邪智暴虐の姉から逃げる方法 〜確実に成功します(弟を除く)〜

上貝 颯空

邪智暴虐の姉から逃げる方法

「ラヴェニカ。貴女との婚約を破棄する!」


そう叫んだのはこのパーティーの主催者で姉の婚約者の、エドガーだった。

婚約破棄を告げられた姉は少し目を見開いている。

なぜ破棄されたのか分からない、とでも言いたげだ。


「貴女はマリーに対して悪質な嫌がらせを繰り広げ、それに飽き足らず彼女の命まで脅かそうとした!私はそんな人を妻には出来ない!」


つらつらと並べられる罪状。

しかし、ラヴェニカはこんなことをしないだろう。

少なくとも決して証拠を残さないはずだ。

姉はとても賢いから。


そして隣にいるマリー嬢。

小柄で可愛らしい見た目は確かに庇護欲を誘う。

だがどこか演技臭さが滲み出ていた。

まあエドガーが騙されるのは無理もないほど、巧妙に隠されているが。


「エドガー」


姉がバサリと扇を広げた。

そして、今自分を振っている相手に向けているとは思えないほどの親切心を持って彼に忠告する。


「悪いことは言わないわ。先ほどの言葉を撤回しなさい。あなたはそこの––––マリー嬢?に騙されてるのよ」


ラヴェニカは賢い。

だから彼女は、愚かな行動を取るエドガーに対して多くの小言を言っていた。

恐らくエドガーはそれを疎んだのだろう。


「黙れ!言うことに欠いてマリーを愚弄するのか。貴女にはほとほと愛想が尽きた。

今すぐ罪を認めろ!そうすれば罰も軽くなるだろう」


姉はすっと目を細めた。


「エドガー。最後のチャンスよ。先ほどの言葉を撤回しなさい」


エドガーは少し気圧されたようだったが、それを隠すように姉へと叫ぶ。


「もう一度言おう!ラヴェニカ!貴女との婚約を破棄する!」


その瞬間、彼の運命は決まった。

あーあ。

未来の義兄なのだからと、頑張ってしていた交流が全て水の泡だ。

こうなった姉はもう止まらない。

僕に出来るのは、火の粉が飛ばないように逃げることだけだ。


「そう、残念ね。じゃあまずは私の身の潔白を証明させてもらうわ。

私はマリー嬢を虐めるどころか、会ったことすら無かった。マリー嬢は市井の出でしょう?

なら、彼女は貴族街に入れない。あと、私が貴族街から出ていない記録が残ってるはずだわ。

だから私は彼女を虐めていない。

そしてエドガー。逆にあなたはよく平民街に出入りしていたわね?彼女と浮気してたんじゃないの?

噂はすぐ広まるわ。気をつけるべきだったわね」


「い、言いがかりだ!確かに私はよく平民街に出入りしていたが、それは庇護するべき平民の生活を直接に知るためであって…」


「あら、そうなの?でもそれなら頻繁に行く必要ないじゃない?調べたらすぐに分かる嘘は、つかない方がいいわ」


エドガーは何か言おうとしたが、言葉にならずに口をパクパクさせていた。

ラヴェニカはそんなエドガーの様子を見てクスリと笑うと、彼にトドメを刺しに行く。


「言い訳は尽きたのね?つまり私の言い分が正しかったってことだわ。婚約破棄についてはお父様に報告させていただきます。それでは、ごきげんよう」


姉は颯爽と踵を返した。

そのまま姉は一人で帰ろうとしたが、僕を見つけてニコリと笑う。


「丁度いいところに。ルーカス、帰るわよ。エスコートなさい」

「…分かったよ」


会場中の注目を浴びながら、僕たちはその場を後にする。


「エドガーさんからの婚約破棄…受け入れるの?」

「いいえ?こちらから破棄するわ。少なくとも彼、廃嫡されるでしょうね。公衆の前で醜態を晒したわけだし」


姉はクスクスと笑う。

姉は自分の身内にはアレコレと世話を焼くが、一度敵に回ると苛烈で、容赦しない。

エドガーを哀れに思った。


…でも。

エドガーだって姉とは長い付き合いだ。

もちろん姉の性格だって十分に知っていた。

それに、確かに彼は頭が良く無かったけど…あんな愚かなことをする奴だったか?


