ださくっ!
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1話 那須のおっさん
「いやぁ、今日はよう冷えるわな」
「えっ?ああまあ、12月にもなれば」
「温暖化やー、暖冬やー、よう言うてるけど。寒いもんは寒い!そこは変わらへんねん」
「ですね」
平日の正午過ぎ、梅田駅からほど近いシュガーポットや紙マッチが未だ卓上に置かれている喫茶店に一人で座っていると、向かいにの席に座られ突然話しかけられた。
─えっと、誰ですか。
この鼻につく関西弁のおっちゃんは。知り合いじゃない、絶対知らない。姉に呼ばれて来てみれば、なぜ僕は2人きりで白髪混じりオールバックのイケオジ…とも言えなくはないおっちゃんと、喫茶店で席を共にしてるわけだ?
「なんか飲みもん頼まはった? アイスコーヒーもらおかな」
さっき「今日は冷えるわな」って言うてたやんけ。と、心の中で慣れない関西弁で突っ込んでみる。悪くない悪くない。
「ほいで、君が
なんで知ってんだ。
「なんで知ってんねん! って顔してるけども。そら予め名前聞いててこの店に入ったら若い客、君しかおらへんのやから」
僕以外にお客さんが居たらどうするつもりだったんだろうこの人は。予め名前を聞いているという事はそうか。姉が呼んだ理由はこの人か。にしても何者?パッと見はどこかの社長に見えなくも無い。
髪はしっかりと櫛目が通って整っているし、チャコールグレーのダブルジャケットを着て足元に少し目を向ければ、綺麗に手入れの施された黒い革靴を履いている。ツヤツヤ。
ヤクザ…?いやいやまさか。自分の姉にそんな繋がりがあるわけ。
「お決まりでしょうか?」
あれ。いつの間に呼んだんだろう。
「アイスコーヒーもろてもええかな? ほい、君はどうすんねん」
「あっ。じゃあ僕はミックスジュースで」
ニヤッとおっちゃんは笑う。多分バカにされた。コーヒー飲めないのをバカにされた気がする。あんな黒い豆の抽出液、飲めなくたって人生においてなんの影響も及ぼさないんだから、飲める大人が偉いわけじゃ無い。僕だってそのうち飲めるようになる。大人になれば無条件にコーヒーくらい飲めるようになる。はず。
「那須言います」
「はい?」
「なぁ〜すぅ〜! 名字や! 那須って言います、言うてんねん」
肩がビクッとなる。これだから関西人の喋り方は嫌いだ。声はでかいし口調は強いし。
「ああ、そう言うこと…あ。ええっと。天木です。天の木と書いてあまきです」
「知っとる知っとる、下の名前も知っとる」
そうだった、姉から聞かされてたんだろう。
「えーっと。それで今日はどう言ったあれで…?」
「あれ! なんも聞いてへんの? 自分のお姉さんからなんも聞いてへん?」
聞いていない。何も聞いていない。今朝急にここに来るようにとしか言われていないのですが。姉と那須さんとの間で、一体どんな会話があったと言うのでしょうか、僕は何も知りません。言われた時間に言われたお店に来たら、今こうして知らないおっちゃんと2人でアイスコーヒーとミックスジュースを待っています。
「いやぁ君がね、なんや文章書いてるって聞いたから。お願いされて会いに来たんやわ。ほんであれか、作家志望か?」
おっしゃる通り、作家志望です僕は。
「まぁとりあえず自分の書いた文章で食っていきたいな、とは思ってます」
僕たちが話しているのに気を遣ってか、失礼します、と控えめな声と軽い会釈で店員さんは飲み物を置いてくれた。僕も軽い会釈で返す。那須さんは
「ん、ありがとう」
と目を見て笑顔で返す。なんだろう、なんか悔しい。
「なるほどな、自分の書いた文章で。
まだ若いのになぁ。いくつや自分?」
「…16です」
「今日金曜やろ、学校は?」
「今は…あんまり行ってません」
「なんでや」
ガムシロップとミルクを混ぜる手が止まる。視線がコーヒーから僕へすうっと向く。
「時間が、勿体無いから?です…」
「勿体ない?」
「ほ、本、と言うか文章が好きなので。家で本を読んだり自分で書いたりしてた方が有意義なんです、学校の授業なんかよりも」
この手の質問は苦手だ。大体返ってくる言葉は同じで「高校くらいは卒業しないと」「学生の本分は勉強だ」「今どき中卒になるとなかなか厳しいんじゃ」
