さみしさを餌にするお化けと、さみしさを強制する人間
風間えみ
さみしさを餌にするお化けと、さみしさを強制する人間
「ねえ裕子」
「なに……っ!? あ、あぁぁっ」
裕子がその場に崩れ落ちる。
目の焦点は合わずに、ピクリとも動かない。
ただ息をするために体の機能が動くだけ。
まただ、またやってしまった。
「大切な友達だったのに。また、また食べちゃった……」
この子はもう、動かない。
しゃべらない。
何の感情も持たない。
感情は私が食べてしまったから。
「どうして、空腹を我慢できないんだろう。今度は絶対食べないって決めてたのに」
後悔の涙が出るのに、裕子の感情はとてもおいしくて舌なめずりをしてしまう。
私は普通の食事では栄養が取れない。生きていけない。
代わりに人の感情を糧とする。
どうしてそうなのかはわからない。
でも、ずっとずっとそうだった。
みんなのように両親はいなく、いつも一人だ。
「もう……この学校にも行けないな。裕子がいない学校に行っても意味がない」
学校は裕子がいるから行くためのものだった。
裕子としゃべって遊んで、そのための場所。
そんな場所で、裕子がもう二度と学校に来られないという連らを聞くのが怖い。
「私……どうしたらいいんだろう」
もう食べないと決めた。
それで飢えて死んでもいいと決めた。
それでも飢餓には逆らえなくて、食べてしまう。
いつもこの繰り返し。
人のいないところで一人でいられれば、飢えて死ぬことはできるかもしれないけれど――
「でも、寂しい」
私だって、人と会いたい。
いろんな人と話して、話題を共有したい。
一人ではできないことがしたい。
一人は寂しいから。
人と会いたい。
「でも、次こそは我慢しなくちゃ。お腹が減っても、感情を食べないようにしなくちゃ」
私はそう決意して、その場を離れた。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
私が次に住処を見つけたのは、一つ隣の県。
そこで学校には通わず、カフェでアルバイトして生計を立てている。
寂しいけれど、友達を作るのはまだ少し怖い。
「お疲れ様、休憩は言っていいよー」
「はい、ありがとうございます」
私より先輩の真由さんが肩に手を置いてそう言ってくれる。
この人はボディタッチが多くて少しびっくりする。
嫌ではないけれど、裕子も同じだったから。
友達になれるかもと錯覚してしまう。
「気を付けなくちゃ」
今度こそ人を襲わない。
どんなにお腹がすいても、感情を食べてしまわない。
そう決めたんだから。
10分の休憩を終えて戻ると、真由さんが少し心配そうに私を見ている。
「顔色あんまりよくないけど、体調悪い?」
「いえ、大丈夫ですよ。よく言われるんです、元気なのに顔色悪いって」
「そう、じゃあもともと色白なのね。ごめんね、変なこと言って」
「いえ」
真由さんは優しい。
いつも周りを見てる。
誰にでも平等で、好かれている。
ここのみんなのお姉さん的な立ち位置。
そんな人を食べてしまってはだめだ。
仲良くなりたいけれど、近づいてはだめだ。
仲良くなった人の感情ほど、おいしく感じてしまうのだから。
私は真由さんと離れて接客を開始する。
この日は真由さんと目を合わせないようにして過ごした。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様ー」
私の言葉に真由さんが笑う。
更衣室を出て、お店を出ても、真由さんが隣にいた。
真由さんは私とは正反対の方向にいつも買えるのに。
「あの……?」
「こっちに用事があるんだ。おいしいパン屋さんがあるんだ」
「そうなんですか……」
どうしよう。私も用事を作って離れるべき?
でも今からだと不自然にならない?
