風邪使い

@GRMN

第1話

「いくらぼったくれるかなぁ」


 開口一番最低な発言だった。目の前には大豪邸があり、彼の目には札束が山のように積み上げられているように見えていた。


 言動とは裏腹にその顔に金への執着心は感じられない。むしろ一刻も早く此処から立ち去りたいと主張せんばかりに、落ち着かない様子でアスファルトを爪先で何度も叩いている。


(ぶっちゃけもう帰りたいんだよな)


 愛や自由を差し置いて、己の命の次に大事な金欲で無理矢理労働意欲を引き摺り出そうとしたが駄目だった。むしろ逆効果だった。


 彼には視えていたからだ。


(炎の気配を感じる……絶対面倒なことになるだろこれ)


 彼────御堂みどう剣城つるぎの霊視力は屋敷の中にある気配を完璧に捉えていた。太陽のように燦々と輝く、目を焼かんばかりの存在感を。


 それは彼にとって忌々しいもの。未だ忘れられない過去だ。


(バックれたい……仕事を寄越してきた仲介人がキレてきそうだが、こんなの仕方ないだろ)


 どの職種にも言えることだが、一度引き受けると言った仕事を途中で投げ出すのは最低な行為。ましてや彼が身を置く世界、術者の業界では干されても文句は言えない。


 リスクは業界での信用を失うこと、リターンは心の平穏。どちらを取るかは己次第。


 数秒悩み、答えは出た。


「よし、帰ろう」


 それでも嫌なものは嫌だった。労働意欲が低下した状態で仕事して取り返しのつかないミスをしたらどうする、と取ってつけたような言い訳で彼は自分自身に言い聞かせる。


 決心の時は終わった。屋敷に背を向けて足早に帰ろうとする。


 だが、遅かった。


「ようこそおいでくださいました。御堂剣城様ですね」


 屋敷の正門が開く。ご主人様に媚びるようなスタイルではなく、クラシカルなメイドが正門の奥に立っていた。姿勢を正し、一礼。顔を上げた彼女は訝しげな表情を浮かべる。


 剣城が中途半端に後ろを向いているせいだ。丁度踵を返そうとしたところだったが間に合わなかった。


 水を打ったような静寂が訪れる。明らかに疑いの目をかけられている。剣城が愛想良く笑うと、メイドも表情を緩めた。間違いなく彼の意図を察している。プロのなせる技というやつだろう。


「こちらです。主人はすでに屋敷でお待ちなので私についてきてください」

「……はい」


 ある部分で語気が強いことに気づき、途中退席も出来ないと理解し、剣城は項垂れた。メイドはすでに彼に背を向けて歩き出している。


 剣城は帰巣本能(?)に近い何かを抱えながら、メイドの小ぶりな臀部を追った。

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