第3話「黒い紙と酸っぱいご飯」

 異世界の食文化において、黒という色はあまり好まれないらしい。

 焦げているか、腐っているか、あるいは呪われているか。だいたいその三択だ。

「だから、それを食べ物だと言い張るのは無理がありますよカイさん」

 リリアナが呆れたように言う。

 場所は街の外れにある大きな川のほとり。俺たちは海苔の代用品を探しに来ていた。

 水中に揺らめく濃緑色の藻を見つけ、俺はズボンの裾をまくり上げて川に入った。

『リバーモス:清流に生える藻の一種。食用可。ミネラル豊富』

 鑑定結果は良好だ。日本の川海苔に近い。

「これだよ、これ。これを採って、刻んで、和紙みたいに漉いて乾燥させれば海苔になる」

「ノリ……? 接着剤ですか?」

「食べる方の海苔だ。海の苔と書いて海苔。まあここは川だけど」

 俺は大量の藻を採取し、魔法のように素早く選別していく。『豊穣の指先』は収穫した植物の加工もある程度補助してくれる。指先でなぞるだけで、不純物が取り除かれ、繊維が整えられていくのだ。

 四角い枠を作り、そこにドロドロになった藻を流し込み、天日で干す。

 待つこと数時間。俺の魔力で乾燥を早めたおかげで、夕方にはパリパリの板海苔(リバー海苔バージョン)が完成した。

 太陽にかざすと、深い緑色が透けて美しい。磯の香り……ではなく、爽やかな川の香りがする。

「どうだ、美しいだろう」

「……どう見ても、魔物の皮膚を剥いだようにしか見えません」

 リリアナの評価は辛辣だ。テオに至っては、遠巻きに見て触ろうともしない。

「まあ食べてみろって」

 俺は一枚を小さくちぎり、リリアナの口に放り込んだ。

「んむっ!? ……ん? あれ?」

 最初は嫌な顔をしていたが、次第に表情が和らいでいく。

「パリパリしてて、面白い食感。味も……悪くないかも。少し塩気があって、お酒のつまみに良さそう」

「だろう? これをご飯に巻くんだ」


 店に戻ると、次は酢飯の準備だ。

 酢は果実酒を過発酵させて作った。俺のスキルを使えば、樽の中で数ヶ月かかる発酵も一瞬だ。

 炊きたてのご飯に、特製の合わせ酢を回しかける。

 ツンとした酸味が部屋に充満した。

「うわっ、酸っぱい匂い! ご飯が腐っちゃったんですか!?」

 テオが鼻をつまむ。

「これがいいんだよ。保存性も高まるし、さっぱりして食が進む」

 俺は団扇がないので、木の板でパタパタとあおぎながら、切るようにご飯を混ぜる。

 米粒に艶が出て、一粒一粒が立ってくる。この輝き、まさに銀シャリ。

「よし、準備完了だ」

 俺は巻き簾(これは竹を加工して自作した)の上に海苔を敷き、酢飯を広げた。

 具材は、甘辛く煮たワイルドポテトの干したもの(かんぴょう代わり)、卵焼き、キュウリ、そしてサーモンのように脂の乗った川魚の切り身。

 リリアナとテオが、まるで爆弾処理を見守るような緊張感でこちらを見ている。

「いいか、ここからが重要だ。具材が中心に来るように、一気に巻く!」

 くるっ、キュッ。

 手慣れた手つきで巻き上げ、形を整える。

 完成した。

 黒くて太い、一本の棒。

「……武器ですか?」

 テオが真顔で聞いた。

「食べ物だ。切らずにこのままかぶりつくのが作法だが、まあ最初は切ってやろう」

 俺は包丁を濡れ布巾で拭き、太巻きを八等分に切り分けた。

 断面には、黄色や緑、ピンクの具材が鮮やかなモザイク模様を描いている。

「わあ……綺麗!」

 リリアナが歓声を上げた。断面を見せれば、黒い物体の不気味さは薄れるようだ。

「どうぞ、召し上がれ」

 二人は恐る恐る手を伸ばし、口に運んだ。

 パリッという海苔の音。酢飯のほどよい酸味。具材の甘みと旨味。それらが口の中で渾然一体となる。

 カチャリ、とテオが持っていた布巾を落とした。

「う、美味い……! なんだこれは! 味が口の中で爆発する!」

「美味しいっ! 酸っぱいご飯が、こんなに具と合うなんて! この黒い紙も、ご飯と一緒だと香ばしくて最高です!」

 リリアナは目を輝かせ、次々と口に運んでいく。

「やったわカイさん! これなら勝てる! 黄金商会の高いだけの料理なんて目じゃないわ!」

 大成功だ。味に関しては問題ない。

 しかし、俺には懸念があった。

 切れば綺麗だが、俺が売りたいのは「恵方巻」だ。切らずに一本丸ごと売らなければならない。

 黒い棒をそのまま客に出して、果たして買ってくれるだろうか。

「……マーケティングが必要だな」

 俺はポツリとつぶやいた。

 味だけで勝負するには、見た目のハードルが高すぎる。

 ならば、物語を付与するしかない。

「リリアナ、この世界に『節分』みたいな行事はないか? あるいは、厄除けの儀式とか」

「節分? ええと、冬の終わりに豆を撒く風習なら一部の地方にありますけど……」

 あるのかよ。異世界すごいな。

「ちょうどいい。もうすぐ季節の変わり目だろ? 新しいお祭りをでっち上げるぞ」

「はあ? でっち上げるって、何を……」

「この太巻きは、ただの料理じゃない。『幸福を呼ぶ魔法の杖』だということにするんだ」

 俺の怪しげな提案に、リリアナは不安そうな、しかし少しワクワクした顔をした。

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