どうしよう。
「ごめんね、一人でのんびり帰るところを邪魔しちゃって」
「あ、いえそんなことは……!」
しまった、否定しちゃった。
真由さんは安心したように笑っている。
「よかった。あなたはいつもあまりしゃべらないし、誰ともかかわりたくないみたいだったから。嫌がられるかなって」
「……その、人見知り、なんです。それを直したくて接客業を選んだこともあって……」
「そうだったの。お客様には接客態度もいいし、よく笑うから人見知りとは思わなかったな」
真由さんは次々と話題を振ってきて、私はつられたようにそれにこたえていく。
離れなきゃと思うのに、久しぶりの人との交流はとても安心する。
「あ、ここここ。私のお気に入りの蒸しパン屋さん」
指さすのは、モールの入り口にちょこんと置いてあるキッチンカー。
私もよく見かけるけど、蒸しパンを撃っているとは思わなかった。
食べ物には興味を持てないから。
真由さんはにこにこと楽しそうに注文をする。
「蒸しパン二つください」
注文する真由さんに私はぺこりと頭を下げる。
「お疲れ様でした、これで失礼しますね」
「ああ、待って待って」
頭を上げた私の目の前に、蒸しパンが差し出される。
「付き合ってくれたお礼。おいしいから食べてみて」
「あ、ありがとう、ございます」
「じゃあね、お疲れ様」
真由さんが私に明るく笑って手を振っていく。
私はもう一度頭を下げる。
手には暖かくて柔らかい蒸しパン。
行儀が悪いけれど、試しに一口かじってみた。
出来立ての蒸しパンは、熱くて、柔らかくて胃にすとんと落ちていった。
きっととてもおいしい蒸しパンなのに、味覚もなければ空腹が満たされないのも悲しい。
それから真由さんは、今まで以上に私によく話しかけてくるようになっ。
孤立している私を気にしてい暮れているのかもしれない。
困る。
私も真由さんと話がしたい。
仲良くなりたい。
でもそうするといつものパターン。
空腹を我慢できなくて襲ってしまう。
そうなったら真由さんはもう動かない。
「我慢しなくちゃ」
「ん? 何を我慢するの?」
「えっと、えっと……ほしいものがあって、でもその……」
「ああー、金欠?」
「そんなところです」
ごまかす私に、真由さんが笑う。
「じゃあお金貯めて、早く手に入れないとね、なくなっちゃったら大変だ」
なくなっちゃったら困るんだ。
真由さんがいなくなっちゃったら。
こんなに優しい人なのに。
誰ともしゃべらない私にも話しかけてくれるいい人なのに。
私はそんな人をおいしそうだと思っている。
このバイトは辞め時なのかもしれない。
そう思っていても、なかなかやめますとは言えない。
だって寂しい。
真由さんと会えなくなるのがとても寂しい。
だから、やめますと言えずにずるずると働き続けている。
真由さんを襲わないように気を付けながら。
今日は真由さんと、バイト終わりにお茶をしに行く日だ。
お茶に魅力は感じないけれど、真由さんとの時間は耐えがたい。
よくないと思っていても、やめられない。
「ねえ、今日は内に遊びに来ない? 突然のお誘いになっちゃったけど」
「え……?」
突然、真由さんにそう言われて、私は戸惑う。
真由さんは情けない表情で笑いながら言った。
「昨日ね、ご飯作りすぎちゃって。私一人暮らしなのに、三人前はあるんだよね。だから、消費を手伝ってよ」
断らないと。
言ったらだめだ。
もうお腹がすいて限界なんだ。
断らないと!
そう思うのに、私の口は全然違うことを話してしまう。
「いいんですか?」
「よくなきゃ誘わないよ。来てくれたら嬉しい」
「いきます」
「ありがとう!」
断らなきゃいけないのに、私は快諾してしまった。
だって真由さんといるのは楽しい。
次々楽しい話題を提供してくれて、笑わせてくれる。
寂しい気持ちを忘れられる。
だからついついすがってしまう。
このままだと今まで見たいに食べてしまう。
よくないとわかっているのに、私は真由さんと二人で真由さんの家にいる。
「はい、召し上がれ。口にあうといいんだけど」
「いただきます」
真由さんが作った料理、味はしないけど暖かくて胃がポカポカする。
今日のバイト先の出来事を話しながら、楽しく過ごす。
でもダメだ。
離れないと。
真由さんを襲ってしまう。
いっそ話してしまおうか。
自分が感情を食べる生き物だった。
信じてくれなくても、頭のおかしい子には近づかないかもしれない。
真由さんが私を避けてくれたら、私はきっとバイトを辞められる。
真由さんを、食べなくて済む。
「今お茶入れるから待っててね」
「あの、その前にお話があるんですけど、いいですか?」
「うん?」
食後のお茶を入れようとした真由さんを引きとめる。
真由さんは好奇心いっぱいの笑顔で私の顔をのぞき込む。
私は大まじめに言った。
「私、普通の人間じゃないんです」
「そうねえ。あんまりしゃべらないし、最近の流行も知らない。若い子にしては珍しいわね」
「そうじゃなくて! その、私はお化けなんです」
「お化けぇ?」
真由さんが素っ頓狂な声を出す。
顔にはやはり好奇心がいっぱいで、私が何を言い出すのかとワクワクしている。
怖がらせなきゃ。
気味悪いと思われなくちゃ。
「私は、人の感情を食べるんです。私に食べられちゃった人は、息はするけどしゃべれなくて動けなくて、死んでるのと同じことになっちゃうんです」
私一気にしゃべった。茶々を入れさせないように。
