第十四章「黒沢との再会」
世界樹の根の上に着地した蓮とエリシアは、しばらく動けなかった。
「……生きている」
エリシアが、震える声で呟いた。
「ああ。何とか」
蓮は、自分の身体を確認した。打撲や擦り傷はあるが、骨折はしていないようだ。世界樹の根が、衝撃を吸収してくれたのだろう。
「世界樹が、助けてくれた……」
「ああ。俺の呼びかけに、応えてくれた」
蓮は根に手を触れた。かすかな温もりを感じる。世界樹は、まだ完全に死んでいない。生きようとしている。
「ガルドは……」
エリシアの声が、悲しみに震えていた。
「分からない。だが、あいつは強い。きっと——」
「蓮さん」
エリシアは、蓮の手を握った。
「ガルドさんの犠牲を、無駄にしないでください。私たちは、前に進まなければ」
「……ああ」
蓮は立ち上がった。
根の上から見渡すと、峡谷の向こうに、世界樹の幹が見えた。そして、根の内部には、暗い穴が開いている。
「あそこから、根の内部に入れそうだ」
「行きましょう」
二人は、根の上を歩いて穴に向かった。
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根の内部は、想像以上に広かった。
直径数メートルの通路が、どこまでも続いている。壁は木質で、かすかに光を放っている。それは、世界樹に残されたわずかな魔力の光だろう。
「これが、導管の内部……」
エリシアが、周囲を見回しながら言った。
「すごい。まるで、巨大な血管の中を歩いているみたいです」
「ああ。世界樹の根は、大陸全土に広がっている。この導管を通れば、どこへでも行けるはずだ」
「根源の泉は、どちらの方向でしょうか」
蓮は意識を集中した。
魔力の流れを感じ取る。導管の中には、かすかだが魔力の流れがある。その流れを辿れば、源泉——根源の泉に行き着くはずだ。
「こっちだ」
蓮は、一つの方向を指差した。
「魔力の流れが、こちらから来ている」
二人は、蓮の直感に従って歩き始めた。
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導管の中を進むこと数時間。
「蓮さん、少し休憩しましょう」
エリシアが、息を切らしながら言った。
「ああ、そうだな」
二人は、導管の壁にもたれて座り込んだ。
「水と食料は、まだ残っているか」
「少しだけ。一日分くらいです」
「足りるかな……」
「分かりません。根源の泉まで、どれくらいの距離があるのか」
蓮は、暗い通路の先を見つめた。
導管の中は、時間の感覚が曖昧になる。昼も夜もなく、ただ暗闇と、かすかな光だけが続いている。
「蓮さん」
エリシアが、静かに言った。
「一つ、聞いてもいいですか」
「何だ」
「黒沢という男のこと。彼は、蓮さんの故郷で、どんな人だったんですか」
蓮は少し考えた。
「……嫌な奴だった。それだけだ」
「でも、ただの嫌な人なら、あそこまで蓮さんを敵視しないと思います。何か、理由があるのでは」
「理由……」
蓮は、過去を思い返した。
黒沢との関係は、最初から悪かったわけではない。入社当初、黒沢は蓮の指導役だった。厳しい人だったが、仕事を教えてくれた。水揚げの技術も、基本は黒沢から学んだ。
だが、ある時期から、黒沢の態度が変わった。
「俺が、あいつより水揚げがうまくなったからかもしれない」
「え?」
「最初は、俺の方が下手だった。だが、何年も続けるうちに、俺の方が技術が上になった。それが、あいつには許せなかったのかもしれない」
「嫉妬、ですか」
「分からない。あいつの気持ちは、俺には理解できない。ただ、あいつは俺を目の敵にするようになった。俺の仕事を否定し、俺の存在を否定した」
蓮は目を閉じた。
「俺は、ただ花を生かしたかっただけだ。それなのに、なぜあいつに憎まれなければならなかったのか。今でも、分からない」
「……」
エリシアは、しばらく黙っていた。
「蓮さん」
「何だ」
「私は、蓮さんの力——水揚げの技術を、素晴らしいと思います。誰にでもできることではありません。黒沢という男が何を言おうと、それは事実です」
「……ありがとう」
「だから、自信を持ってください。蓮さんには、この世界を救う力がある。私は、それを信じています」
エリシアの言葉が、蓮の心に染み込んだ。
十年間、誰にも認められなかった。自分の仕事に誇りを持ちながらも、それを否定され続けた。だが、この世界では違う。自分の力が、認められている。必要とされている。
