人生いろいろ、短編いろいろ
みそ
くらげ
暗めの照明が落ち着く、くらげの展示コーナー。
明かりは順路を間違えないくらいに最小限で、薄暗がりの中、煌々と照らし出されているのはくらげの水槽。
ぷかぷかと水槽を漂うくらげたちにも個性があって、誰もが思い浮かべるUFOに触手がくっついたようなくらげ、細長くて自ら発光するくらげ、手のひらサイズくらいで触手が波打ったようなくらげ、などと見ていて飽きない。
そう思っていたのは30分ほど前までで、さすがにそろそろ飽きてきた。いやもう、飽きてきたというか、正直言って、飽きた。
なぜ僕がすっかり飽き飽きした水槽の前に忠犬のごとく居続けているのかというと、話は簡単。
「………」
口を半開きにして、水槽に触れるギリギリまで顔を近づけている女の子。彼女とのデートに水族館に来ているからだ。
水槽の明かりに照らされたその横顔はくらげなんか比較にならないくらいきれいで、つい見とれてしまう。
ただでさえ白い肌は照明と相まって透き通ってすら見える。繊細な長いまつ毛に縁取られた大きな目は潤んでいる。たぶん目をかっぴらいてくらげを見続けているせいだ。全然まばたきしないのがちょっとこわい。高い鼻はくらげより優美な曲線を描き、半開きの唇は間抜けなのにそれでもどこか品を感じる。
まだ僕だってそんな距離まで顔を近づけたことないのにと、水槽にちょっと嫉妬してしまう。
いや、違う違う。そんなバカなこと考えてないで、さすがにそろそろ先へ行こうと促してもいいだろう。
「リノちゃん」
隣で呼びかけたけど反応なし。もう一度呼びかけてもおんなじ。微動だにしない。なんだこの集中力。ゾーン的なやつなのか。
仕方ないから顔と水槽の間に手をすっと差し込むと、ガバっと僕の方を向いた。大きく見開かれた目がちょっとこわい。
「あれっ、アキくんいたんだ」
「いたんだって…」
忘れ去られていたなんてさすがにショックだ。
「そろそろ次のとこに行きたいんだけどいいかな?」
「えっ、はい。どうぞ」
順路はあちらですよと手で丁寧に示される。いや、ちょっと待ってくれ。
「どうぞって、一緒に見て回らないの?」
「えっ、水族館って個人行動じゃないの?」
んっ、と首をかしげ合う僕らの横を、仲良く手を繋いだカップルが楽しそうに歩いていく。順路に沿って。
「あっ、なるほど。そういうものなんだ」
それを見たリノちゃんが手を打って納得して、思わず笑ってしまう。なんだか、それだけで好きだなって強く思ってしまった。
「いや、いいよ。個人行動で。強く惹かれるものは違うもんね」
「そうだけどさ、やっぱりせっかく一緒に来ているんだから、君の興味があるものを私も見たいよ。となりで見てたい」
ニコッと笑ってそう言われると困る。あまりにも可愛すぎて。
「そ、そう。じゃあ一緒に行こうか」
「うんっ」
直視していられなくて順路を向いて歩き出す僕の隣に彼女も並び、どちらともなく手を取って進んだ。
「ちなみにアキくんはなにが好きなの?」
「コブダイ」
「えっ」
「昔からなんかあの力強いコブが好きなんだよねえ。こう、何にぶつかっても無敵って感じでさあ」
「へ、へえ、そうなんだ…」
コブダイのいる水槽の前には五分くらいしか立たせてくれなかった。不平等を感じずにはいられなかったが、今日は一緒に見られただけでもよしとしておこう。
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