救急車に道を譲らなかっただけなのに

路地猫みのる

01. エリート営業マン

「あなたとの婚約は、破棄させてもらうわ。慰謝料なんて払わない、当然よね?」

 婚約者の依織いおりは、憎しみのこもった目で吐き捨て、俺の部屋にあった私物を持って出て行った。


「君に、などという選択肢はない。我が社は右肩上がりの業績を維持する優良企業。君より優秀な人材を雇用することはたやすい。新たな人材に、席を譲ってもらおうか」

 かつて俺を「営業部のエース」と持ち上げた上司は、ゴミ捨て場のビニール傘でも見るように、熱のない視線で俺をチラ見し、あとは関心を失って、出て行けと手で示した。


 会議室を出た俺に突き刺さる、同僚たちの視線は、好奇心と軽蔑に満ちている。ひそひそひそ……過敏になった聴覚が、彼らのひそひそ話を拾う。いや、俺に聞こえるように言っているのか?


 ――くそっ。

 自販機横の、ゴミ箱を蹴り飛ばす。


 俺は、営業一課で一番の成績を維持するエージェントだぞ。

 常務の娘と婚約して、出世街道を駆け抜けようとしていた矢先に。


 どうして、こうなった?


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