名前のない究極(ウルテマ)
黒羽
第999話
「ど、ドラゴンが降りてきたぁっ!!」
息を切らして走って来た斥候兵の言葉は、城下町「アダカストル」を揺さぶった。斥候兵の第一声が町の中に入り込むや否や、それを聞いた民衆が口々に話し合い、足元を騒がせた。
「そんな……これまで数百年、一度も降りてくることはなかったのに……!」
「歴史じゃあの時はアダカストルを壊滅にまで持ち込んでようやく撃退したって話だ……」
「もしかして、アダカストルはもう終わり……なの?」
民衆の噂が波紋のように伝播し、城内の兵士が伝達するよりも早く、竜王到来はキーン国王の耳に届いた。
「ドラゴンじゃとっ!? あの竜王ダルクが、アダカストルまで降りてきたというのか!?」
キーン国王の言葉は兵士たちの間に動揺と共に広がる。モンテン山脈の龍王、誰が呼んだか『ダルク』と呼ばれる、漆黒の鱗に守られた竜王の到来。この地を治めて7代続く王朝を守って来たキーン国王も、今ばかりはその噂が嘘であってほしいと願った。
「お父様っ!」
「おぉ、プリセス……我が娘よ」
ドレスを身にまとった女が国王に寄り添い、竜王の飛来と対峙する事になったこの国と自分たちの運命を悲嘆した。
――。
だがその時、悲しみに暮れる国王たちの前に一人の人物が名乗りを上げた。
「なんじゃそなたは……?」
――。
その人物の言葉に、国王は懐疑的だった。この世界でダルクと一対一で渡り合えると豪語する人間などいない。それは蛮勇であり、無謀であるからだ。だがそれを伝えても、その人物は全く動じない。それどころか「ダルクなどひと捻り」とでも言うかのような大言壮語を吐き、国王へ討伐の許可を求める。
「わかっておるのか、もしお主が失敗すれば、このアダカストルの民を全て失う事になるのだぞ?」
――。
重なる警告にも臆さず、言葉を尽くせば尽くすほど自分の実力を語る。やがてキーン国王はその人物の語りとその目に、重い決定を下した。
「……分かった。じゃがワシは民衆へお主の出征を伝える事はせぬ。竜王ダルクは聖騎士師団を半日で壊滅させる代物。アダカストルはお主の結果に関わらず、この国を放棄して民を逃がすことを最優先とする。それでよければお主の判断を尊重しよう」
――。
王の言葉に、決して動じる事もなくただその背中を見せて城を出たのを見送って、キーン国王は息を呑んだ。あの空間、その人物が立って会話をしていた空間に満ちるただならぬ気配。軽口で自分を説得したその胡乱な来客に、王は次の命令を告げる間もなくただ黙していた。そして、側に立ってその様子を見ていたプリセスもまた、王と同じように空気に呑まれ、あれが何かを果たしてくれるのではないかと一粒の希望を胸に抱き、この国の行く末を案じた。
竜王ダルク。アダカストルの上空を夜にしてしまえる程の体躯はもはや城下町の目の前という所に、それは降り立った。
――原初の裁きの火(アルファ・フレア)。
竜王はただ一粒のちっぽけな人間には目もくれず、城下町へ向けて翼をはためかせた。しかし、それはちっぽけな姿で竜王に手をかざし、言を紡ぐ。やがて言葉は地面に巨大な魔法陣を展開して、竜王の進路を赤で染め始める。そして、竜王がそれを視界に捉えた瞬間、巨大な魔法陣から数先発の火炎球が飛び上がり、竜王の身体を蜂の巣にせんと燃え上がる。
ダダダダダダダ…………!!
