヒドーが見上げると、頭上にスマオウムというモンスターが乗っていた。

 スマオウムは高らかに叫ぶ。ヒドーにそっくりの声で。

「俺は初心者狩りのヒドーだおにんにん! 俺がこれまでに狩ってきた初心者は全部で34人おにんにん!」

「ば、バカ、止めろ! 俺はそんな事してねぇ! 無実だ!」

「止めないおにんにん。真実だおにんにん」

 スマオウムとやりあっている間に、ふとヒドーの耳にざわめきが届いた。

 見下ろせば、いつの間にか人だかりが出来ており、目ざとい商人が露天を出して、ヒドー初心者狩りバレ記念まんじゅうまで販売しているではないか。

「あいつ、初心者狩りとかマジでクズだな。ゴリじゃなくクズだな」

「おにんにんとか言ってるし、恥ってもんがないんだろうな」

「え、おにんにんってのはスマオウムが言ってるんじゃねえの?」

「初心者狩りのヒドーさんだぞ? 語尾がおにんにんなのは、たしなみみたいなもんだろw」

「そりゃそーだw」

 ヒドーは焦る。初心者狩りがバレただけじゃない。

 おにんにんが語尾だという既成事実が作られつつある。身をよじってなんとか縄から抜け出そうとする。

 しかし、それがよくなかった。

 わざとワンサイズ大きいパンツを履かされていたヒドーが、身をよじって暴れたせいで――

「うあぁぁーーー!! 見るな、見ないでくれぇーー!!」

「おにんにん」



「ダンジョンのゴミ、確かに始末した」

 そう言ったソウジの親指が金貨を真上に跳ね上げた。

 いや、金貨ではない。

 それはピカピカに磨き上げたカタリナの銅貨だった。

 カタリナの想いが、太陽に照らされて、輝いていた。



 後日。

「頼む! 俺をおにんにんゴリにした奴に復讐してくれ!」

 そう言って、首なし神像に銅貨を一枚置くヒドー。

 だが、首なし神像の後ろ側では、ソウジが苦笑いしている。

 ヒドーが去った後、ソウジはヒドーの銅貨を蹴り飛ばした。

「そりゃ無理だ。だって、やったの俺だし」

 どこかへ転がっていくヒドーの銅貨は、誰にも拾われる事がないまま朽ちるだろう。

「さあて、出勤して、ツンデレお嬢さんに罵られに行きますか」



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