こんな言葉を掛けられる。そんなこと、自分でもわかってる。言われなくたってわかってるけど、高校に行きたいとも特に思っていないし、行くこと自体に意味を見いだせないんだからそんなこと言われても。僕の人生に余所者が口出しするのは行儀悪いと思う。
「いやぁ自分、高校くらいはなぁ」
ほら来た。
「卒業しないと。って言われる思ったやろ? わっかりやすいやつやな君はほんまに! ええやん、おもろいやん。逆に君みたいな決断できる人間の方が稀有やと思うで」
「バカと天才はなんとかやー、言うしな!」
紙一重。と言いたいのだろうか。ギリギリ失礼に当たるんじゃないのかこれは。いまいち掴みどころのない人だ。
でも初めてかもしれない。高校に行っていないことをここまで朗らかに軽く受け止めてくれたのは。だからなんだと言う訳でもないけど。こんな事でこのおっちゃんの事を気に入りそうになった自分が情けない。
「よっしゃ、なんでもええ。今原稿あるか?」
甘いカフェオレへと変化した物を飲みながらそう言った。パソコンはいつも持ち歩いてるのでもちろんデータはあるが、人に見せられるほどのレベルじゃないのと、対面した状態で名字しか知らない人に読まれるのはなんだか気が引ける。
「なんや、別に笑ったりせぇへんがな。いずれは沢山の人に読まれたいんやろ?」
さっきからこの人には僕の思っていることが見透かされているようで、なんだかやりにくい。
「どれ。ちと借りるで」
「借りるで」って言い切る前に、僕の手からパソコンをひょいっと取った。思い返せば面と向かって自分の文章を読まれるのは初めてじゃないか? 今までは作家や小説家、エッセイストを目指す人達が集まるサイトにいくつかは投稿していたけれど、特にこれと言った反応やコメントはなく。書き上げた満足感をより深く長く感じるために、ほぼほぼ自己満足としての投稿だったなぁ。
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あれ、ミックスジュースって確かここ大阪が発祥だったっけ。昭和の時代にどっかの果物屋が残り物のフルーツと牛乳を混ぜて売り出したのが始まりみたいな記事? を見たことある気がする。
だからさっきミックスジュース頼んだ時にニヤッと笑われたのか。大阪人の優越感みたいな感じで。
「ミックスジュース言うたら大阪発祥でんがなぁ!」
とか思ってそうだもんなこの人。
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ところで姉はいつになったら来るのだろうか。もう3,40分は2人きりで、しかも原稿読み始めちゃったから僕としてはとても気まずい。出来れば1分でも早く来て欲しいところ。
まず姉さんが呼んだくせに本人が遅刻って一体どういう了見? 昔からそうだあの人は。時間にルーズと言うか大雑把というか。弟としては心配です。ちゃんと社会人としてやっていけてるのかしらもう。
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「ん、ザーッとやけど読ましてもろたわ」
そう言いながらパソコンを僕に戻す。
「16歳にしてはやな」
「と、言うと?」
「そのままや。読める文章にはなっとる」
自分でもそう思う。16歳にしてはそれなりの文章は書けている自信は確かにある。自慢するつもりは無いけど読んできた本の数がそんじゃそこらの16歳とは桁が違う。
「ああ、あれやで。別に褒めてる訳ちゃうねんで。
文章にはなっとるだけで作家という観点で見たらまあ、駄作もええとこやな」
反射的にキッと向けた僕の目を捉え、続けてこう言う。
「B級、いやC級? A,B,C,D,E,F,G,H.....S級! あっ、それやとA級よりも上になってまうんか。ほなT級や。なんでAよりSの方が上なんやろな、アルファベットの序列はよう分からへん」
T級…? T級って何…? 聞いたことないんですけど。大体相場はS A B Cくらいじゃないんですか? そこにA+ S-とかがあるくらいで。
だめだ。初対面のおっさんに腹が立ってきた。いや、初対面だからこそ腹が立ってきたのか。
まずこの原稿、未完成だし。見せられるレベルまで仕上げて無かったし。見せるつもりならもっと良い文章書けてたし。いきなり「見せろ」って言われて見せたら、どの作家も大体こんなもんだと思うし。
まだまともに人に見せる文章を書いたことない人間が、最初からそんな面白い文章書けると思ってんのかよこのおっさんは!