それまで歯牙にもかけていなかった何かからの突然の波状攻撃、ダルクはそれに目を向けざるを得なかった。そして、ダルクの敵意は明確にその火炎魔法の主に向けられ、アダカストルを揺さぶる地震のような咆哮と共に、それは術者目掛けて飛来する。
――。
だが、そんなダルクの行動を先読みしていたかのように、それは深く自分の大剣を構えて、今度は白の魔法陣を展開する。先ほどとは違う、即効性の詠唱……それは無詠唱と呼ばれる、人間を超越した代物。そして構えていた大剣は展開した魔法陣と同じ色の光を貯めて、太陽の輝きの如き光を宿す。
――オメガ・セイバー。
なお進行を止めないダルク相手に、目を覆うような輝きと、長大な光の刀身となった剣が降りぬかれる。ダルクの牙と光の剣の衝突は周囲に突風を起こし、森の木々をなぎ倒すほどに苛烈だった。
そして風が止んだその場所には、大剣を抱えた者と、首の落ちた竜王が残っていた。突風を感じ取ったアダカストルの騎士団がその風の根源を追いかけ、そこに広がる景色を見た時、騎士団長であるレアダルはこれまでに見た事のない光景に唖然とし、自分の肩書きも忘れてこうつぶやいた。
「……究極(ウルテマ)だ」
騎士団は、レアダルの言葉と共に竜王からの解放と勝利に湧き狂った。そして運命すら狂わせる黒鱗の龍王は、究極と称された一人の英雄によってこの世界から消え去り、アダカストルは一人の究極の到来と帰還を三日三晩の宴で称賛した。
水も逃げ出す砂漠の果て、風と渇きと日照りに支配されていた砂の都市「ノネクメーネ」そこは元々『
「ふははは!! 雨の精霊王は、この渇望の魔王クラヴィンが支配してやる! 知恵と勇気に満ちた砂漠の民も、雨が失われればもはや
クラヴィンの魔法によって、ノネクメーネの町に砂が舞い上がる。砂塵舞うノネクメーネで、砂漠の民たちは自分の身体に起きた事に驚嘆を上げる。
「かっ……身体がっ……み、ミイラになって……が、あ、あぁ……!?」
「いや……いやぁぁぁっっ!! 身体が枯れて……こ……あ……」
渇望の魔法と砂嵐による渇きが、砂漠の民たちの身体を枯れ果てさせる。救いの水が存在しないこの場所で、クラヴィンの魔法に侵された者は、女子供であろうが骨も残らない程に枯れ、その身体が砂塵へと消えてゆく。
「これで、終末の魔王様に対抗できる人類の一つは終わりを告げる! この世界は我々魔族によって支配されるのだぁっ!!」
――。
「ん? なんだお前? 砂漠の民ではないな?」
砂塵の中、一つの声がクラヴィンの注意を引いた。クラヴィンの足元には、外套に身を包んだ人物が立ち、この状況に似合わぬ冷静な口調でこの砂塵を起こした人物を問うた。
「はっ! それを気にしてどうする! お前が何者かは知らないが、どうせこの砂塵の中で砂漠の民と同じように朽ち果てて死ぬんだからな!」
ザザァァァァッッ!!
そのクラヴィンの言葉に呼応するように、砂塵はうねりを伴ってその人物に襲い掛かる。そして、外套がみるみる朽ち果てて、
――海洋の守護ターコイズ・オーラ。
そして、姿の露わになったそれの周囲に、砂塵を超越するほどの水が渦を巻く。それは水をはらんだ風をまき散らして、クラヴィンの渇望に潤いを灯し始めていた。
「なっ……これは海の王者の魔法!? 貴様! 一体何者だっ!!」
――。
クラヴィンの言葉に呼応するようにそれは名前を叫び、枯渇に浸食されていたノネクメーネは、沸き上がる水の渦のおかげで、ようやく甚雨期の潤いを取り戻した。
「すごい……あれも魔法なの?」
「なんという神の恵み……あの方こそ、天が遣わした奇跡だ……」
「くそっ!! このクラヴィンの渇望の力すら打ち砕くとは……お前、ただの人間ではないな? ならば容赦はしない! お前は終焉の魔王様の最大の敵となる! 我が命に替えても、ここで殺してやるっっ!!」
クラヴィンがそう言って自身の力を一気に解放し始める。それまで砂塵と渇きに満たされていたノネクメーネの地に、今度は砂を飲み込むほどの虚無が訪れ始める。そしてクラヴィンは、砂すら乾いた大地に降り立ち、太陽を覆うほど巨大な単眼の巨人へと姿を変えた。
「これぞ我が力。渇きとは生けるもの
――。
「なにぃ? 渇きは理だが、それはいずれ満たされるだとぉ? 笑わせるなっ! 満たされれば渇く! 生きる者にとって渇きとは答えなのだ! 故にっ! この戦いは! 私の勝ちなのだぁぁぁっっっ!!」
『サースティ・パニッシュメント』
クラヴィンの怒りが魔力となり、単眼の大男は拳を振り降ろす。魔力と重量と人間の欲が絡みあったその拳は、どす黒い三原色を纏って彼を阻む者を押しつぶそうとした。
――。
だが、その間際に水の渦で身を守っていた人物の身体は澄み切った翠緑の風に満たされる。それはクラヴィンが放った人を枯れさせる風とは全く違う、人々に潤いと豊穣を幻視させる豊かな風の流れだった。そして、クラヴィンの巨人の一手が間近に迫ろうとしたとき、ノネクメーネの地は一気に満たされる。