「……ありがとう、エリシア」
蓮は立ち上がった。
「行こう。根源の泉は、もうすぐだ」
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さらに数時間歩き続けた後、二人は巨大な空間にたどり着いた。
「これは……」
蓮は、息を呑んだ。
空間の中央に、泉があった。
青白く光る水が、岩の間から湧き出している。その光は、導管の中を照らし出し、空間全体を神秘的な輝きで満たしていた。
「根源の泉……」
エリシアが、感嘆の声を上げた。
「世界の魔力の源泉……。こんなに美しいものだったんですね」
蓮は泉に近づき、水に手を触れた。
冷たく、しかし心地よい感触。水の中には、膨大な魔力が含まれているのが分かる。これが、世界樹を——そして世界全体を支える力の源だ。
「始原の水を、汲もう」
蓮は、携帯していた水筒を取り出し、泉の水を汲んだ。水筒の中で、水が青白く輝いている。
「これで、儀式に必要なものは揃った。あとは——」
「待て」
声が、空間に響いた。
蓮とエリシアが振り返ると、導管の入り口に、一人の男が立っていた。
黒沢だった。
「どうやって——」
「俺も、世界樹の根を辿ってきた。お前たちより、少し遅れたがな」
黒沢は、ゆっくりと二人に近づいてきた。
「ここで、決着をつけよう。水谷」
「……」
蓮は、エリシアを庇うように前に出た。
「お前の目的は何だ、黒沢。俺を殺すことか」
「違う。お前を、俺の道具にすることだ」
黒沢の目が、赤く光った。
「お前の『水揚げ』の力を使って、世界樹を俺の支配下に置く。そのために、お前が必要なんだ」
「断る。何度でも断る」
「断れると思うのか?」
黒沢は手を伸ばした。
「【支配】」
蓮の身体が、再び動かなくなった。手足が言うことを聞かない。前と同じだ。
「今度は、逃がさない。お前の心を、完全に俺のものにする」
黒沢の力が、蓮の精神に入り込んでくる。抵抗しようとするが、押し返せない。
「蓮さん!」
エリシアの悲鳴が聞こえる。だが、助けることはできない。
このまま、黒沢の支配下に落ちるのか——
『……諦めるな……』
声が、聞こえた。
世界樹の声だった。
『……お前は、私の希望……諦めるな……』
蓮の中で、何かが目覚めた。
水揚げの力。それは、植物を生かす力。そして——
「俺の心は……俺のものだ!」
蓮は、全力で抵抗した。
スキル【水揚げ】を、自分自身に発動する。詰まった魔力の流れを、開通させるように。黒沢の【支配】が作り出した「詰まり」を、押し流すように。
「何……!?」
黒沢の顔に、驚愕の表情が浮かんだ。
「馬鹿な……俺の【支配】を、跳ね返しただと!?」
蓮は、黒沢の支配から解放された。
「【支配】は、人の心を操る力だ。だが、俺の【水揚げ】は、詰まったものを通す力。お前の支配を、『詰まり』として押し流した」
「そんな……そんなことが、できるはずが——」
「できた。それが、答えだ」
蓮は、黒沢に向き直った。
「もう、お前の思い通りにはならない。俺は、自分の意志で、世界を救う」
黒沢の顔が、怒りで歪んだ。
「くそ……くそ、くそ、くそ!」
黒沢は剣を抜いた。
「なら、力ずくで従わせるまでだ!」
黒沢が、蓮に斬りかかった。
蓮には、戦う力がない。剣を持っていない。避けることしかできない。
だが——
「蓮さん!」
エリシアが、蓮の前に飛び出した。
「エリシア!」
黒沢の剣が、エリシアの肩を切り裂いた。
「ぐっ……!」
エリシアが、床に倒れ込んだ。
「馬鹿が。邪魔をするな」
黒沢は、倒れたエリシアを一瞥し、再び蓮に向き直った。
「次は、お前だ」
蓮の中で、何かが切れた。
「……お前は」
低い声が、蓮の喉から漏れた。
「俺の仲間を……傷つけたな」
「だから何だ。雑魚は——」
「黙れ」
蓮は、始原の水が入った水筒を手に取った。
「お前との決着は、後だ。今は——」
蓮は水筒の蓋を開け、始原の水を自分の手に浴びた。
「世界を、救う」
始原の水が、蓮の身体に染み込んでいく。
膨大な魔力が、蓮の中を駆け巡った。
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【第二部・成長編 終】
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第三部 対峙編
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