第7話という名の閑話 作戦決行日の通学路にて



『ーーーって感じらしくてね、マブダチのかけるが元体育委員だったんだけど、体育委員で良かったってよく言ってたんよー』


『へぇ。ちなみにその[マブダチのかける]って、私達と同じクラスになった結城翔くん?』


 うんと頷けば、隣で自転車を手押ししながら共に歩く少女ーーー白峰彩月は『お、当たったね』と笑った。

 カラリと、まるでよく晴れた日の青空みたいな爽やかな笑顔。昨日見た自己紹介の時のクールな雰囲気と相まって、取っ付きやすい美人といった印象を受ける。


『すごーい。なんで分かったの?勘?』


 疑問を投げ掛ければ、『勘じゃないよ。別クラスで私自身全く接点は無かったけど、清水くん達は人気者だから、よく名前とか噂話とかはコッチにも流れてきてたかな。それで仲がいいって知ってたの』と答えてくれた。


『えー、噂話ってあることないこと言われてそうで俺、嫌だなー。...ねぇ、例えばどんなの?』


 やや下がった気分を誤魔化すように、歩きながら目についた小石を軽くローファーの爪先で蹴飛ばす。通学路であるアスファルトの上をコロコロ転がる石の音が、シンプルな青色ボディの自転車の車輪がカラカラと途切れず回転する音に混じった。


『んー、例えば...[清水くんは実は幼い頃ピアノを習っていた]とか、[結城くんは一年生なのに三年の先輩を抑えて公式戦のスタメンに選ばれた]とか...あと、[黒瀬くんが去年ミスコンで優勝した先輩に告白された]とか、[森本くんの身長は今183㎝もあるらしい]とかだね』


 本人や本人と仲が良い友人である俺に気を遣ってくれたのか、はたまた、ただ耳にしたことがないだけか。それは定かではないが、噂話の中でも比較的悪意を感じられない内容のものを彼女は俺に教えてくれた。


『ふーん...まぁ、全部嘘っぱちではないなぁ。いちかの身長はどうか知らないけどねー。まだ成長痛するって言ってたし』


『てことは、清水くんのピアノ習ってたって話は本当なの?』


 チラリと横目に俺を伺いながら、白峰さんはそう尋ねた。

 彼女の長くて、けれど結われていない柔く軽そうな黒髪が、進行方向から吹く風に乗ってふわりと重力に逆らう。

 腰辺りまで伸ばされたサラサラの黒髪は、自分の想いとは裏腹に母親を思い出させるから、彼女を直視するのは少し苦手だ。


『...ほんとだよ。すぐに辞めたから弾き方なんてとーっくの昔に忘れたけど』


『そうなんだ。みんな意外だって言ってて、私は意外かな?って思ってたから、ちょっと気になってたんだよね』


『えー、なんで白峰さんは意外だと思わなかったの?自分で言うのもあれだけど、ホラ、俺ってチャラ男キャラじゃん?』


 見た目からして派手だし、と付け足すように言えば、白峰さんは『確かに髪色もピアスもやんちゃしてるね』とクスクス笑った。でもね、と。彼女は俺としっかり目を合わせて、


『清水くんはやんちゃな見た目してるだけの、普通の男子高校生だと思うんだ。授業はよくサボるって訳でもないし、すぐ喧嘩するような短気には見えないし。それに私、清水くんがピアノ弾いてる姿、絶対かっこいいだろうなって思ってたんだよ』


 心の深い部分をそっと優しく撫でられるような、そんな言葉を口にした。


(...まさか、白峰さんからあの時と同じようなセリフを聞くとは、ね)





[別に、意外でもないと思うけどな。小さい頃からお前がジャイアンみたいなガキ大将だったって言うならそりゃ意外だけど、お前見た目がチャラいだけで普通に良い奴だし。...まぁ、ピアノが嫌いな理由とか俺からしてみればどうでもいいから詳しく聞かないけど、お前がピアノ弾いてる姿は上手い下手関係なく、かっこいいだろうなって思うよ]





