コールド・スリープ
かんざし こころ
第1話 コールド・スリープ
「また、100年後に会おうね。」
すっかり雨も降り落ち、お互いから溢れるものは何もない。ただ、腫れぼったくなった目元を無理やり細めるように、彼女ははにかんで続ける。
「もし、先に起きても浮気なんて絶対ダメだよ。」
最後まで彼女は、僕を笑わせてくれる。
「いつまでも待ってるよ。」
白衣を着た中年の男が僕たちに聞く。
「……心は決まっていると思うけど、最後にもう一度、確認します。本当にコールド・スリープに同意しますか?」
二人揃って「はい。」と、答える。
迷いはなかった。彼女のいない数年を過ごすくらいなら、起きれるか確証のない未来に賭けてみたい。そして、あなたと生きたい。
「わかりました。それでは、お二人ともお元気で。」
男がなにやら操作をすると、棺桶状のポッドのガラスの天板が、ゆっくりと落ちてくる。
完全に閉まる前に彼女は言った。
「おやすみ。」
どんな顔をしていたのかはわからない。
その言葉を待っていたように口を開く。
「おやすみなさい。」
天板が閉まりきり、ガチャとロックがかかる音がする。ポッドのなかには徐々に冷気が充満し、柔らかい眠気がやってくる。
また、家族と友達と彼女と会えたらいいな。そう思いながら目を閉じた。
――光。
わずかに開いた瞼から冷たい光が射し込む。蛍光灯と、知らない天井だった。それほど寝たつもりはないのに、思うように身体が動かない。こんなに寝起きが悪かっただろうか。
僕の反応をキャッチしたのか、看護師らしき女性が駆けつけ、急いで誰かに電話をかける。
ああ、そういえば僕は凍っていたのか。今更ながらに気がついた。
少し経ってから、最後に見たのとは違う男が訪れた。何個かの質問や問診に答えるうちに、だんだんと身体の動かしかたを思い出してきた。
一通り先生の話を聞き終えて、僕は質問する。
「隣にいた子は、どうなりましたか?」
「それは今から来る人に聞いてくれ。」
責任の所在を押し付けるように言って部屋を出ていった。
しばらくして、ノックの音と声が聞こえる。
「失礼します。」
白髪混じりの女性が部屋を訪ねてきた。
「初めまして。」
彼女は、僕の頭から足までをゆっくりと見る。
「……初めましてなんですが、なんというか。」
何か言い淀んでいたが、その女性はバッグから一枚の封筒を差し出す。
まだ、完全に取り戻したとは言えない指先で封を開ける。
彼女の名前だった。
ただ、あの頃の、かわいい丸文字の面影はなく、どこか高尚な文字になっていた。
『おはよう。私のほうが先に起きたみたい。
一緒に起きる約束だったけど、お父さんとお母さんが、どうしてもって言ったみたいで先に起こされちゃった。
私も、あなたに会いたかった。
娘と孫は、よろしくね。歳は上だけど。』
女性が口を開く。
「初めまして、お父さん。」
コールド・スリープ かんざし こころ @kokoro_kanzashi
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