第6話「ライバル店の嫉妬と在庫切れ」
『福巻き』のブームは、翌日以降も加速した。
街中で、北北西のやや西を向いて太巻きをかじる人々の姿が見られるようになった。もはや社会現象だ。
だが、その日、トラブルは起きた。
「カイさん、大変です!」
早朝、リリアナが血相を変えて厨房に飛び込んできた。
「海苔が……リバーモスが採れないんです!」
「どういうことだ?」
「川に行ったら、ガルドの手下がいて、『ここは黄金商会の私有地になった』って、追い返されたんです!」
なるほど、原料の独占か。商売敵を潰す定石だ。
リバー海苔がなければ、恵方巻は作れない。あの黒い見た目こそがアイデンティティなのだから。
「それに、市場でも野菜の買い占めが起きてるみたいです。うちに必要なキュウリや卵が、どこにも売ってなくて……」
徹底しているな。さすが大手、資金力に物を言わせて兵糧攻めというわけか。
リリアナは不安げに眉を下げた。
「どうしましょう。今日のお客さんも楽しみに待ってるのに。予約もたくさん入ってるんです」
店を開けられなければ信用に関わる。ブームは一瞬で冷めるだろう。それがガルドの狙いだ。
俺はエプロンを外し、思考を巡らせた。
川がダメなら、他で調達すればいい。だが、リバーモスはこの辺りの清流にしか生えない。
「……リリアナ、店の地下室って空いてるか?」
「え? ええ、物置になってますけど」
「そこを使う。テオ、水桶をありったけ用意してくれ」
「何をする気だ?」
「室内養殖だ」
俺のスキル『豊穣の指先』は、環境さえ整えれば植物の育成場所を選ばない。
日光が必要? 俺の魔力光で代用する。
水流が必要? テオにかき回してもらおう。
俺たちは地下室に水を張った桶を並べ、隠し持っていたリバーモスの種株を放り込んだ。
「育て、増えろ、最高級の海苔になれ!」
俺が両手をかざすと、桶の中が緑色に発光した。
ボコボコと音を立てて藻が増殖していく。通常なら数ヶ月かかるところを、数分で桶いっぱいにあふれさせた。
「す、すげえ……」
テオが呆気にとられている。
「テオ、見惚れてないで水をかき混ぜろ! 流れがないと質が落ちる!」
「お、おう!」
筋肉自慢のテオが必死に水をかき回す。人間水流マシーンだ。
リリアナは収穫した藻を上の階へ運び、乾燥係に回る。
具材の野菜も、裏庭のわずかなスペースを強制的に畑に変えて、促成栽培を行った。
キュウリ、かんぴょう用の芋、シソのような香味野菜。次々と収穫し、厨房へ放り込む。
開店時間ギリギリ。
ガルドが店の前に現れた。
「ふん、今日は臨時休業か? 材料がなければ何も作れまい」
勝ち誇った顔で、並んでいる客たちに演説をぶとうとしたその時。
ガラガラッ!
店の扉が勢いよく開いた。
「いらっしゃいませー! 本日もとれたて新鮮、銀の葉商会の『福巻き』開店です!」
リリアナの満面の笑顔。そして、カウンターには山積みになった黒い太巻きの塔。
「な、なんだと!?」
ガルドが目を剥いた。
「川は封鎖したはず……どこから仕入れた!」
「企業秘密です」
俺は後ろから顔を出し、彼にウインクしてみせた。
「ちなみに、今日の海苔は地下の湧き水(テオの汗と涙の結晶)で育てた特別製ですよ。風味倍増です」
客たちは歓声を上げ、店になだれ込んでくる。
ガルドは真っ赤な顔で地団駄を踏んだ。
「おのれ……見ていろ、次はもっと強烈な手を打ってやる! 後悔するなよ!」
捨て台詞を残して去っていく彼を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
今回は凌いだが、あいつは諦めないだろう。
単なる嫌がらせレベルを超えて、政治的な圧力や、もっと危険な実力行使に出るかもしれない。
だが、こちらも手札はある。
「リリアナ、そろそろ次のフェーズだ」
「次? まだあるんですか?」
「ああ。恵方巻だけじゃない。寿司、丼、炊き込みご飯。米文化の侵略はここからが本番だ」
俺の野望は尽きない。
そして、この騒動が王都にまで伝わり、やがて国を揺るがす大事件に発展することを、この時の俺はまだ知らなかった。
とりあえず今は、目の前の客に「無言で食べる」というシュールな苦行を強いることに集中しよう。
それが、俺流の異世界ライフなのだから。
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