 今でも鮮明に覚えている。去年の茹だるような暑い陽射しの中で、彼ーーー黒瀬透が、俺を救ってくれた言葉を。




(...とおるに相応しくない性格ブスな子だったら、とおるに多少嫌われてでも恋路を邪魔してやるつもりだったんだけどなぁ)


 これで俺が邪魔なんてしたら、馬に蹴られそーじゃんね。

 

『...ピアノの噂が本当ってのは周りにはナイショにしてね。弾いてみてよって言われても弾けないから困るし』


『分かった。私、口堅いから安心してね』


『それ、口が軽い人のよく言うセリフじゃねー?』


 確かにそうかも、と2人で笑い合う。


『あ、話だいぶ逸れちゃったけど、体育委員がオススメって話はマジだから、良かったら入るの考えてほしいなー』


『ふふっ...清水くんってさ、自分は体育委員に入る気全くないのに私にすごい推してくるけど、何か私に、どうしても体育委員に入ってほしい理由があるのをあまり隠す気ないよね』


 可笑しそうに笑う白峰さんに『バレちゃったかぁー』と態とらしく観念してみせる。

 白峰さんの言う通り、[体育委員に入ってほしい事情がある]ことを彼女に隠す気は最初から無かった。


『とおるがね、今度体育委員に入るって言ってたんだ。だから、女子の枠で白峰さんはどうかな?って思ってさー。とおる目当ての女子が一緒に入ってとおるの意思に関係なくベタベタされちゃうと、俺やかける...特にいちかはすーぐキレちゃうからねー。その点、白峰さんは安心かなって思って声掛けた訳』


 気付かれなかったなら勿論それで良し。もし気付かれたとしても、それっぽい建前を話してしまえばいい。まぁ、[とおるの恋人でもない女子にベタベタされたらキレる]のは本当だけど。


『...やった。良いこと聞いた』


 僅かに弾んだ声で呟かれた台詞に彼女の方を向けば、片手で自転車を押しつつ風に靡く黒髪を片耳に掛けながら、喜色を滲ませた表情を浮かべていた。


『?、良いこと?』


 どの部分が彼女の言う[良いこと]なのか咄嗟に分からなくて首を傾げる。


『...清水くん。私からも内緒のお願いがあるんだけど、いい?』


 勿論と頷けば、彼女は首を振って辺りを見渡す素振りを見せた。内緒と言うのだから、話が聞こえてしまう距離に人がいないか確認したのだろう。俺と同じ電車に乗ってきた生徒が何人か同じ通学路を使ってはいるが、話しながらゆったり歩いていた俺達より幾分か前を皆歩いており、余程の地獄耳じゃないと聞こえないだろう距離だ。

 パッと見、近くにその他の人影は見当たらない。安全だと判断したのか、彼女は『よし』と声をこぼす。

 

『今から話すのは秘密ね。実は...』


 念を入れてなのか、ややボリュームを下げた声で告げられる内緒話。




『黒瀬くんと何か接点が作れないか、前から色々考えてたんだ。だから入るよ、体育委員に』




 思わず歩みを止めてしまった両足。つられて彼女も2歩ほど先で立ち止まる。

 パカリと口を開けてマジで?と呟く俺に、白峰さんは『黒瀬くん目当てでごめんね』とイタズラがバレた子供みたいに笑って見せた。


『黒瀬くんの嫌がる接触は絶対しないって誓うよ。教えてくれてありがと』


 じゃあ私先に行ってるからとだけ最後に言い残して、彼女は手押ししていた自転車に乗り颯爽と走り去っていった。


(...とおる、全然脈アリじゃん)


 作戦決行日の朝、午前8時前後。

 俺一人だけが、成功をジワジワと予感していた朝だった。

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