――豊穣世界(ワールド・オブ・ガイア)。
「な……なんだっ! その力はっ!! なぜだっ! 生物の法則がっ!! この私の存在が……豊穣に満たされっ……」
空虚な巨人の拳を無限とも思える植物が浸食して、クラヴィンの身体となったその巨人は、瞬く間に巨大な樹木と化した。そして、その人物の足元からノネクメーネの地の全てに至るまで、砂漠の都市は目にまぶしいほどの草木と鮮やかな小鳥のさえずりに満たされた場所へと変貌した。そして、樹木と化したクラヴィンの巨体は、この豊穣に満ちた世界で永遠に満たされ続け、彼が求め続けていた渇きは、意味を失った。
「ありがとうございます。ありがとうございます。このノネクメーネの地で、これほど豊かな緑を見る事が出来たのも、あなた様のおかげです」
――。
村長の言葉を受け取って、彼らの運命に新たな道を切り開いたその人物は首を横に振った。大した事はしていない……夜の宴の席で、生き残ったノネクメーネの砂漠の民たちの崇拝を受けながらも、それはずっとそんな言葉を繰り返すだけだった。そして豊かとなった地を踏みしめ、ノネクメーネを去る日になり、村長たちに別れを告げる。
「ありがとうございました、救世主様。我々はこのご恩を一生忘れません」
――。
旅立ちの日に至っても、返ってくる言葉は変わらなかった。簡単な魔法、大げさな事、喜んでもらえるだけで嬉しい。決して自分を誇らず、歩き出した背中がノネクメーネの草原に隠れるまで見送りながら、村長は村人に呟いた。
「……もしかしたら、アレこそが究極(ウルテマ)だったのかもしれんな」
全ての建物が荒れ果て、生けるものが黒き風の一吹きで死に至った国ファイスドーン法国。
白銀の剣を荒野の地面に突き刺して、夜すら生ぬるい黒に支配された空を望む女騎士。そして彼女が見上げた空に居たのは、彼女に憐みの目を向ける紫の肌を持った魔王の姿だった。
「くっ……我がファイスドーン法国の秘典をもってしても、傷一つ……」
女騎士、センティネラは傷だらけの身体でどうにか意識を保ち、こちらを
「はぁ……くだらないな。終焉という運命に抗おうとする愚かな人類よ。無駄な抵抗などせず、
「黙れっ!! 魔王がもたらす安寧に、人間が従う道理はないっ!!」
センティネラの強い言葉はしかし、終焉の魔王の心をピクリとも動かさない。反抗すればするほど、終焉の魔王の中に残るのは憐憫でしかなかった。
「立ち向かえば敗北は必至、抗えば苦痛は当然、奮い立てばその結末は暗澹。なぜ、手を離さない?」
感情の無い疑問のような問いかけがセンティネラに向けられ。彼女は全身の痛みに耐えて立ち上がる。
「それが……人間の生き様だからだっ!! 魔王が決めた安寧に、人々の生き様を弄ばれてたまるものかっ!!」
兵も死に、民も失われかけ、法国の奥底に眠っていた聖なる秘典の力で終焉の魔王の影響を抑えているセンティネラが声高に宣言すると。それまで大した感慨も持たなかった終焉の魔王の顔が興味へと転換した。
「ならば、この国の民が得た安寧を、自らを殻に閉じ込めた貴様にもくれてやろう。その秘典とやらが作りだした守りが、本当に我に通じると思っていたのか?」
パリィン……!!
「なっ……そん……!?」
魔王の指先が軽く横に振られた瞬間、それまでセンティネラを守るように展開されていた光が、薄いガラスの割れるような音と共に砕け散る。光が失われたセンティネラはその場に倒れ、そして自分の身体から命の源が逃げ出していく感覚を味わった。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!」
「だから言ったのだ。抗うという事は、苦痛に沈むという事だと」
終焉の魔王がほくそ笑み、センティネラは自分の心臓の鼓動を忘れ始める。秘典が貫かれた以上、もはやこの絶望に抗う手段は残されていない。そう思い、ついに自分を示していた白銀の剣を持つ手が緩み始めた。
――ウェントゥス・サルヴァーチオ。
その時、終焉の魔王の暗闇を振り払うかのような一陣の風が流れ込み、センティネラは離しかけていた自分の剣を握り、目を覚ました。
「……なに?」
自分の魔法が打ち破られたという事実に、終焉の魔王の表情が曇った。そして、センティネラと魔王の二つの視線が、突如吹き荒れた変化の風上に向けられ、そこに立つ一人の人物に釘付けになった。
「ま、まさか……本当に……?」
「なるほど。散っていった配下たちに謳われていたのは貴様か」
――。
魔王が風上の存在を認知するや否や、それは長剣を振りかざして飛翔し魔王に肉薄する。その一刀が魔王を横に薙ぐと、魔王は自身の魔力でその斬撃を吸収し、魔王の身体をすり抜けた斬撃は、その後ろの山を真っ二つに切り裂いた。
「なるほど……配下が恐れていたのはこの力か。だが無駄だ、その力では私は……」
ザシュッ……!