さっきミックスジュース頼んだ時ニヤッと笑ったの、今また腹たってきた!
「なんや悔しそうやな」
そう言ってまたニヤッと笑う。
「まだ完成もしてへん作品読んで分かった気になって。プロでもないのに最初からそんなおもろい文章なんか書けるか。 大体このおっさん胡散臭いねん。ってとこやろな」
僕の声、喋り方を真似しながら関西弁を喋るな。余計に腹が立つ。
「よっしゃ、ええ事教えたろ。作家やろうと営業職やろうと飲食店やろうと。客が評価の基準にするのはモノやねん。作家やったら、作品がおもろいかおもろないかだけや、厳しい話やけどな。そこにデビュー作も晩年作も関係あらへん。おもろい本は売れて、おもんない本は最後まで読まれることなく消える。そういう世界や」
わかってる。わかってるからこそ口をつぐむ。
「それともう1つ。近い歳で君レベルの作家志望は掃いて捨てるほどおる。もっと言えば君くらいの年齢で、ワシの作品なんぞ読書感想文に思えるくらいのバケモン作家もおる」
─掃いて捨てるほど。わかっていたつもりだが、大の大人から直接こう言われると重さが違う。
─ワシの作品なんか?
「那須さんも、書くんですか」
「まあちょっとはな」
入り口の安っぽい鐘がなる。音につられてドアに視線を向けると、黒髪ではあるがメイクはバッチリで肩の布がずるむけたような、12月には布不足としか思えない服装の少し派手めな女性が1人入ってきた。左手には白いダウン。
那須もゆっくりと振り向く。
「おー!結愛ちゃん!こっちやこっち!」
姉である
「ごめんね〜遅れちゃった! 弟と話は出来た!?」
少し頬が紅潮して眉間にシワがよっているのを見ると、恐らく走ってきたのだろう。ダウンも脱ぎたくなるか。
「もちろん!おもろい子や、ありやと思うで」
僕はおもろい事を言った覚えは無い。
「え〜良かった〜! 話進んでなかったらどうしようって思ってた〜! しかも私遅れちゃったし琢生って人見知りすごいから、会話になるか心配だったの〜! あ、ミルクティー! ホットで一つお願いします!」
なるほど、このおっさんは多分姉の客か。よく喋るのが2人に増えた。混ぜるな危険が今目の前で混ざった。
「ふぅ! 那須さんはこの後会食だっけ?ごめんね〜忙しいのに!」
「いやいやかまへんのよ。しかし最近どうも量が入らへん。60過ぎればそんなもんか」
「食べ過ぎて太るよりはいいんじゃない〜?食べる量よりお酒飲む量の方が心配なんですけど」
「それもそうやな。休肝日として今日は控えめにパパッと終わらせて、大人しく帰るとしよ」
姉が来た途端、二人の世界が出来上がりつつある。ここはまだキャバクラじゃないぞ。純喫茶の濃度は薄まって、その代わりに未成年にはまだ少し刺激の強い、知らないはずの夜の匂いが漂ってきた気がする。
「ほら自分もはよ飲まな。ミックスジュース薄くなんで」
ほぼ口をつけずに置いたまま忘れてた。
「あ。やっぱりミックスジュースは大阪発祥だからこだわり? 薄くなる前に飲まんかい!みたいな?」
なんだ、意外と姉も知ってたのか。
「ええ、ここが発祥なんか! 知らへんかった!たこ焼きやらお好み焼きやら。やっぱええもん作るわぁ、 さすが大阪やな!」
もうほんとなんなんだこの人…。
「どうや、島根の田舎から大阪出てきて。楽しいやろ?」
決まったようにニヤッと笑う。今は大阪どうこうより、あなたにT級とか意味不明なこと言われて気分は最悪です。と言いたい気持ちは、若干水っぽくて少し繊維っぽいミックスジュースと一緒に喉の奥に流し込んで言ってやった。
「関西人風に言うなら。ぼちぼちでんな」
「ほお! ようわかっとるやないか! まぁまた今度ワシんとこ来てみぃ、住所なんかは結愛ちゃんに送っといたるさかい!」
そう言うと那須のおっさんは1万円を机の上に置いて、満足したように店を出ていった。
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