ズルい人の告白

yoizuki

第1話ズルい人の告白


私は、絶対に傷つきたくなかった。

だから、傷つかない理由を

いつも探していただけだった。

その結果、私はバイトの子の後ろから今日も好きな人を見てるだけ。


第一話 書店員の矜持


私は書店員の紗季。 真面目で、無難で、可もなく不可もなく。 それが私の売りだ。同僚達からは ――真面目すぎる、と言われるくらいに。 店に立っている間は、余計な感情を挟まない。 それが仕事だから。 ――たとえ、密かに気になっている常連客が来店していても。 悠真。 背が高く、声が低く、言葉の選び方が穏やかな男。 浮ついたところがないのに、なぜか甘く響く喋り方をする。 今日も彼は来ていた。 そして今日も、バイトの女の子に絡まれている。 高校生のバイトの子は、距離が近い。 本を探すふりをして肩を寄せ、些細なことで笑う。 ――羨ましい。 バイトの女の子がとぉっても、羨ましいぃぃ!! 羨ましい、だけじゃなくて。 私にはできないことを、平気でやっていることが。


私は大人だ。 書店員で、アラサーで、立場をわきまえている。 だから、あんなふうに距離を詰めたりしない。 ……しない、というより、 できないことを「しない」と言い換えてきた。 喉まで出かかった感情を、私は飲み込む。 書店員が客に色目を使うなんて、あり得ない。 まして私はアラサーだ。 分別くらい、ある。


分別がある、という言葉は便利だ。 一歩踏み出さない理由として、これ以上ないほど、正しい響きを持っている。 悠真だって、可愛い女子高生から接客されて嬉しくないわけがないよね。


そう思えば、胸のざわめきは 「仕方のないこと」に変わってくれる。 私は、自分が傷つかない距離を、無意識のうちに選び続けていた。 今日も私は、ただ遠くから彼を見ているだけだった。 ――このときはまだ、 この距離が、いちばん安全だと信じていた。


第二話 地雷


私は、悠真の喋り方が好きだった。 声の大きさも、語尾も、間の取り方も。 すべてが落ち着いていて、安心する。 喋り方が好かれる人は得だと思う。 見た目は変わる。性格も変わる。 でも、喋り方は簡単には変わらない。 ……だからこそ。 その瞬間を、私は見てしまった。 悠真が、バイトの女の子の頭を、ぽん、と撫でた。

この2人のやりとりは客観的に見れば彼が女の子をからからような、もしくは窘めるような仕草のように見えるかもしれない。


だが、悠真が女の子に触れたという事実が私の頭に血を昇らせた。


彼の上品な紳士的な雰囲気が好きだったのに、

若い女の子に気安く触るような人だったなんて……。

こんな彼の一面は見たくなかった。見なかったことにしてしまいたいぐらいだ。


あり得ない。 いい大人が、高校生に。 距離感が狂っている。


そう思った瞬間、 胸の奥で何かが、すっと楽になった。 理由ができたからだ。 一気に、冷めた。 ――やっぱり、あの男も同じだ。


「同じ」 その一言で、私は悠真を よく知る前に、理解したつもりになった。 危ない男。 常識のない大人。 そう決めてしまえば、 これ以上、考えなくて済む。 見ているだけでよかった。 羨ましくなんて、ない。


本当は、 羨ましかったことまで、 なかったことにした。 私は観察をやめ、業務に戻った。


正しい判断をした気がしていた。 距離を保った。 深入りしなかった。 ――それなのに、 胸の奥に残った小さな棘を、 私は見ないふりをした。


気づいていなかった。

悠真が、私の視線に

気づいていたことを。


そして、ほんの一瞬、

嘲るように笑ったことを。


まるで、 私の中の言い訳を 全部見抜かれていたみたいに。


第三話 正論


私は客に話しかけられやすい。 人が良さそうな顔をしているからだろう。 その分、面倒な客にも捕まりやすい。


「昔流行った本でさ、映画化もされてて――」 要領を得ない説明。 それでも私は、丁寧に聞く。 「申し訳ありません。タイトルが分かり次第――」 「え、思い出すまで調べてくれないんですか?」


無理難題だと分かっていても、私は言い返さない。 それが“正しい接客”だから。 正論を守っていれば、 攻撃をされる理由にはならない。 そのとき。


「それ、『名前のない詩』じゃありません?」 悠真が、自然に会話へ入ってきた。 客は喜び、私は救われた。


正直、助かったと思った。

悔しいくらい、完璧なタイミングだった。

でも同時に、胸のどこかが、ざらりとした。

業務を終えたあと、私は礼を言った。

営業スマイルで。

「ありがとうございました」

その言葉に、嘘はなかった。 ――半分くらいは。


「『名前のない詩』を知らないなんて、よく書店員をやれますね」


甘い声で、毒。


冗談の形をした正論。 軽口の顔をした牽制。

私は、“助けてもらった立場”になるのが嫌だった。

私の笑顔は、わずかに引きつった。


お礼を言ったことを、 少しだけ後悔した。 でも、すぐに打ち消す。 お礼を言っただけだ。 間違ったことはしていない。

お礼を言われたのに皮肉て返してくるなんて

悠真のほうがどうかしてる。


そうやって私は、 助けてくれた相手を 対等より少し下に置くことで、自分の立場を守った。 正しいことを言っている限り、私は悪くない。 ――そう信じたかった。


第四話 無謀だと思っていた願い


それから悠真は、私に話しかけるようになった。 最初は戸惑った。 むしろ、苦手になりかけていた。 あの甘い声と、距離の詰め方を、 もう信用しないと決めたはずだったから。 でも、気づいてしまった。 バイトの女の子に向ける笑顔と、私に向ける笑顔は、違う。


