第9話 これからよろしく②

 

 ホッと一息ついていると、不意に、チョイチョイと左腕の袖を弱い力で引っ張られた。ん?、と反射で左隣を向く。その瞬間、パチリと。泣きぼくろが添えられた瞳と目が合った。


『...内緒なら内緒でいいんだけど、黒瀬くんは今、彼女さん、いる...?』


 ややこちらを覗き上げるように向けられた顔がどことなくほんのり赤みが差しているように見える。いや、傾いた陽の光のせいでそう見えただけかもしれない。けれど、真っ直ぐ見つめてくるキラキラと潤った瞳は見間違いなんかじゃない筈だ。

 即座に身体がカッと熱くなる。


『っ、いっ、いないっ...いない、から...』


 顔が燃えるように赤くなるのを誤魔化せない気がして、白峰さんとは反対方向へ顔を背ける。素っ気ない態度だとかそんなことを気にしている余裕はない。ただ、恋愛関連の話題の最中に好きな人から真っ直ぐ見つめられる恥ずかしさと、[彼女がいる]と誤解されたくない気持ちが咄嗟に強く出てしまったのだ。


『...黒瀬、お前ってやつは...』


『...黒瀬くん、流石にウチでもなんとなく分かっちゃうわ...』


 前の席2人が呆れを含むような脱力気味で声を発した。言葉端から2人の言いたいことが分かってしまって恥ずか死ぬ。完全に2人にはバレている。何故バレた?赤くなった顔を見られたか?顔を背けたのが露骨過ぎたか?それとも否定が必死になり過ぎたか?心当たりありまくりすぎだろ俺。そりゃバレるわ当たり前体操。


『そっか...私と一緒だね』


 なおも意地で逸らしている頭の後方から、白峰さんの独り言じみた呟きが聞こえてきた。


(もしかして...白峰さんには、気付かれていない...?)


 未だアピールも何も出来ていないこれからだってのに恋心がバレて失恋は最悪すぎだろと想像で絶望していた反面、未だ肝心の本人にはバレていない可能性の浮上に僅かな希望が差す。

 本人にさえバレてなければセーフだろ。いや、周りの人にこんなにバレバレなら近い内に本人にもバレるだろ。脳内では何がセーフで何がアウトか考えれば考えるほど訳が分からなくなっていった。


キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン


 幸か不幸か、このタイミングで鳴り出す6限目開始の放送チャイム。あの後ヤマ先と体育委員長・副委員長の仕切りで始まった委員会定期集会だが、6限目終了のチャイムが鳴るまでの間に話された内容の半分ほどは全く頭に入ってこない状態だった。




 ヤマ先の『今日の集会は以上!解散っ!』の合図で各々席を立つ生徒達。集会中に持ち帰り用として配布されたプリントには大まかな年間活動スケジュールと今年度の体育委員メンバー全員の名前が記載されており、話をよく聞いていなくても把握できるようにと、今回の集会で押さえておかなければならない要点が簡潔にまとめられているものだった。


『黒瀬くん、一緒に教室へ戻ろうよ』


 話を約半分しか聞いていなかった俺にとっては無くてはならないプリントを確と手に持ち席を立つと、その隣席から立ち上がり、行きと同じ感じでまた俺を誘ってくれる白峰さん。

 6限目が始まる前と何ら変わらない雰囲気に、[白峰さん気付いていない説]が自分の中で濃厚となった。意識されていないみたいで少しばかり悲しい気持ちもあるが...同じクラスで同じ委員会に属しているからには、アピールする良いタイミングはきっとこれから沢山やってくる筈だ。


『いいよ』


 数十分に渡る集会の時間が良いクールダウンになり、頭の中は割と整理出来た。バレたバレてないといくら焦ったところでなるようにしかならないのだから、今はただ、白峰さんとの心の距離が少しづつでも近付けるように出来ることを頑張るだけだ。


『...白峰さんは陸上部に入ってるって言ってたけど、体育委員忙しすぎて部活に影響とか大丈夫?』


 先ずは少しづつ、初歩的な日常会話からだけでも。


『今日の話を聞いて体育委員の仕事って意外と多いなって確かに思ったけど、毎週のように放課後活動しているって訳ではないみたいだし、これくらいなら全然大丈夫かな』


 心配してくれてありがとうと微笑みを向けられ、ついぶっきらぼうに視線を明後日の方向に向けつつ『別に』と返してしまう。


(『別に』って何だよ俺っ!もっと他に言い方あるだろ俺っっっ)


 他者から送られる感謝の言葉や褒めの言葉に対してぶっきらぼうな台詞で返してしまうのは、昔からの俺の悪い癖だ。母親からは『咄嗟に上手く[嬉しい]って気持ちを表に出せないところは、あなたのお父さんにソックリね』と教えられていた。


『あっ、白峰さんと黒瀬くん!教室戻るのちょっと待って!』


 退室前に声をかけてきたのは、白峰さんに[彼氏の有無]を質問してくれた勇者ーーーもとい、茶髪の彼女。


『ね、これも何かの縁だし、ウチは2人ともっと仲良くなりたいからさ、LINE交換しようよ!あ、ウチの名前は窪田美代。相楽っちと同じ2年1組、よろしくね!ってことでお願いどうかな?!』


