異世界転生した元開発担当、チート農業スキルで最高級米を作って「恵方巻」を流行らせます!没落令嬢と組んでライバル商会をざまぁする
藤宮かすみ
第1話「とれたて野菜と異世界ライフ」
目が覚めたとき、最初に感じたのは土の匂いだった。
アスファルトや排気ガスの臭いじゃない。雨上がりの森のような、湿り気を帯びた豊かな土の香りだ。
体を起こすと、そこはコンビニのバックヤードでも、病院のベッドでもなかった。見渡す限りの荒れ地。雑草が背丈ほどまで伸び、遠くには見たこともない形状の山脈がそびえている。
「……なるほど、死んだか」
俺はため息をついた。
最後の記憶は、節分に向けた恵方巻の発注ミスを修正するために、三徹目でパソコンに向かっている最中に意識が飛んだことだ。胸を押さえて倒れたときの感覚が、今でもうっすらと残っている。
過労死。何とも報われない最期だった。
だが、今の体は軽い。妙に軽い。着ているのは麻のような粗末な服だが、手足には力がみなぎっている。
視界の隅に、ゲームのウィンドウのような半透明の文字が浮かんだ。
『スキル:豊穣の指先 を獲得しました』
ほうじょう? 豊作の豊に、土偏のアレか。
状況を整理するのに数分。異世界転生というやつだと認めるのにさらに数分。俺は立ち上がり、足元の雑草を見下ろした。
試しに、その草に指先で触れてみる。
「育て」
心の中で念じた瞬間、指先から淡い緑色の光が漏れた。
ボッ、という音でもしそうな勢いで、雑草が一瞬にして花を咲かせ、種をつけ、枯れていく。まるで早送りの映像を見ているようだ。
「すごいな……これなら食いっぱぐれることはない」
俺はニヤリと笑った。
前世では「食」を売る側だった。今世では「食」を作る側になれるかもしれない。それも、俺の好きなものを。
とりあえず、この荒れ地を開墾する必要がある。
近くに落ちていた手頃な石を拾い、カマの形に変形できないかと念じてみたが、それは無理だった。どうやらスキルは植物限定らしい。
仕方なく手作業で雑草を引き抜いていく。しかし、ただ引き抜くのも芸がない。
俺は引き抜いた草の根っこをじっくりと観察した。こいつは芋の一種じゃないか?
鑑定のような情報が頭に流れ込んでくる。
『ワイルドポテト:食味は悪いが栄養価は高い。毒性なし』
なるほど。
俺は引き抜いた芋をもう一度土に埋め、指先を添えた。
「もっと美味くなれ。皮は薄く、中身はホクホクに。甘みを増して、サイズも大きく」
イメージするのは、高級スーパーに並んでいたブランド芋だ。
緑色の光が土の中に染み込んでいく。数秒後、土が盛り上がり、ひび割れた。
掘り返してみると、そこには赤ちゃんの頭ほどもある立派な芋が三つも転がっていた。
「いいぞ。これはいける」
近くの小川で洗って、生のまま少しかじってみる。
甘い。果物のように甘い。火を通せば絶品だろう。
それから三日。
俺は拠点を確保するために、ひたすら開墾と収穫を繰り返した。
この場所は街から離れた廃村の跡地らしく、誰にも邪魔されないのが幸いだった。崩れかけた小屋を修復し、寝床を確保する。
食事は作り出した野菜だ。芋、大根に似た根菜、キャベツのような葉野菜。どれもこれも、前世の高級品を凌駕する味に改良してある。
だが、何かが足りない。
そう、米だ。
日本人として、主食がないのは辛い。パンも悪くないが、俺が目指しているのは「恵方巻」なのだ。米がなければ始まらない。
周辺を探索し、川沿いの湿地帯でそれらしいイネ科の植物を見つけたときは、思わずガッツポーズをした。
『スワンプグラス:実は硬く、食用には向かない』
鑑定結果は冷たいが、関係ない。俺には『豊穣の指先』がある。
種を採取し、畑に蒔く。
「粒は大きく、粘り気を持って、炊けばツヤツヤに輝くように」
最高級のジャポニカ米をイメージして魔力を注ぐ。
黄金色の穂が風に揺れるまで、わずか十分。
脱穀の手間はあったが、石で叩いて籾殻を外し、鍋代わりの土器で炊いてみた。
蓋を開けた瞬間、立ち上る白い湯気と、甘く芳醇な香り。
「……会いたかったぜ」
一口食べる。噛めば噛むほど甘みが広がる。おかずなんていらない。これだけでご馳走だ。
俺の目から、一粒の涙がこぼれそうになった。
米はある。野菜もある。
あとは、これを金に換える方法と、あの黒い紙――海苔を手に入れるだけだ。
俺は炊きたてのご飯を葉っぱに包むと、街へ向かう準備を始めた。
異世界で農業革命を起こす。そして、いつかこの世界の人々に、特定の方角を向いて無言で太巻きを食らわせてやるのだ。
野望に燃える俺の足取りは、前世の通勤電車に向かう時よりずっと軽やかだった。
***
森を抜け、街道に出ると、遠くに城壁が見えてきた。
王都ではないようだが、それなりに大きな街だ。門番に怪しまれないよう、野菜を入れた麻袋を背負い、田舎から来た若者を装う。
「身分証は?」
「ないです。村から初めて出てきたんで」
「……通行税、銅貨二枚だ」
当然、金はない。だが、交渉の余地はあるはずだ。
俺は袋から、艶やかに輝く特大の赤い実を取り出した。品種改良したトマトだ。
「お金はないんですが、これでどうでしょう? 街の市場でも見かけない上物ですよ」
門番は怪訝な顔でトマトを受け取ると、匂いを嗅ぎ、一口かじった。
その瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
「なっ、なんだこれは! 甘い! 果物か!?」
「ただの野菜ですよ。通してくれますか?」
「お、おう。行け。……もう一個くれたら、帰りの分もまけてやるぞ」
商談成立だ。
俺は苦笑しながら、もう一つトマトを投げてやった。
まずは市場調査だ。この街で何が売れ、何が不足しているのか。
そして何より、俺のパートナーとなってくれるような、切羽詰まった商人を探さなければならない。
俺一人で屋台を引くのもいいが、もっと大きなことをやるには組織が必要だ。
街の喧騒の中、俺は運命の出会いを求めて歩き出した。
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