余裕を語っていた魔王の身体に、深い傷跡が刻まれ、その身体から黒紫の血潮が噴き出した。そして、終始平穏だった魔王の表情は、この瞬間激しく歪んだ。
「……いい気になるなよ人間風情がぁっっ!!」
『プルート・バレット』!!
ズゴゥン……!!
形容しがたい怒りの表情に変貌した終焉の魔王は、己の身体を切り裂いた人間に、虚無の球体を直接ぶつける。そして人間はセンティネラがいた所まで音速で吹き飛ばされ、人間が打ち付けられた場所が爆発でもあったかのようにクレーターを残した。
「ウルテマ様っ!!」
魔王と人間の激しい一撃が交わされた後、クレーターの中心で仰向けに倒れる人間に、センティネラが慌てて駆け寄る。そして、傷だらけにもかかわらず平然とした顔で寝転がっているその人間に、彼女は困惑と心配の声をかける。
「あの……まさか、あの攻撃を受けて……無傷だったんですか……?」
――。
平然とした顔でその場から立ち上がる人間。センティネラは「君が使った守りと同じもので守っただけだ」という言葉に、会話も忘れて呆然としていた。そして、その人間は再び飛び上がり、先ほどと同じように自身の剣を魔王に突き立てる。
「無駄だっ!! その剣が我を傷つけると分かった以上、一発としてそれを許す道理はないっ!!」
『ヴォイド・エンチャント』
剣が魔王を切り裂こうとしたとき、その剣は魔王の目の前で黒い空間に飲み込まれ振りぬくと共に空間から抜け出す。空間に呑まれた剣が魔王の身体に届く事は無く、二度、三度、と振り回されたその剣は空しく魔王の身体の前を通りすぎるだけとなった。
「はっはっは!! 虚無空間を鎧とする『ヴォイド・エンチャント』は、全てが虚無をトオル絶対的な鎧。我にこれを使わせた時点で称賛に値するが、その程度では我を再び斬る事は……」
ザンッ!
ザンッ!
ザンッ!ザンッ!ザンッ!
ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!
「な、何を……!」
人間の剣戟が、速度を増していく。5発、10発、30発、90発、その速度は留まるところを知らず、とうに人間の限界を超えた瞬間速度で魔王の身体を……いや身体を守っている『ヴォイド・エンチャント』を際限なく斬りつけていく。だが何百回もの斬撃も、虚無の前には無力であり、肉眼に捕らえられずとも、人間の攻撃と魔王の平然とした顔から、センティネラは状況を見定めていた。
「ウルテマ様……」
しかし、無限とも思えた斬撃に愉悦を溜めていた魔王は、自分を守る虚無に僅かな変化が生じ始めている事に気が付いた。
「なんだ……虚無が、飲み込まない……だと?」
魔王が感じ取っていた変化、それは『ヴォイド・エンチャント』による斬撃の吸収が、数万回に一回外れて、ダメージを与えないにせよ自身の身体に掠っている事だった。
「馬鹿な……たかが人間の斬撃を、虚無が取り逃がすだとっ!?」
――。
魔王の狼狽に、人間は告げる。
「『光より先に到達する剣は、虚無の速度から逃れられる』……だとぉ?」
やがて、人間の斬撃は少しずつ魔王の身体を刺し、それまで圧倒的有利を保っていた終焉の魔王は不測の可能性に気付き始める。
「おろかな! 剣一つでこの身を割こうなど愚の骨頂! こちらが攻撃しないと思ったのが貴様のごさ……」
パキィンッ……!!
魔王が攻撃魔法を発動した瞬間、それはわずかな影を露わにすると同時に飴細工のように砕け散る。
「くそっ!! それなら全方位展開するまでっ!」
魔王の叫びと共に、二人の周囲に数千もの暗黒の剣が発生して、その切っ先を人間に向ける。しかし……
パキィンッ……!!
パキィンッ……!!
パキィンッ……!!
パキィンッ……!!
パキィンッ……!!