 茶髪の彼女ーーー窪田が、カバーをシルバーやピンク系のストーンでデコりまくりのスマホ片手に『何卒LINEの交換をっ!』と申し込む。


『私は全然構わないよ』


 白峰さんは躊躇うことなくブレザーポケットからスマホを取り出し、フェイスIDでロックを外しLINEアプリを開いて見せた。それを見て窪田が嬉しそうに『やったぁ!』と上げた声と、少し離れた位置から『ちょっと待てぇい!』と武士のような切り込み声が重なって教室内に響く。

 なんだなんだと窪田さん含む3人で先程の切り込み声の発声源と思われる方へ顔を向ければ、そこにいたのはなんと今期の体育委員長だった。一歌と同じくらいの背丈を持ち、且つ、柔道部部長の肩書きに見合ったガタイも申し分ない。黒髪はワックスである程度固めているのかキッチリとしたオールバックで、顔はやや強面気味。名は確かーーー長田国広先輩だ。


『突然入って悪い。気になる話がつい聞こえたものでな...。ここで一つ、提案がある』


 放課後に上級生の、しかも強面気味でゴツい身体の持ち主から話しかけられているとあって、俺達3人の間に緊張感が走る。委員長から怒気は全く感じられないが、対人格闘を嗜む者特有の圧力に似たものは発されているように感じた。

 教室内は、俺達以外の残っていた生徒も含めて静まり返っている。皆、委員長の動向を注視していた。そんな中一番に動き出したのはやはり長田委員長で、ブレザーのポケットに徐に手を突っ込みスッと取り出してみせたのはーーースマートフォン。


『俺は体育委員長だから、きっと新メンバーであるお前たちにとって役立つ時がくるはずだ。と言う訳で、俺ともLINEを交換してくれ!』


(...いや、何でだよっ!)


 同級生同士のやり取りの間に割り込み堂々とLINE交換を申し出てきた委員長は、冗談とは思えない真剣な表情だ。にしては、納得し難い理由である。俺達3人以外にも新メンバーは他にも沢山いるため、教室全体にではなく俺達に向かって声を掛けてきたのは、正直別の思惑が委員長にあるからとしか思えない。


(ハッ、まさかっ!委員長も白峰さん狙い?!)


 警戒のボルテージが一気に上がり、思わずキツめの視線で委員長を見遣る。それに気付いたのか、途端に真剣な表情から眉をやや下げた焦り顔に表情を変え、『いやっ、断じて邪魔立てするつもりは全くない!』と俺の心の声を読んだみたいな台詞を述べ出した。

 もしかして妖怪サトリか?

 怪しんでいる間に委員長は急接近しており、背中から回された逞しい片腕でガシリと肩を掴まれていた。


『えっ、ちょっ、何』


 こんなに体格差のある相手からガッツリボディタッチをされた事がなかった俺は、敬語も忘れて捕獲された小動物のようにガチガチに固まる。そんな緊張状態など気にもしていないのか、委員長は更に顔まで俺の横顔に近づけてきた。


(ま、まじでなにっ?!)


 身体が勝手に何かしらの衝撃に備えようとしてギュッと目を閉じる。

 しかし実際に降ってきたのは、俺にしか聞こえないぐらいに潜められた一言だった。


『俺は応援してるからな、黒瀬』


 どちらかと言えば優しげな声音で、思わず委員長を見上げる。それと同時にパッと身体を解放されて、委員長は間に距離を少し取るように一歩横にズレた。


(?、応援って...っ!、まさか、さっき言ってた[聞こえてきた気になる話]って...恋人うんぬんかんぬんのくだりのことかっ?!)


 荒ぶる心の声に肯定するかのように、委員長はサムズアップしてみせた。最悪だ。同級生どころか先輩にまでバレている。というか、委員長なんでナチュラルに心の声を読んでくるんだ。やはり妖怪か...いや、応援するって言っているからキューピッドなのか?にしてはゴツすぎだろ。

 呆気に取られていると、どこからか更に割り込む声が一つ。


『そう言うことなら副委員長である私の連絡先もきっと役に立つでしょうから、私とも是非交換しましょうよ』


 まさかの副委員長の登場である。

 後頭部でお団子に結われたヘアスタイルに健康的な日焼け肌が特徴の、テニス部部長の肩書きを合わせ持つ先輩。彼女は視線が俺と合うなり委員長と同様にパチンとウィンクをしてみせた。

 俺はまたしても察する。


(なんで副委員長にもバレてんだよ...)


 しかも驚くことに、副委員長のLINE交換発言を受けて周囲から立候補者が次々と増え出す。


『ズルいぞ委員長と副委員長!俺もLINE交換したかったけど遠慮して言えなかったのに!』


『私も去年体育委員だったから役に立てるよ!私ともどうかな?!』


『黒瀬先輩っ!俺ともLINE交換して仲良くしてくださいっ!』


 気付けば、学年問わずやんややんやと騒ぎになった。これはいかんと委員長がその場を鶴の一声で沈めたのは流石委員長といったところ。

 あの後は結局、体育委員専用LINEグループを立ち上げてそこに皆入ろうという結論で纏まり、あの時既に退室していた他の体育委員メンバーには後日参加招待をすることとなった。

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だって世界はいつも綺麗だ 竜胆 @rindo1608

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