「普通のご飯を食べても空腹が満たされなくて、人の感情が栄養になるんです。おいしくて、生きていける。感情を食べなきゃ、死んじゃうんです」
「今までたくさんの人を食べてきました。最近だと、栄高校の山本裕子。その前は、玉木ゆりか、城山みな他にもたくさん、たくさん食べてきました。今の名前調べてみてください。みんな、意識不明でずっと病院にいます」
親友だった。
みんな大好きだった。
だからなおさら食べたくて、我慢ができなかった。
今だって、真由さんを食べたくて食べたくて仕方ない。
真由さんを意識不明の状態にしたくない。
「私は人の感情を食べちゃう化け物なんです。だから、私に近づいたらダメなんです。今だって、お腹か好いてたまらないんです」
「じゃあ、私のこと食べていいよ」
真由さんの言葉に、私は思わず怒鳴る。
「嘘じゃないんです! 本当なんです!!」
「うん、だから、食べていいよ、私の感情」
真由さんはにこにこと笑っている。
こんな反応は想像していなくて、私は戸惑うばかりだ。
「……何を考えているんですか?」
「別に、あなたの言うことが本当だとして」
「本当です!」
「あなたになら食べられてもいいかなって。生きてても疲れたし」
生きてて疲れた。
真由さんには似合わない言葉に驚いて、私は真由さんをじっと見る。
真由さんは困ったように笑った。
「私さ、一人なんだよね。小さいころに両親なくして、祖父母に育てられたんだけど。邪険にされててねー。家を抜け出して働いて、寂しいからいろんな人と友達になったり、恋人作ったりしたけど」
真由さんが少しだけ真由を下げて、鳴いているみたいに笑う。
「友達はともかく、恋人はだめでさ。私が過干渉過ぎるのかな、うまくいかなくて喧嘩別れ。昨日も彼氏と別れちゃった」
「…………」
「ずーっとおんなじことの繰り返し。さみしいから人と話すけど、それでもさみしい気持ちは消えなくてつらくてさ。さみしいのも辛いのも嫌だから、感情を食べてくれるんなら、私はそれでいいよ。楽になれる」
真由さんの口から発せられる意外な言葉の数々。
こんな投げやりな言葉を言う人だとは思わなかった。
それでもうそを言っているようにも見えない。
言葉に嫌な重みがあった。
真由さんはにっこりと笑っている。
「だからさ、辛いのもさみしいのもしんどいのも嫌だから、食べられるなら食べてよ」
「……そしたら、真由さんは動けなくなる」
「それがいいよ」
「私は嫌です」
「食べたいんでしょ?」
「食べたいと思う自分が嫌なんです」
そういうと、真由さんが残念そうに笑う。
「ままならないねー」
「そういう問題ですか?」
「あなたが、さみしい感情だけを食べられればよかったのかな。そしたら私は寂しくなくなるし、あなたもお腹が膨れる」
「…………っ」
言われた言葉にはっとする。
そんなこと、考えたこともなかった。
特定の感情だけを食べる。
出来るだろうか。
もしできたら、真由さんは救われるだろうか。
真由さんが私と同じくさみしいなら、さみしい気持ちをなくしてあげたい。
「……試してみますか?」
「うんいいよ。失敗しても恨まないから」
そう言って真由さんは、両目をつぶってダイノジに寝転がる。
私は真由さんに多いかぶさり、口を大きく開ける。
真由さんの感情が心の中に入り込んでくる。
さみしい、辛い、痛い、そんな気持ちばかりがあふれてくる。
その気持ちをたくさんたくさん食べていく。
お腹に感情がたまっていき、じんわりと体が温かくなっていく。
ずっとだるかった体に気力がみなぎる。
霞がかっていた頭がパッと晴れていく。
気が付いたらお腹いっぱいになり、真由さんが倒れていた。
「真由さん!? 真由さん!?」
またやってしまった。
真由さんがいなくなってしまう――!!
涙があふれた時、真由さんが右手を挙げて小さく振った。
驚いて涙が引っ込む。
「真由さん?」
「なんか、貧血起こしたみたい。はは、体動かないや」
そう言って力なく笑う真由さん。
私は真由さんの隣にへたり込む。
「よかった。真由さんがしゃべってる。笑ってる。よかった……」
「うん。さみしさがなくなって、今疲れてるけどとてもいい気分だよ。またお願いしたいくらい」
「よかった、真由さん――」
それから私は真由さんの家で暮らすようになった。
真由さんのさみしい気持ちは、食べても食べてもなくならない。
一時的になくなっても、また増えていく。
私の存在では真由さんのさみしさは埋められない。
それが悲しくて悔しい。
それでも私は空腹感を感じることはなくなって、普通の人のように生きていける。
問題は――真由さんのさみしさが私の方にやってきて寂しさが倍になってしまうことだ。
真由さんと話していても埋まらない。
空腹が満たされても埋まらない。
さみしさが涙になってあふれてくる日々が増えた。
むなしくて、それこそいなくなってしまいたい。
それでも、真由さんが笑ってくれているのが嬉しい。
だから私は、今日も真由さんのさみしさを抱えて、真由さんと暮らしていく。
このさみしさはきっと罰だ。
今まで感情を奪ってきた人たちの苦しみなのだと言い聞かせて。
私はまだ真由さんと一緒に暮らせている分、幸せなんだ。きっと……。
さみしさを餌にするお化けと、さみしさを強制する人間 風間えみ @emi_kazama
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