僕は一度抱いた疑問を、打ち消すことが出来なかった。



◇◇◇◇◇



婚約破棄騒動から三ヶ月が経った。

姉はすでに新しい婚約者を見つけ、その人のところに足繁く通っている。

そして僕は今、平民街に来ていた。

あのときの、答え合わせをするために。


「久しぶり、エドガーさん」

「これはこれは、ルーカスく…様。どうしてここに?」


あの騒動で、エドガーは廃嫡の上、貴族籍を剥奪された。

今は農民として生活しているらしい。

生活の質は落ちているはずだが、むしろ今の方が伸び伸びとしていて、健康そうだった。


エドガーに案内されて、彼の家の中に入る。


「ここに座ってください。一人暮らしなもので、散らかっていますがご容赦ください」

「敬語じゃなくて良いよ…。一人暮らしなんだね。マリー嬢とは一緒に住んでいないの?」

「ああ…彼女とは別れたんです。ちょっと前に」


どうでもいいような返事。

この返事を聞いて、僕は自分の考えが正しかったのだと確信する。

少し雑談した後、僕は本題を切り出した。


「今日ここに来たのは、単純に僕の好奇心のためだよ。今日ここで何か知ったからって何もしないから安心してほしい」

「はあ…」


そう言われても、彼としては安心できないのだろう。

なにせ、僕はラヴェニカの弟なのだから。


「エドガーさん、あなたは婚約破棄に失敗して平民になったわけだけど、もしかしてそれが狙いだったの?」


エドガーが目を見開く。

僕は続けた。


「あなたは姉から逃げたくて、平民になろうとしたんじゃないかな?」


僕がそう言うと、エドガーは苦笑いした。


「はは…流石はラヴェニカの弟だね。平民になったのは成り行きだけど、そうだよ。私はラヴェニカから逃げたかったんだ」


エドガーは続ける。


「ラヴェニカは、私なんかとは比べ物にならないほど賢くて…彼女の言う通りにした方がいいのは分かってたんだけど、それは私には負担だったんだ」


姉は賢い。

しかし、彼女は自分が絶対的に正しいと思っていたし、それを他人に押し付けるような人だった。


「気晴らしに平民街に出かけて、そこでマリア達…ええと、マリーと、彼女の所属する劇団の人たちと出会ったんだ。」


やはり、マリー嬢はエドガーの恋人では無かった。

彼女は明らかに人目に晒されることに慣れていたし、やはり演技臭かった。

劇団の人なら納得だ。


「彼らに、ラヴェニカから離れた方がいいって気付かされて、そこで今回の婚約破棄騒動を企てた。

ラヴェニカは一度敵とみなしたら徹底的に攻撃するから、私は彼女の賢さを信じていれば良かったのさ」


エドガーは笑う。

確かに、彼は地位に執着しない人だったから、廃嫡されようが平民にされようが良かったのだろう。

ラヴェニカとの婚約さえ無くなるのなら。


「やっぱそうなんだ…。ありがとう。ここ数ヶ月の疑問が解けたよ」

「はは、それは良かった。では、会う機会があればまた。君も頑張ってね」


エドガーの家を後にする、僕の気持ちは軽かった。

姉の気質を利用すれば、僕だって簡単に姉から逃げられると、分かったから。

ようやくあの邪智暴虐の姉から逃れられる。


いつ実行しようか。

いや、その前にちゃんと計画を立てないと…。


「あら?」


玄関の扉をくぐった時、ふと聞き慣れた声がした。

振り向くと、姉が立っている。


「ルーカスも今帰ってきたところ?どこに行ってたの?」

「友達のところだよ」

「うんー?…ああ、エドガーのところに行ってきたのね。私の悪口合戦ででも盛り上がった?」


なぜ行き先がバレている。

誰かが告げ口した?

いや…姉の賢さゆえなのだろうか。


「…いや?だから学園の友達のところだよ」


僕が答えても、姉は聞こえていないかのように続けた。


「私はエドガーのことが好きだったけれど。エドガーはそうじゃ無かったのよね、きっと。だから逃げられてしまったのだわ。

まあ、気持ちが伴わなかったのならどのみちああなったんでしょうけど。

私のことをよく理解した、良い計画だったわね…イラついたけど」


…姉には、エドガーの計画がわかっていたのか?

まあそうか、僕に分かるんだから姉も分かるに決まってる。

でも、姉は分かっていようがいなかろうが、絶対にエドガーを排除しただろう。

だから僕のこれからの計画にも支障はない…。


「ああ、安心してね。もちろんルーカス、あなたは別よ。

あなたが私に反抗しても、私は笑って許してあげる。お姉ちゃんだもの」


姉は確信犯的な笑みを浮かべた。

そのまま姉は僕のそばをすり抜けて玄関の扉をくぐる。

僕は呆然と姉を見送って、彼女の言葉を咀嚼する。


…つまり、僕は姉から逃げられないってことでは?

絶望だった。

誰か僕に教えて欲しい。

邪智暴虐の姉から逃げる方法を。



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お読みいただきありがとうございました!

面白かったらぜひぜひ評価よろしくお願いします!!



ラヴェニカ(姉)

自分が絶対正しいと思っていて、それを人にも押し付ける。非常に優秀。自分の考えを否定されると相手を徹底的に潰す。


エドガー(姉の元婚約者)

頭が弱く、自己評価が低い。ラヴェニカの尻に敷かれていた。優しい奴。


ルーカス(語り手)

影が薄く、ラヴェニカの尻に敷かれている。姉を畏怖している。

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