恋と名のつくものだとして。

鮎のユメ

音でかき消していたい

「今週花火あるってさ! 行こうよ!」


 彼女はいつも突拍子がない。

 幼い見た目から感じる子供らしさと、その言動のギャップのなさが、わたしの心をいつだってくすぐってくる。

 だから一度は、彼女の話を否定したくなる。


「えーやだ。人多いとこめんどいし」

「人多いのはいつものことじゃん。だって花火大会だよ、夏しか出来ないお祭り!」

「最近は夏以外も時々あるけどね」


 そうなの? と彼女は首を傾げる。言っておいて、わたしもどこまで本当かはわからないでいた。だから適当に、スマホに視線を落として誤魔化す。


「別に花火だけが夏のイベントってわけでもないし、海でも、山でもいいじゃん」


 それに夜だと、顔がよく見えないし。


「えーそっちのがやだ、クラゲ出るし、虫にも刺されるよ」

「……たしかに」


 わたしもそれには同意した。

 

「でしょ? だから、やっぱり花火大会!」


 彼女はそう言ってわたしに笑いかけた。

 制服のまま、屋上の床に座って、ただ駄弁る。

 たまーに授業をサボって話し込んじゃうこともある。

 別に身のある話じゃなくていい、なんでもない普通の会話。

 それがわたしたちの日常だった。


「あ! そうだ、浴衣! 浴衣着よ! お母さんが着物レンタルのお店紹介してくれるって!」

「……浴衣かぁ」

「下駄はいて、カランコロン鳴らして、あたしたちもお祭りの一部になれる日なんだから! ねぇ、行こ〜!」


 お祭りの一部になれる日、か。

 ホント、物は言いようだよ。

 正直なところ、否定する理由なんて、初めからなかった。

 彼女の浴衣も……見てみたいし。


「……わかったわかった」

「よし! そうと決まれば、何時集合にする? あ、えっと花火は九時に上がるみたい! それで──」



 ──時々、自分の感情がわからなくなることがある。

 隣でコロコロ笑う彼女を見て、癒されているのに、どこか安心しきれない自分がいる。

 息をついて、頬杖ついて、横顔を見た。今もぺちゃくちゃとわたしに話しかける彼女は、私を見ているようで、身勝手に話すばかりでろくに見てない気がして。

 もっと、顔を近付けたら、どんな顔をするのか、とか。

 邪な思いがよぎる。


「……ねぇ聞いてるの?」


 彼女のぶすっとした顔で、ふと我に返った。何一つ怖くないのが、笑えてくる。


「聞いてる聞いてる。じゃあ、そうだね、前倒しで二時間前とかにしとこっか。七時集合、駅前ね」

「おっけ! お母さんにも言っとく!」


 心底楽しみそうにしているのが、声色からもよくわかって、わたしは静かに微笑んだ。


「やっぱりかなではあたしの大親友だよ〜! だーいすき!」


 ふわりと抱きつきながら言う彼女の言葉に。


「……はいはい」


 目を細めて頭を撫でる。

 ちくりと痛んだ胸の痛みは、知らないフリをした。




 一週間なんてあっという間だ。

 退屈な授業を、ただ板書を繰り返していただけで、終わってしまう。


 彼女と合わせた浴衣は、実は見るのは今日が初めて。

 緊張してくる。別に、彼女は昔からの幼馴染だし、なんてことないはずなのに。

 最近、彼女と目を合わせるのも、大変になっているわたしがいる。

 どうしてなのか、自分でもよくわからない。

 でも、なんとなくその名前は、知っているような気がしていて。

 わかりたくなくて、駅前ランドマークの噴水に目を配る。

 見ない方が、良かったかもしれないと思った。


「お待たせー!」


 と、噴水の奥からやってくる彼女を、直接見ることになった。

 白地に広がる花模様が、ひらひら揺れる。

 からころと履き慣れない下駄でわたしのもとまで駆けてきた。


「奏、めっちゃかわいいじゃん!」

「ありがと。瑞希みずきも、すごくかわいいよ」


 えっへへ、とはにかむ彼女の顔は、やっぱり少し薄暗くて、見えにくい。だから夜は嫌いだ。


「じゃ、行こっか!」


 彼女の一声で、わたしたちは花火大会の会場に歩いて向かうことにした。

 隣を歩く彼女は、今日という日を楽しみにしてきたに違いない。心なしどころか、全身スキップ状態で、喜びが隠しきれていなかった。

 会場に着くなり、彼女は「出店を制覇するぞ」と豪語する。


「はしたない」

「いいじゃん今日くらい! あ、りんご飴買お! おねーさんひとつくださーい!」


 さっそくひとつめを制覇した彼女は、次々にわたしを連れ回す。


「焦り過ぎ。なにも逃げたりしないんだしゆっくり行きなよ」

「へへ、ごめんはしゃぎすぎちゃった」


 照れ笑いを浮かべ、彼女は言う。

 そんな何気ない表情ひとつも、わたしの胸を小さく揺らす。

 と、そこへ。花火の開演を報せる、会場のアナウンスが流れる。


「あ、始まっちゃう! いそご!」

「ホント、勝手だね」


 ま、いつものことか。

 花火会場が近くなるにつれ、人混みで思うように進めない。

 彼女の姿も、少し遠くにあって、気持ちがはやる。

 ……これだから、人の多いところはいやなんだ。

 はぐれないよう、ちゃんと手を取っておけばよかったかな。なんて思う。


「……っと! 奏だいじょうぶ!?」

「平気。横の方は空いてて助かったね」


 幸い、わたしたちはどうにか喧騒から離れることが出来た。でも、花火が綺麗に見えるかどうかは、怪しい。

 そんな不安をよそに、空を突き抜ける高い音が打ちあがった。自然と視線が吸い寄せられる。

 途端に、静寂と、夜を彩る花が咲く。


「わあ……!」


 隣から聞こえる彼女の感嘆が耳に届いて、花火を見上げていたわたしは。


「花火! すっごく綺麗だねっ!」


 花火の目の前で、花火よりも綺麗な彼女の笑顔に、わたしは吸い込まれた。

 今までずっと無視し続けてきた痛みの正体が、身を結んで咲いた気がした。



 ずっと。

 彼女とは友達でいられると思っていた。

 小さなころから一緒にいて、時々お互いの家に泊まることもあるほど、仲良しで。

 彼女はわたしを心の底から信頼している。わたしも、彼女のことをとてもいい子だと思っている。

 少し引っ込み思案なわたしを、いつも引っ張ってくれる、頼れる大親友。


 だけど時間が経つにつれて。

 わたしは彼女の目を、正しく見ることが出来なくなった。

 まともに見たらおかしくなりそうで。

 わたしがわたしでいられなくなる気がして。


 本当は、ずっと前から、たぶんそうだった。

 目を逸らし続けていただけだった。

 だから。


 やっぱり、一緒に花火なんて、見るんじゃなかった。


 もうどうしようもないくらい気付いてしまった。

 この胸の高鳴りがどこまでも、花火の音とリンクする。

 ぱちぱちと。音を立てて。

 

 ──仮に。

 この気持ちが恋と名のつくものだとして。


 わたしは、どこまで進めばいいのだろう。


 望まれていないこともわかってる。

 その上で、わたしは彼女といつまで、一緒にいられるだろう。

 隣で目を輝かせる彼女の指先は、すぐそこにある。

 手の甲でそっとれるのが、精一杯だった。


「……本当にね。とっても、綺麗だよ」


 花火の音がどこまでもうるさいから。

 この声も、届かなければいいと、そう願うわたしがいた。

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