同じように優しいのに、 どこか温度が違う。 踏み込んでこないのに、 ちゃんとこちらを見ている。 上辺じゃない…… そう思いたくなる自分が恐ろしかった。 でも悠真は、 親しげで、 探るようで、 距離が近かった。 いつの間にか、 私と悠真は世間話をする関係になっていた。 当初の「お近づきになれたらいいな」という、自分でも無謀だと思っていた願いが、 あっさりと叶ってしまった。


その事実に、 私は戸惑いながら、 確かに浮かれていた。 喜びを、 私は隠せていただろうか。 それだけでいい。 それ以上は、求めない。


求めなければ、 失うこともない。 期待しなければ、 裏切られることもない。 ……はずだった。


第五話 終わりの予感


ある日、私は一人でカフェに入った。 すると、悠真がいた。 見知らぬ美女と一緒に。 頭の中で、 チーン、と音が鳴る。 はい、終了。 お疲れ様でした。


分かりやすい終わり方だ。 私には、 これ以上、考える余地すらない。 コーヒーを一気に飲み干し、 店を出る。 悠真は、こちらを見て、笑っていた。


追いかけてくることも、 声をかけてくることもない。 それが答えだ。 カフェからの帰り道、 私は考える。 あー、私って、 相当痛いやつじゃん。 しっかり、 悠真とワンチャン期待してたんじゃん。 だから、 こんなにショックを受けたんじゃないか。


期待していないつもりで、 一番、期待していた。 私は自分の中の、 大それた野望に向き合う。 イケメン常連客の “特別”になりたい。 そのために、 私は何をしたらいい?


正攻法は、選ばない。 正直になる勇気も、まだない。 大真面目に考えた結果、 てっとり早い方法を、 私は思いついた。

相手から切られることなく、

相手に自分の意思表示をする

作戦だ。

そう、このセリフを伝えれば

いい。あとは相手の反応を

伺うのみだ。


最終話 告白


よく知らない本屋の客を、好きになりました。


彼と恋愛関係に発展させたいなんて、

考えて、 考えて、 考えて……います。


こんなことを考えてしまったのは、彼が悪い。 だって、私にだけ、特別な顔をするから。

勝算があるなら、行かなければならない。

行かなければ、それは怠慢だ。

誰でもいいなら、同僚でもいい。


でも私は、好きになった彼がいい。

――選んだ以上、 責任を取るのは、私だ。

閉店間際の店内は、昼間より少しだけ

静かだった。

棚の間を歩く音も、 レジの電子音も、

必要以上に響く。 私はレジ横で返品処理を

しながら、 彼の背中を見ていた。

悠真は、いつもの棚の前に立って、 本を一冊、手に取っている。

常連客として、 何度も見てきた光景だ。

今日は、バイトの女の子はいない。

同僚も、倉庫に下がっている。

今なら、話しかけられる。

業務としても、不自然じゃない。

それでも私は、考えてしまう。

行かなければならない。

これは、私の問題だ。

レジを離れて、 一歩、彼に近づく。

心臓の音が、うるさい。

それでも私は、行かなければならない。

だって、悠真が好きだから。


……ごめんなさい、違います。

好きだから、じゃない。


このまま何もしなかった自分を嫌いに

なりたくないから、

でーーーーす!!


――はーい!! 私、今から転んできまーす。

告白ハラスメントしてきますよー!


この時のことを振り返ると私のテンションは壊れていた。


「……あの」 声は、思ったよりちゃんと出た。


悠真が振り返る。 あの、まったりした喋り方で、 「はい?」と笑う。

私は一度、息を吸って、 決めていた言葉を口にした。


「私、あなたの中身が知りたいです!!」


店内が、 一瞬だけ静まり返った気がした。

悠真は驚いたように目を瞬かせて、 それから、少し困ったように笑った。 否定もしない。

肯定もしない。 ただ、柔らかい声で言う。


「……面白いこと、言いますね」


それが、返事なのかどうかは分からない。

でも私は、逃げなかった。


少しの沈黙のあと、 悠真は、私を見下ろすでもなく、 かといって軽く扱うでもなく、 静かに口を開いた。


「正直ですね」


そう言ってから、 ほんの一拍、間を置く。


「……正直な“ふり”も、してる」


胸の奥が、きゅっと鳴った。


「答えを、僕に預けたまま」

「でも、ちゃんと踏み出してきた」


責める口調じゃない。

淡々としているのに、 なぜか逃げ場がない。


「告白してるのに」

「覚悟も責任も、半分だけ」


それでも、と悠真は続けた。


「だから、ズルい」


一瞬、笑う。


「……でも」


その声は、相変わらず穏やかで。


「一番、人間らしいやり方だと思いますよ」


そう言って、 まだ答えを決めないまま、

悠真は、紗季の真っ赤になった頬に、

そっと手を伸ばした。


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