何千本展開されていたか分からない暗黒の剣は、どこから攻撃を受けたのかもわからないほど一瞬で、全て砕け散り、魔王の攻撃は一つも残らなかった。
「まさか……ヴォイド・エンチャントを攻撃する速度で……我の魔法をっ!! ありえないっ!! 貴様それでも人間かっ!!」
「違うっ!! その人はただの人間じゃないっ! この世界に最後に残った究極の英雄……ウルテマ様よっ!!」
センティネラの叫びが魔王にも届き、目の前の人間がついに魔王の守りにヒビを入れ始める。たかだか人間に負ける可能性を億に一つも考えてこなかった終焉の魔王は、ここに来て自分の能力が人間一人に凌駕される危険性を察知した。だが、人間の斬撃が虚無を破る程の速度を有する中で、魔王の持つ能力の中でそれに対抗しうる存在を見出だせない。魔法の展開は破られ、肉体による攻撃も速度の前では無力。
「ぐ、ぐおぉぉぉぉぉぉっっ!! にんげんがぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
そして、虚無に突き立てられた無限の剣は、最後の一線を越えてついに虚無を上回った。
――ビヨンド・フォトン・キャリバー。
ドゥウウゥン……!!
砕け散った虚無の欠片が、重苦しい音を立てて飛び散り、ついに魔王の守りを打ち破る。しかし、それでもその剣戟は止まらない。
「馬鹿なっ!! こんなことがっ!! ありうるかっ!! にんげんがっ!! ただの人間が魔王の力をっ……!!」
――。
遂に、人間の斬撃が魔王の身体にたどり着き、それまでと変わらない速度の斬撃が魔王に加えられる。一撃一撃のダメージは最初のそれよりも弱いが、それが光の速さで放たれた時、それが結果をもたらすのは、ほんの一瞬の出来事だった。
「が……ば……!!」
光の速さへ至った剣が、
無限にも迫った斬撃が、
思考の時間も許さずに、
終焉の魔王の終焉を宣告した。
「やった……!」
夜の中に、終焉の魔王が霧散する結末だけが映り、戦いの結末を見守っていたセンティネラは、空に残る人間と、夜を切り裂かんとする虹色の剣を瞳に焼き付けた。そして、虹色の剣がたかだかと掲げられ、終焉の魔王が残した夜の帳も『平和』の青空へと溶けていった。
朽ちた都となっていたファイスドーン法国。それは残った人々の手と、豊穣の魔法によりみるみる再生していき、1ヶ月も経った頃には在りし日の国の穏やかさを取り戻していた。足りなかった人手は隣国との交渉により補充され、法国のランドマークたる大教会も復興された。
ファイスドーン法国会は、終焉の魔王を打ち破った人間の活躍を称え、大教会はこの国にもう一つの宗教『ウルテマ教』を開設した。
「世界を平和に至らしめた、ウルテマ様を、我々はここに崇拝いたしましょう!」
あの時、世界の命運を目に焼き付けたセンティネラの言葉が大教会に響き渡る。法服を着た彼女の声に、数百人の巡礼者がひざまずき、世界の恩人たる『ウルテマ』へその信心を捧げた。
(見ていてください、ウルテマ様。あなたが世界に平和をもたらしたように、我々も必ず……)
『ウルテマ』と呼ばれたそれが既に旅立ったファイスドーンで、センティネラはこの世界の何処かにいる英雄を思い、その身が在る限りその名前を称え続けた。
――。
海を食らう海洋の大蛇が世界の海を飲み込む時、その人間は太陽を編んだ槍でその心臓を貫き、海を世界に返した。そのものは究極(ウルテマ)の様だと呼ばれ、言葉で語りつくせない程に称えられた。
――。
月の怪獣がこの世界を実験場にしようとしたとき、その人間は地球の脈動を魔法として、月の怪獣の狂気を世界のゆりかごで沈める。その活躍は文筆にするのも憚られる程、人々の記憶に残っていった。
――。
ある村が飢饉に喘いでいた時、水と植生の魔法によって実り豊かな土地を作り上げた。その活躍は、形に出来ないほど偉大であり、肥沃な土地を偶像としてこの世界の一角に残り続けた。
ウルテマが……
ウルテマのよう……
ウルテマには……
世界を渡り、無類の力がこの世界の不安を振り払い、無頼の存在が平和を取り戻した。これからも、どこかで世界は不安に沈み、その度にそれは世界を救っていく。
だが、そこで全ては終わりだ。
計り知れない力が世界を平和にして、それで、終わり。その世界の人間は、世界を救った英雄を語り、それで終わり。世界を傾ける現象が力によって平衡に至って、それで終わり。
終わり。終わり。終わり……
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